第28話『力音の憂鬱』

アークエンジェルとの闘いから、心優タソは変わったと思う。


いや、変わった。うん。


僕は、平日は自宅から大学に通い、週末は調教部屋へ遊びにいく。

遊びに行くと言っても、能力開発や連携の模索といった、今後の対策をすすめているところだね。


と、言うのも、心優タソは今後異能バトルが本格化すると考えているんだ。

今までを振り返ってみると、黙示録アポカリプスとの闘いぐらいしか、異能バトルって発生してないんだよね。

だから僕らも、本当に能力者が他に居るの?みたいな疑問というか、居ないという思い込みというか、兎に角実感がなかったんだ。

だけど彼女は否定する。


「イブはともかく、アダムからの使者は現れているでしょ。しかも、情報源は不明だけれど、私達の闘いを察知し偵察を送り込んできた。もしも私達が敗れれば、尚更アポカリプスの内情の調査が必要だっただろうし、私達が勝てば、それは新たな存在を把握する為の調査だったのよ。」

「何だか難しいお。」

僕がそう答えると、以前は見せなかった自然な笑顔で答えてくれた。

「バカね。難しく考える必要なんてないのよ。あなたの大好きなアニメだって、表面だけ見ていると、それ以上の事は理解出来ないけれど、キャラクター達の背景や立場を考えてみれば、深みが増したりするでしょ。それと一緒よ。そうやって考えなさい。」

「おぉ~!」


その時気が付いたんだ。

今までも考え方や理屈については、こちらが納得出来る情報を提供していてくれていたけれど、今は聞く側の立場になって教えてくれるんだ。

ちょっとした変化だったけれど、そこに気が付いてから心優タソを観察していると、今までとは違い、距離が近くなったと感じた。

というか、彼女の方から近づいてくれたって感じかな。


この前なんかも…。

「ねぇねぇ!あの大人気アニメのBDブルーレイ届いたの!一緒に見よ!」

「おぉ!入手困難って言われているのに凄いお!」

そう言ってディスクをセットし、100インチディスプレイに映像が映し出されるのをニコニコしながら確認する心優タソ。

本当に楽しそうな彼女を見ていると、僕もほっこりするよ。


僕らはディスプレイと適度な距離に置かれたソファに座る。

すると心優タソは高級茶菓子と飲み物を自ら持ってきて、コロンと僕に寄り添うように隣に座る。


ドキッ!!!


