第56話『虹色の涙』

ウワァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア…


アアアアアアァァァァァァァァァァァァッァアアアア…


泣き叫ぶ一人の少女。


そこにたたずむのは、超お嬢様学校に通う中学生でもなく、

日本の経済を牽引する時時雨財閥の一人娘でもなく、

能力者集団、黙示録アポカリプスを牽引するリーダーでもなく、

世界でたったひとりぼっちになった、

孤独な皇帝だった。


彼女は絶望のあまり、立ち上がる気力も、闘う精神力も、生きる力さえ失いかけていた。

只々、ひたすら泣き叫び、自分の運命を呪い続けていた。

彼女の体からは、能力粒子アビリティ・パーティクルが抜け出しては散っていく。

能力そのものさえも失おうとしていた。

能力さえも抜けきってしまうと、ただの女子中学生に戻ることになる。


そんなことは本能的に分かっていた。

でも彼女はそれでも良いとさえ思っていた。

アダムの野望を阻止する…

そんな事は、もうどうでも良くなっていたから。


彼女は自分の判断ミスが招いた結果だと思っている。

そのミスは最初からなのか途中からなのか、ここに着いてからなのかは分からない。

もうそれはどうでも良い。

結果は何も変わらないから。


ウワァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアアア…


私がもっと有能だったら…


私がもっと強かったら…


私が…、もっと…


どれだけ後悔しても悔やみきれない。

失ったものの大きさを身に染みるだけだった。

もう戻れない…、あの頃には…、もう戻れない…。


私は、「友情」という今まで経験もしなかった事に酔いしれて、一番大切な事を忘れていたのかもしれない。

友情に導いたものが「能力」であり、異能バトルにおいて簡単に導き出されるはずの答えを。

『死』という最悪の結果を、考えてもいなかった、想定もしていなかった…。

だって…。

そんな悲しい世界は、どのアニメにもマンガにも小説にも無かったから…。


どの物語も最後はラスボス倒して皆ハッピーだったし…。

ハッピーエンドが好きな私は、知らず知らずそんな内容のばかり選んでいたのかもしれない。

だから…。


自分だけが残された世界なんて…


考えたこともなかった…


もう…、嫌だ…


これ以上我慢出来ない…


たった一人だけの世界なんて…


スッ…

無意識のうちに、右手には刀を出現させていた。

吹雪と最初に対峙した時に、マイナー小説からヒントを得て作った『妖刀 朱雀』。

半透明になっていたけれど、気にする余裕もない。

絶望に打ちひしがれた私は、もうこの先どうなっても何とも思っていなかったから。

だから今直ぐ消えたかった。


刀を持ち上げ、何もためらうことなく振り下ろした。






『私が魔法をかけてあげる…。だから、大丈夫!』






どこかで聞いた事があるような無いような声が、気になるセリフで私の行動を止めた。

そのセリフは、手にする刀が登場する小説のもの。

誰が…、どうしてあんなマイナーな小説のセリフを…?

しかもそのセリフは、主人公とヒロインが、最後の戦いに向けて立ち上がる中盤で一番重要なシーン…。

私が一番好きなところ…。

誰…、誰なの…?


いつの間にか刀は消え去り、少しずつ周囲に気を配る。

ピクリとも動かなくなった疾斗と吹雪、そしてゲートキーパーもいつの間にか倒れいたみたい。


いったい誰が…。

未だ溢れる涙を拭く。

ふと我に返り、絶望していたことを思い出した。

再び刀を出現させようとしたけれど、上手くいかない。


もう…、能力すら無くなっちゃった…


そう思った。

がっくりとうなだれた。


膝の上には、何かを成し遂げたような表情の疾斗がいる。

彼の顔を見るのも辛くなり、四つん這いになりながら手すりに向かって移動し、何とか立ち上がる。

よろよろしながらも、ゲートを潜りドームの中に入っていった。


どこまでも続く円の外周状の通路には、誰もいなかった。

大きく頑丈な扉が見える。

多分あの扉の向こうが、アダム達が待ち受ける広いアリーナだというのは分かった。

通路の壁に寄り添いながら、辛うじて歩いていたけれど、ガクガクッと膝の力が抜けてペタンと座り込んでしまった。


もう無理…

やっぱり無理よ…

能力も感じられない…


ごめんね…、みんな…


うなだれて床を見つめた。

小奇麗に掃除された床が見える。

その時だった。


誰かが差し出す手が見えた気がした。

無意識に顔を上げて、誰なのかを確認する…






「芽愛…」





そこには半透明の芽愛が見えた。

差し出された手は、彼女のものだった。

直ぐに幻覚だと思った。

もうパニックを通り越して、精神異常なのだと感じていた。

この瞬間が現実なのかどうかさえ、ずっと前からわからなくなっているから。


(心優…。)


