第36話『能力の属性』

「お嬢様。どうやら封印を解く必要がありそうです。どうか…、嫌いにならないでください。」

「谷垣…。」

彼の瞳は…、死神のように冷徹で無機質だった…。


「あなたがどんな事をしようとも、嫌いになることは無いわ。」

「お嬢様…。」

「だけど、犯罪者にはさせないから。」

「………。承知しております!それに、奥の手もありまする。」


奥の手?まぁ、いいわ。

「時を動かすわよ!」

「ハッ!」

孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを解除する。


「ぐぅぅ…。老体だと侮ったか…。」

不動は口元を抑えながら、片膝を付いたわ。

相当効いているようね。

だけれど、これで彼も口元には注意をしてくるし、曝け出してしまった弱点を、別の方法で保護してくる可能性は高い。


つまり、同じ手は使えないってことよ。

谷垣はよくやっていると思うわ。

だけれど、やはり相手が悪いわね。

早く来なさい!力音!


「侮る?自惚れの間違いですぞ。」

「なにぃ?」

不動は苛立っている。

そもそもノーダメージクリアを狙っていたでしょうしね。

不意の反撃は、精神的にも効いているはず。

谷垣…、頼むわよ。


おっと、私は極力物陰に隠れておくことにするわ。

スナイパーがいるからね。

そして、孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの発動タイミングを伺う。

勿論、能力散布も続けているわ。

スナイパーがいなければ、不動にスタンガン100万ボルトの電撃が通用するかどうか試すのだけれど。

現状厳しそうね。


「未熟な者が安易に戦場いくさばに出ようとした、よって自惚れだと申した。」

「フンッ。1撃入れた程度でいい気にならない方が身のためだ。」

「そうですかな?いくら強大な力を手にしようとも、圧倒的な経験の差は埋められませぬぞ!」

「試してみるが良い!」


カチンッ!

鉄球が跳ね返る。

予想通り、不動は口元へのプロテクターを施しているわね。

「フハハハハハッ!何が経験の差だ!」

不動の余裕がこちらにも伺えるわ。

彼は谷垣の攻撃では傷付けることすら出来ないと確信したわね。


次の瞬間。

曲芸師よりも手際よく、そして鮮やかに大き目のナイフを取り出すと、ヒョイと軽く上に投げながら回転させ、刃の部分を器用に摘むと、流れるような動作で投げつけた。

「た…、谷垣…!」


ナイフなんて通用しない。そう言おうとしてやめた。

案の定、不動は防御姿勢すら取らない。

でも…、あ…、あれは…。


ナイフは、ゆっくり回転しながら、そして見た目よりも勢い良く、重量感を醸し出し、恐怖を煽りながら不動の脇をすり抜け飛んでいく。

飛んで行く先には、道路を挟んで向かいの家があり、その周囲には低木が植えられている。


ズドンッ!


向かいの家の壁に、ナイフが突き刺さる音だけが聞こえた。


ズドンッ!!


いつ投げたのかわからない、2本目のナイフも何かに刺さる。


内海うつみ!」

思わず不動が叫んだ。

恐らくスナイパーの名前ね。

彼は思わず振り返り、仲間の安否を確かめようとした。


谷垣は、両手を水平に真っ直ぐ伸ばし、掌を上空へ向ける。

両の手の平で何かの感触を確かめる仕草をすると、そのまま隙だらけの不動に向けて、右手に乗っていると思われる、その何かを顔面に叩きつける。

見た目では何も認識出来ないわ。


ドンッ!!


えっ!?


掌から爆発のような衝撃が不動の顔面を直撃すると、衝撃からか苦しそうな表情で仰け反り顔を手で覆う。

構わず左手の手の平も顔面に叩き込んだ!


ドンッ!


右手の時と同じように、何かが爆発した。

「グオオオォォォォォォ!!!」

不動は痛みを紛らわすように、顔を抑えながら苦しみだす。

一体何が…。

爆弾…?

まさか…!?


後方のプライベートハウスの方へも能力散布をする。

そこには二階窓辺付近に烈生が隠れていることが分かったわ。

二人のコンビネーションだと言うの?


「このクソジジィーーー!!!」

怒りの形相で振り下ろした手は、今までとは違って素早かった。

「ぬぅ…。」

谷垣の左腕が掴まれる。

そこへ右パンチが繰り出されると、不動はそこも痛がったわ。

けれど谷垣の腕は離さない。


どうやらプロテクターを一時的に解除したか、爆発の衝撃で強制解除されたようね。

二発目を撃ち込んだ谷垣だけれど、甲高い金属音が響き、再びプロテクターを纏ったのが分かる。

まずい…。

掴まれたままじゃ…。


避けられない!


「谷垣!」


ドスンッ!!!


