第31話『烈生の御見舞』

お姉ちゃんの調子が悪くなって、昨日も今日も寝込んでいるみたい。

何だか玄関も雰囲気が大きく代わっていたし、何かあったんじゃないかと不安だったんだ。

土曜日の夜は、黙示録アポカリプスメンバーの男子達がトレーニングルームで汗を流しているので、ちょっとのぞいて何かあったのか聞いてみることにした。


「護さん、お姉ちゃんの調子が悪いみたいなんだけど、病気なのかな?」

護さんはルームランナーで走っていたけれど、直ぐにやめて装置から降りてくる。

ベンチで座りタオルで汗を拭きながら教えてくれた。

「詳しくはしらないが…、病気だって聞いているな。」

「大丈夫なの?治るの?」

「あぁ。問題ない。谷垣さんがお医者さんを連れてきて診てもらったが、薬を飲んで安静ゆっくりしていれば直ぐに治るって言っていたぞ。」

「本当!?」

「だから心配するな。あれだ、御見舞に行ってこい。」


タバコに火をつけようとしていたけれど、その手を止めてゴミ箱に投げ捨てた。

禁煙するんだって言ってったっけ。

「うん!わかった!何がいいかなぁ?」

「御見舞と言えば果物フルーツだろうな。良さそうなものがあるかどうか、調理場に行って聞いてみたらどうだ?」

「そうだね!教えてくれて!ありがと!」

護さんは僕の頭をクシャクシャっと撫でてくれた。

「………。」

「?」

何かを言いそうな顔をしたけれど、直ぐにニッコリ笑って「さぁ、行って来い」とだけ呟いた。

そして再びルームランナーで走り出す。


何だかちょっとモヤモヤしたけれど、取り敢えず調理場に行ってみることにしたよ。

「お疲れ様です!」

「あら~、烈生君。どうしたの?」

今は夕食後だから、皆さん後片付けと明日の準備をしているんだって。前に教えてもらったんだ。

明日のご飯を、前の日から準備するなんて知らなかったよ。

「お姉ちゃんの御見舞で、果物を持っていってあげたいのだけれど、お姉ちゃんの好きな果物とかありませんか?」

「………。あっ、そうね。メロンがあるわ。今切ってあげるね。」


また気になっちゃった。

一瞬あった間が…。

もしかして、僕は何か間違ったことをしているんじゃないかと思った。

「あ、あの!」

「何かしら?」

料理班のお姉さんは冷蔵庫から美味しそうなメロンを出してきた。

「ちょっと待ってください。」

「どうして?」

「すみません、また来るまで待ってくれませんか?」

「えっ?大丈夫だけど…。どうしたの?」

「すみません…。」

それだけ言い残して、僕はある人の部屋に向かった。


コンコンッ

『どうぞ。』

部屋の中に入る。

僕は、とても嫌な予感がしていた。

それを確認しない限り、お姉ちゃんに会えないと思ったんだ。


「谷垣さん、教えて欲しいことがあります。」

「ええ、良いですよ。」

きっと谷垣さんは、いつものように勉強や知識に関係する事を聞きにきたんだと思う。

僕は勉強で気になった色々な事を、谷垣さんに教えてもらっていたから。


「お姉ちゃんが病気の理由を、教えてください。」

いつものように微笑みながら、答えてくれた。

「お嬢様は具合が悪くなって…。」

「谷垣さん!」

僕は大きな声で遮った。

だって…、また誤魔化そうとしていると思ったから。


「お願いします!きっと、僕は何かを間違えています。知らないままお姉ちゃんに会えないです!」

今度は真剣な表情で僕を見つめている。

やっぱり…。

僕は確信した。自分が原因で、何かが起きていて、それは今のお姉ちゃんの状況につながっているんだ。


「着いてきなさい。」

小さく頷いた。