幻聴も聞こえてしまっている。

これはきっと自分に都合が良い幻覚や幻聴なんだ。

寝ている時に見る夢のように、これは自分が作り出した映像。

そう思えば、今の現象も納得することが出来た。


(心優…。あなたは一人なんかじゃないよ。)


幻覚の中の芽愛はそう言ってくれた。

孤独な皇帝…、ロンリー・エンペラー…。

最高に皮肉なネーミングが、今の私。


(そんなことない。だって、見てみてよ…)


よく見ると芽愛は上半身しかない。

その芽愛の両肩に手を置いて、ひょっこり顔を出す夕美がいた。

その後ろには腰に手を当ててふんぞり返る力音と、腕組みをしながらヤレヤレと言いたげな表情の護、そして何故かドヤ顔の疾斗と、心配そうな表情の烈生、一番後ろにはいつものように静かに佇む谷垣も見えた。


「谷垣まで…。どうやら、私は相当参っているようね…。」

(違うってば。)

夕美が言い返す。

(心優、そろそろ理解しろ。時間がない。)

護からだった。

時間がない…?


(僕らは心優タソが触れてくれたお陰で、心優タソの能力粒子アビリティ・パーティクルの中に紛れていたみたいなんだ。)

(その能力粒子アビリティ・パーティクルを吐き出したお陰で、こうして姿を形成する事が出来たみたいなんです。)

力音と烈生の説明に、徐々に徐々に思考が巡り始めた。


(心優、これが本当に最後のお願いになる。俺達を取り込め。)

疾斗が真剣な表情で見つめてくる。

「取り込むって…」

(そうすることによって、私達の能力を引き継げると思うのです。)

芽愛の言葉は、にわかには信じられなかった。


(お嬢様。これが最後のチャンスであります。)

谷垣が催促するけれど、何がどうなっているのか、どうしてこうなったのか、さっぱり理解出来ないでいた。

『迷うことはありません。全てを受け入れなさい。そこから真実が見えるはずです。』

最初に聞こえた声からだ。

「あなたはいったい誰…?」


私の問いには芽愛が答えてくれた。

(あの人はイブです。今もアダムの索敵から私達を匿ってくれています。時間がありません。このままでは私達は本当に消滅してしまいます。そうなる前に…。)


夕美も真剣な表情で詰め寄る。

(私達を取り込んで欲しいの。そうすれば…)


力音も私を覗き込む。

(絶対にアダムに勝てるお。だって…)


護が振り返る。

(俺達は最強なんだろう?そして…)


烈生が純粋な眼差しで見上げる。

(お姉ちゃんなら託せるから。それは…)


疾斗がやっぱりドヤ顔で答えた。

(お前が最高の皇帝だからな!)


皆の言葉を、静かに微笑みながら見守る谷垣。

(むしろ、この状況を打破出来るのは、お嬢様しかいません。)


全員の笑顔が眩しかった。

また涙が零れた。


零れた沢山の涙は空中で方向転換すると、芽愛、夕美、護、力音、烈生、疾斗、谷垣の方へ向かって飛んでいく。

その涙の1つ1つに、一人ずつ吸い込まれていった。

涙は色んな色をしていた。


芽愛は青色、夕美はオレンジ色、護は緑色、力音は黄色、烈生は紫色、疾斗は赤色、谷垣は水色をしている。

まるで虹のような色のついた涙が、私を中心に回転し始める。

私は、目の前に浮いている涙に気付く。

色は白色だった。


まるで鼓動を表しているかのように、ドクン…、ドクン…と動いているのが分かった。


これは私の心…、そう直感した。


まさに孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの元となる力の源。


それは私の能力なのだということを意味していた。


両手の手の平ですくうように、白色の涙を持ち上げる。

触れるか触れないかの距離を保ちながら、ゆっくりと持ち上げた。

7色の涙達は、私の周囲から腕の周囲を回り始め、そして手の平の方へ移動していった。

そして、1つずつ私の涙へ着弾していった。


紫…、青…、水色…、緑色…、黄色…、オレンジ色…、そして赤色…。


白色の涙の鼓動が大きく速くなっていく。

ゆっくりと手の平に沈むと、七色の光が腕を伝わって体の中心へと流れていった。

私は熱くなった胸元を見た。

そこには大きな鼓動を繰り返す、ハート型になった涙がゆっくりとゆっくりと体の中心へと沈み込んでいくのが見えた。


皆の想いが溢れ出す―


皆の願いが身に染みる―


私が成すべき事が伝わる―


(心優ちゃん、あなたは一人じゃないわ。)