低く鈍い衝撃音が、庭に響く。

地面がえぐられ、土煙が舞い上がる。


ちょっと待って…。


谷垣…。


完全に孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの発動タイミングを見誤ったわ…。

いえ、例え時間を止めたとしても、谷垣の腕を掴んだ不動の手を剥がす事は難しかったかも知れない…。


その瞬間。

直ぐ隣に気配を感じ振り向くと、

「間に合いましたな。」

と、ニヤリと笑う谷垣の姿を確認したわ。


土煙が晴れる…。

「心優タソ、遅れて申し訳ございません。」

「力音!」

不動は、谷垣を掴んでいたはずの右手を抑えていた。

さっきの一撃は力音のだったのね!


「さっさとや~っておしまい!」

「あらほらさっさ!!」


「新手か…。」

不動は背後の仲間を気にかけながら立ち上がる。

頭部と右手にダメージを追いながらも、目が死んでいない。

まだまだヤル気のようね。


二人は緊張感を持ちながら、相手の動向を見極めようとしている。

そして、おもむろに力比べを始めた。

「山の不動、動かせるものなら動かしてみせよ!」

「オラァァァァァアアアアアアアア!!!」


地味ながら、一瞬たりとも気が抜けない状況となったわ。

その間に、状況の整理をしておく。

「谷垣、スナイパーは討ち取ったのかしら?」

「奴の持つ銃に命中いたしました。予備の銃が無い限り攻撃は不可能でございます。」

「あらそう。」

十中八九持って無いわね。

モデルガンなら可能性はあるけれど…。


改めて能力散布で広範囲を索敵するけれど、今視界に映っている能力者以外は居ないようね。

それを知らない不動が可哀想なぐらい。

彼はアタッカー抜きで、どう守りきろうとしているのだろう。


ならば、こちらも試しておかなくてはならないわね。

腰ベルトの背中から、スタンガンを取り出すと、おもむろに不動に駆け寄り電撃をくらわせたわ。

バチッバチッバチッ!

電極間から青白いスパークが走る。


だけれど不動は、まるで何事も無かったかのように力音との力勝負を続けた。

直ぐに後方へ下がる。

「なるほどね。」

「と、申しますと?」

訪ねてきた谷垣をチラッと見て答えた。

「彼は地属性なのよ。つまり、土系。だから電撃は効かない。アースされているってことね。」

「ほぉ…。」


能力に属性がある可能性は、依然アダムの使者として現れたブリザードの吹雪を見て感じていた。

こうなると、物理だけじゃなく、属性も考慮しないといけないことになるわね。

だけれど悲観ばかりする必要はないわ。

黙示録こちらの陣営も、何かの属性を持っている可能性があるからね。

後は相性を考慮すれば良いのよ。


ここまで把握した時点で、谷垣を下がらせることにする。

「あなたは下がっていなさい。」

「ハッ!」

彼も、これ以上は邪魔になるだけだと察したようね。

そう、本格的な能力バトルの開始よ。


とはいえ映像は地味ね。

どちらも一歩も引かないわ。

よく見ると、押そうとする力音に対して、動かないとする不動の図式に見えた。

ならば…。


私は力音の背後に移動する。

「心優タソ!離れてください!」

力音は少なからず動揺したのか、少し押し返される。

「その必要はないわ。」

直ぐに力を込め直し、再び力は拮抗する。


力音は不安そうな表情をしていた。

自分が力負けすれば、私まで巻き添えになるから。

だけど私は確信する。

「あなたが負けるわけないじゃない。」

一瞬驚いた後、ニヤリと笑う力音。

真っ赤な目から、炎のエフェクトのようなものが吹き出た。


「心優タソが信じてくれた…。僕は…。」

グググッと押し始める。

「負けるわけにはいかない…!」

更に押す。

驚愕の表情を見せ始めた不動。

「バカな!?この『山』を押すなど…。」

到底不可能なはずと思っていたようね。


それこそ慢心よ。

上には上がいる。

そう予測し、対応策を練っておく必要があるでしょ。

「内海!頼む!」


不動は仲間の応援に期待した。

あまりにも滑稽で、思わず吹き出しそうになったわ。

「スナイパーなら、もう居ないわよ。」

「!?」

まさか仲間を見捨てるとは思っていなかったようね。


この事からも、アダム側は一枚岩では無いことが推測される。

自分の身が危険に晒されれば、仲間を見捨てて逃げるという選択肢を取った内海スナイパー

チーム戦なら、戦況が危なければ、全員が撤退する為の援護はするものでしょ。

でもそれが無かった。


更に押されていくと、突如一気に押し返し始める力音。

「オオオォォォォォォオォォオオオオオオ!!!」

長い雄叫びは、勝敗を決したわ。

不動は不格好に押されていき、そのまま吹っ飛んでいく。


力音は鋭くダッシュし、両手を握ると、高々と挙げた大きな拳を不動に向けて振り下ろす。

ドンッ!!