今までにないシチュエーションに僕はドキドキしっぱなしだ。

とはいえ心優タソはJC女子中学生

しかも童顔で実年齢より幼く見られることもあるね。

だから、どちらかと言えば年の離れた妹みたいに思うようにしているんだ。

そうすれば色々と、自分の感情に都合がいいからね。


見ているアニメがラストシーンで、最高の盛り上がりを見せる。

心優タソはまるでヒロインになりきっているかのように見ていた。

僕のシャツの裾をギュッと握り、右手は口元に当てて、叫んでしまいそうになるのを我慢しているかのように涙目だ。

前なら、足と腕を組み、まるで視聴者様気取りだったのに、何が彼女をここまで変えたのだろう。


そこで僕は、心優タソがやっているように、彼女の立場から考えてみたんだ。

まずは結論から。

彼女は今、自分をさらけ出しているんだ。

これが本当の彼女の姿。

素の心優タソ、普通のJC、今まで隠していた姿、我慢していた気持ち、抑えていた感情。


どうして隠したり我慢したり抑えなければならなかったのか。

それは時時雨財閥という大きく重たい看板のせいだったと思った。

僕らでは到底想像も出来ないほどの重圧プレッシャー

期待、監視、そして好奇といった、あらゆる視線から身を守るための自衛処置。

正直、世界に名を轟かせるような財閥の息子に産まれなくて良かったと思った。

自由にお金が仕える代償に、僕は耐えきれそうにないから。


でも心優タソは耐えていた。

むしろ攻撃的に打って出ていた。


凄いと思った。

彼女の言葉を借りれば、『僕ら下民からは想像もつかない世界』と常に闘っていたんだ。

だからこそ、彼女はこの年令にして緻密な計算に基づく実行力がある。

物心つく頃から鍛えられていたんだね。

いや、鍛えないと潰されてしまったのかも知れない。

そうしないと、看板に群がる虫けら共と戦えなかったんだ。


戦いの結果、彼女は『皇帝』とも言える立場に近づいていったはずだ。

インカネのデパ地下での大いなる勝利は、きっと関係者に期待させるには十分だっただろうし、一緒に戦った職場の人達の信頼も得たと思う。


その状態のまま異能の世界に引き釣りこまれた。

そんな彼女だからこそ、僕らを導くと言ってくれたし、事実そうなった。

今だに信じられないけれど、現在僕らはアポカリプス公安9課として、日本政府と強いつながりを持っている。

情報は常に入ってくるし、ちょっと前には予算も確保され、現在アジトとサポート要員の準備がすすめられている。

これだけの偉業を、皇帝を自称するJCである心優タソがやってのけたんだ。


アークエンジェルとの戦いまでは、彼女は命を含めた責任を一人で背負ってきた。

僕らはもちろん、巻き込まれる可能性が高い使用人の人達をも含めてだ。

それは、能力を浄化する能力を持つミカエルとの闘いで、自分で否定していた自己犠牲にも表れていたと思う。


こんな内容のアニメを見た中学生達はどう思うだろう?