夕美…


(そうだぞ。お前は孤独な皇帝ロンリー・エンペラーなんかじゃない。)

護…


(皆さんと出会って、お嬢様は大きく成長なされました。)

谷垣…


(心優タソが寂しいと思っているのと同じぐらい、僕らも寂しんだお。)

力音…


(だからお姉ちゃん!悪い奴らを倒しに行こう!)

烈生…


(そうだぜ。俺達なら出来る!)

疾斗…


(だって、一緒に闘うんですからね。)

芽愛…


心の奥が熱くなる。

白い涙が繰り返していた鼓動と同じように、私の鼓動も強く速くなっていく。






私は一人ぼっちじゃなかった。





私が最初で最後の、名実共に皇帝になってやろうじゃないの!




体中に能力粒子アビリティ・パーティクルが漲っているのが分かる。




ボロボロの制服なんか気にしない。




私はこの戦いに勝利して、皆の想いを叶えるの!



グッと足に力を入れる。

強く踏み込んだ足からは、しっかりと地面の硬さが伝わってきた。


疲れも感じない。

不安も感じない。


勇気が溢れてくる。

希望が溢れてくる。


進めと脳が命令してきた。

戦えと心が命令してきた。


一歩…、また一歩と足を運ぶ。

その間にも目まぐるしく思考が張り巡らされる。

近くの扉を通り過ぎ、上部へと続く階段を駆け上がる。


2階席への出入り口へと向かった。

大きな扉は、ドーム内の室圧管理の為、見た目以上に重く頑丈なものだった。

その扉を勢い良く開けた。





バンッ!!!


ドーム内部へと吹き荒れる風が、二本のおさげとボロボロのスカートをなびかせた。


力強く腕を組んで、突然あるかもしれない攻撃にも全方位で対処しながら叫んだ。





「またせたなっ!!!」





ドームのアリーナ部分には、5千人とも言われる低・中クラスの能力者達が、実質人質となって集められていた。

ホーム側にはステージが組まれ、そこにはアダムと思われる人影が見える。

私は正反対側の二階席から出現していた。




「たった一人で何が出来るか見納めさせてもらう!」




音声が聞こえたんじゃない。

能力に乗せられている声が聞こえていた。

彼は余裕なのか油断なのか慢心なのか確信なのかは分からないけれど、言の葉の力マインドコントロールを使ってこなかった。


私は瞬時に状況を把握する。

恐らくアダムは、人質がいるという状況と、中級クラスの多数の能力者の攻撃を私が一人で防げないと思っているに違いない。

今までの私では、非情に難しい…、いえ、絶対絶命とも言える状況ね。


傷付けないで5千人もの人質のマインドコントロールを解き放ち、そして何人いるかも分からない中級クラスの能力者達の攻撃を掻い潜る。

しかもアダムからの攻撃にも気を付けなければならないし、上級クラスの能力者がまだ待ち構えているかも知れない。


だけれど…


私には仲間がいる。


感じるの、心の中に。


皆の存在を感じるの。


こんなに心強いことはないわ。


まさしくここまで0.5秒。

直ぐに考えをまとめあげる。

攻撃の方法からあらゆる不意の反撃を想定しつくす。


いける。

雑多な情報が一瞬で整理されていく。

芽愛のお陰なのか、情報処理速度が自分でも信じられないぐらい速い。

研ぎ澄まされた集中力と、今まで限界だと思っていた能力粒子アビリティ・パーティクルの密度が、更に濃くなっていく。

体がバラバラになりそうなぐらいの力がみなぎっている。


この時、体は既に限界を超えていたのかも知れない。

黒くつややかな髪は銀髪へ、そして真っ黒の大きめの瞳は、真っ赤に染め上がっていたから。


私は意を決して手摺に向かって駆け出した。


「行くぞっ!アダムッ!SHOW TIMEだ!!!」


「かかって来い!孤独な皇帝ロンリー・エンペラー!!!」


人類史上、かつて無い能力バトルが、今ここに始まろうとしていた。


それはこの国の…、いや、この世界の行く末を暗示するものであった―――

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