不動の足が地面にめり込むほどの衝撃が襲う。

彼は両手を頭上でクロスして衝撃に備えたけれど、庭に小規模なクレーターが出来るほどの力を受け止められなかった。


不動から能力が薄れていくのが分かる。

「力音!とどめよ!!」

「オオォォォォォォオオオオオオ!」

雄叫びと共に、会心のパンチを繰り出す。


!?


グワッと視界が悪くなる。

突風?

スカートが経験したことがない程バタつく。

砂埃どころか、木々の枝ごと巻き上げる突風は、もしかしたら竜巻かも知れない。

そう思うほど強い風が私達を包み込んだ。


「お嬢様!」

身動きが取れない私を庇うように谷垣が立ちふさがる。

孤独な皇帝ロンリー・エンペラーを発動させたわ。

風が止まり、ようやく状況が確認出来た。

「力音!無事!?」

「ぼ、僕は大丈夫だお。」

「敵は?」


彼はトボトボと歩いて帰ってきたわね。

「逃げられちゃったみたい…。」

そういうことね。

敵はもう一人いたってことかしら。

そうか…。


「私の能力散布で敵は確認出来なかったわ。だけれど探していない場所が二つある。」

「二つ?」

力音が不思議そうに訪ねてきた。

「一箇所は地中、もう一箇所は空中ね。残念ながら、どちらも可能性があるわ。」

「マジで?」


敵が居ない事が確認出来たので、プライベートハウスに全員が退避し、能力を解除する。

扉や窓がガタガタと激しく揺れている。

少しずつ弱まり、静けさを取り戻したわ。


「お姉ちゃん!」

烈生が2階から走って降りてきて、そのまま私に抱きついた。

「ありがとうね、烈生。助かったわ。」

「ほ、本当?」

「えぇ。まさか谷垣とコンビネーションを組んで攻撃してくるとはね。」

「うん!練習したんだ!それに、指向性?という爆弾を護さんと一緒に考えたんだ!」


指向性爆弾?

そうか…。

谷垣の手の平にあった爆弾をそのまま爆発させたら、彼の手まで吹っ飛んでしまうわ。

だけど、爆弾の威力に方向性を持たせながら爆発させた。

だから不動だけがダメージを負ったってことね。


「頑張ったわね。」

「僕、もっともっと強くなるよ!」

「ありがとう…。」

こんな純粋な子供まで、戦いに巻き込んでしまった。

私は一生、その責任を負わなければいけないわね…。

生きていられればの話しになるけれど…。


「心優タソは、どっちに隠れていたと思う?」

力音が頃合いを見て質問してきたわ。

そうね…。

「不動は自分の能力を「山」と言ったわ。それから考えると地中という選択肢が生まれるけれど、さっきの不自然な突風は、間違いなく能力によるもの。だとすると「風」という能力を扱う能力者がいるとすれば、空中という選択肢が生まれてしまう。だから、どっちが正解かは分からないわ。でも恐らく…。」

「風ですな。」

谷垣が答えた。

「風だろうねぇ。」

力音も同じ回答だったわ。

「そうね、風でしょうね。」

私も同調する。


3人ともちょっとうんざりしているわ。

苦笑いしか出ないですもの。

山の能力者である不動一人でも、これだけ手こずったのに、更に風の能力者、そして分かっているだけでも吹雪の能力者もいるわね。


「それに、力音が来る前に谷垣が、「銃」の能力者を撃退しているわ。」

「銃…?鉄砲ってこと?」

「そうね。一発しか撃たれなかったから詳細は分からないけど、銃その物が能力なのか、銃弾の方が能力なのかは不明ね。」

谷垣が話に割って入ってくる。

「恐らく銃弾だと思いまする。」

「どうしてそう思うの?」

「硝煙の匂いがいたしませんでした。」

「あらそう…。なら、確定ね。」


彼は銃弾が飛び交う戦場を潜り抜けてきているわ。

その彼が言うのだから間違いないでしょう。

「銃でも銃弾でも、どっちも厄介だけどね。」

「例えば?」

力音が訪ねてきたわ。

「そうね。考えられる能力としては、銃なら発射する弾に特色を持たせられるかも知れないわね。銃弾だと夕美と同じように誘導とかも考えられるわ。というか、考えだしたらキリがないわね。」

「あぁ、僕も色々と予想できちゃうよ…。」


私はこの時、能力について一つ違和感を覚えたわ。

まだハッキリとは掴めていないけれど、何というか…。


物凄く人為的な印象をもったわ。


自然発生的に能力が産まれたのではなくて、人為的に作られた印象。


その時、スマホが何かを知らせてきた。

ポケットから取り出し画面を見て、居ても立ってもいられなくなった。


芽愛『無事生きています。』


「谷垣!びょ、病院に行くわよ!」

「ハッ!」

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