『まぁ、アニメの世界だから。』

そんな言葉で片付けて、きっと深くは想像しないと思う。

僕だってそうさ。


でも現実に起きた場合のリスクは凄く高い。

刹那の選択時間。

その選択を間違えば即ゲームオーバーのクソゲー状態。

課金で武装も出来ない。

そもそもコンティニューが存在しない。


人生はリアルなゲームだ、なんて表現もあるけれど、選択間違いが即、死につながっているクソゲーだった場合、その言葉は当てはまらなくなるね。

僕ならコントローラーを持たないどころか、ゲーム機の電源すら入れたくない。

もしくはゲーム自体を放棄する。


だけど彼女はやってのけてきた。


けれど限界だった。


一人で背負い込むには大きすぎたんだ。重すぎたんだ。


アークエンジェルと戦った後に疾斗君が、何でもっと早くエマージェンシーコールをしなかったんだって怒っていた。


それは検討違いだよ。


彼女はいつも僕達の安否を最優先し、自分の命を投げ捨てる覚悟で、たった一人で戦っていたのだから。


それだけ僕らの事を心配しながらも、もしかしたら簡単に裏切られるかもしれないとも思っていた。

仲間が来てくれなかったら、それが一番怖いと心優タソは言った。

本音だったと思う。


考えても見てよ。

例えば僕が金持ちの産まれで、小遣いはいくらでも使えるとする。

友達と豪遊し大騒ぎ。多少の無茶を言っても笑って許してくれる友人たち。

彼女も選びたい放題だろう。両手で数え切れないほどにね。


でも、もしも突然お金が使えなくなったら。


友達が一人でも残ってくれるだろうか…。


彼女と呼べる女性が傍にいてくれるだろうか…。


まぁ、いないだろうね。


そんな心境だったんだろうと想像したよ。

凄く寂しかったと思う。

これは僕らの反省点だ。

大いなる誤ちだった。


こんな想いを心優タソにさせてはいけない。


だって既に僕らは彼女に助けてもらっているじゃないか。

僕達が彼女の看板に引き付けられたんじゃない、彼女が手を差し伸べてくれたんだ。

だからこそ、仲間達はもれなく彼女に惹きつけられた。


心優タソは時時雨財閥の看板を振り回すことはしなかった。

つまり、金で雇うというスタイルはとらなかった。

成功報酬という名目で、金で雇うという選択肢もあったはずなんだ。


だけどそれをしなかった。


それどころか、お金では買えないようなメンバーの望むものを提供してくれた。

敢えて難しい道を選んだと思った。

だけどその見返りは…、それこそお金で買えないものだったかもね。


仲間を集めるということは、勿論心優タソにも利点はある。

能力者同士の戦いにおいて、数少ない駒を取り合っている状態だと言っていた。

仲間が増える事は、無条件で有利な条件をもたらせてくれる。

それほどまでにも能力というのは異常なことだよ。


そうして集められた仲間達は、損得じゃなくて心優タソを救うんだという、自分の意志で助けに入った。

僕も驚いたよ。

まさか全員来ちゃうなんてことは難しいと思っていたんだ。

学校や仕事がある時間帯だったからね。

むしろそこを狙って来たとも彼女は言っていた。


そんな状況下の中、全員が集結した。

嬉しかったんだと思う。

皇帝が遠慮なく泣いたのは、そんな心境の現れだったんだ。


僕らも嬉しかった。

やっと皇帝に認められたと思ったからさ。

本当の仲間として。


そして彼女は、僕らの前では自分を隠すことも、我慢することも、何かを抑える事もやめた。

結果、アニメの感動のラストシーンを、僕のシャツで涙を拭きながら見ているよ。

僕にとっては、このアニメの最高のラストシーンよりも感動する光景さ。


僕の視線に気が付くと、凄く恥ずかしそうに抱きついて涙を隠す皇帝としての彼女を見て、今度は僕らが皇帝と一緒に責任を背負うんだと覚悟しなければいけないと思った。


ゴシゴシッと涙をシャツで拭いた心優タソ。

「最後のシーン、凄くいいよね!」

彼女の涙で冷たくなったシャツを感じながら、僕は笑顔で答えた。

「僕は、心優タソが感動している表情の方が…、萌える!」

「バカッ!」

二人は同時に笑い出す。

最高に楽しいと感じる空間。


「どうして…、どうして私なんかの為に、あんな無茶したのよ!死んじゃったら元も子もないでしょ!」

心優タソがラストシーンのヒロインのセリフを言った。

「俺はお前のためなら、命だって投げ捨てるさ。」

僕は主人公のセリフを言った。

どうやらラストシーンを再現したいみたい。

「そんなの駄目に決まってるじゃない!このバカッ!」

ヒロインは無茶ばかりする主人公を心配している。つまらないすれ違いで自分の気持ちを隠しながら、二人で色んな困難を乗り越えてきた。

けれど状況は悪くなるばかりだったんだ。


「好きな人を、死んでも守り通したい…。だから…。」

主人公の突然の告白に、ヒロインは涙ながらに答えた。

「だから駄目って言ったのよ…。私もあなたが好きだから…。」

今までの苦労が、まるで二人の愛を確かめるような試練にも感じられる。

それを乗り越えた二人は、きっと嬉しかっただろうし、本当に愛されていると感じたと思う。


僕はここでアドリブを入れた。

「僕は皇帝が信じてくれる限り、無限の力を発揮することを約束するお。」

彼女は突然のことに驚き、顔を真っ赤にしながら、口を半開きにしていた。

「あ…、当たり前よ。でも…。」


心優タソがゆっくり優しく頭を抱きかかえてくれる。

「死んだら許さないから。」

その言葉に僕は、死んでも彼女を守ろうと思ってしまった。

きっとアニメの主人公も同じ気持ちだったんだと思う。

そして…。


「その言葉、そっくり返させてもらうお。」

心優タソはガバッと顔をあげる。

その表情は、今にも泣きそうだった。

僕は彼女の頭をナデナデしてあげる。

ちょっとふせめがちで恥ずかしそうにはにかんでいた。


ハッと我に帰ると、「力音のクセに生意気よ!この変態!」と精一杯の反撃をしてくる。

「ありがとうございます!」

僕は思いっきり土下座した。

二人は大笑いしながら、この先の戦いの不安を誤魔化していた。


でも僕だって成長しているんだ。

今までの至高の破滅モエ・スプレマシーは、簡単に言うとドカンと体に力が入り、何でもかんでも力任せに能力を振り回していたんだ。

確かに尋常じゃないパワーを生み出していた。

だけど無駄が多いとも思っていた。

そんな僕を見て、このパワーをコントロールすることを心優タソが提案してきたんだ。


どうやら最初に会った時に、疾斗君の孤高の流星アルーフ・メテオ並に速くダッシュした事を覚えていて、それをヒントにしたみたい。

つまり、足に力を集中させればダッシュ力やジャンプ力が、手に力を集中させて、より強烈なパンチ力や握力が得られるんじゃないかという発想だね。

とても理に叶っていたし、実感もあったから、自分でも驚くほど効果を出すことが出来た。

最近では、指先に力を集中させ、厚さ20ミリもある鉄板を、まるで板状のガムをつぶすかのようにぺちゃんこに出来るまでになった。


可能性が広がった僕の力を見て、心優タソは自分の事のように喜んでくれた。

僕も嬉しかったし、達成感を得られた。

でも、もっともっと強くならなくちゃいけない。

これで満足しちゃいけない。

成長を望まなくなった時、それが僕の限界点。

だから無限に強さを願わなくてはならない。




そうじゃないと、大好きな皇帝を守れない。




全部片付いたら、またこうやって一緒にアニメを見ながら、一緒に泣いて、一緒に笑いたい。




僕が守りたいのは、皇帝の笑顔なんだから。







でも、不穏な足音は、徐々に近づいてきていた。






少しずつ…、確実に…。

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