彼は部屋を出ると、真っ直ぐにお姉ちゃんの部屋に向かっていった。

あぁ、直接聞かされるんだなって思った。

谷垣さんはドアをノックすると、小さな声で『入りなさい』とお姉ちゃんの声が聞こえた。

チラッと僕を見た谷垣さん。目が真剣だ。

きっと覚悟は良いかってことだと思った。

僕は力強く頷いた。


部屋に入ると、お姉ちゃんはベッドで横になっていた。

前に来た時は寝ていたから、起きているお姉ちゃんを見ると、少しホッとしたよ。

けれど、そんなつかの間の安堵は、直ぐに消し飛ぶことになった。

「烈生が、お嬢様がご病気になられた理由を聞きたいとのことです。」

そう谷垣さんが言うと、明らかにお姉ちゃんは動揺していた。


「た、谷垣。あなたから説明ておいてと言ったはずよ。」

「ハッ。しかし、それでは納得がいかないと言われまして、こうして連れて参りました。」

お姉ちゃんはゆっくり体を起こす。

ちょっと体が重そう…。

「烈生。私はちょっと病気なだけ。だから心配は無用よ。」

「それは嘘だよ。お姉ちゃんも教えてくれないなら、谷垣さん、教えてください!僕はこのままは嫌なんです!お姉ちゃんを守ると言っておきながら、こんなになったお姉ちゃんを見るのが耐えられないんだ!」


谷垣さんは片膝をつき、僕の目の前に顔を持ってくると、やっと本当の事を話し始めてくれた。

「烈生。一昨日、君は、お嬢様に飴を渡したのは覚えているかな?」

「うん、覚えているよ。友達に貰った飴だったんだ。僕も帰ってきてから食べようと思ったけれど、無くなっちゃっていたんだ。」

その会話にお姉ちゃんが割り込んできた。

「谷垣!辞めなさい!」

「お嬢様。彼は真実が知りたいと思っているのです。それに、知っておいた方が良いと私は思います。」

「駄目よ!これは命令よ!」


「お姉ちゃん!」

僕の大きな呼びかけに、お姉ちゃんはちょっと驚いていた。

「烈生…。あなたは知らなくて良いの。」

「お姉ちゃん…。僕はお姉ちゃんと仲間と、家族を守りたいんだ。だから、嘘をついてまで僕が守られていることに、我慢出来ないんだ。」

この言葉に、谷垣さんが大きく頷いた。


「烈生。よく聞きなさい。」

「谷垣!」

お姉ちゃんの呼びかけを無視した谷垣さん。

「君があげた飴には毒が入っていたんだ。」

「!?」

「その毒のせいでお嬢様は能力が発動出来ず…。」

「谷垣!!!」

「殺されかけたのです。」


「……………。」

なんだって…。

「ぼ…、僕のあげた飴に…?」

谷垣さんは真っ直ぐ僕の目を見ながら、真剣な表情で小さくうなずいた。

「だ、だって…。あの飴は…、飴は…。友達からもらったんだよ…?」

お姉ちゃんを見た。顔を背けていた。谷垣さんの行動に怒っているような気がした。

「今やお嬢様は、時時雨財閥という看板の他に、能力者代表という看板まで背負おうとしておられます。その意味がわかりますか?」

「………。」


僕は考えた。

財閥の看板を狙ってくる人は、お姉ちゃんの事を殺そうとはしないと思った。お姉ちゃんに会う前に出会った能力者の人達は、夕美お姉ちゃんを除いて、誰かを殺してもかまわないって感じの人達ばかりだった。

だから、直ぐに理解しちゃった…。

あの飴は、そういう悪い人達が僕の友達に渡して、そして僕にあげるよう言ったんだ。


それを何の疑いもせずに、お姉ちゃんに渡してしまった…。


僕のせいでお姉ちゃんは死んじゃうところだった…。


僕のせいで…。


僕の…。


いつの間にか視界が歪み、大粒の涙がこぼれていることに気が付いた。


僕はとんでもないことをしてしまった…。


何が「お姉ちゃんを守る」だ…。


僕がお姉ちゃんを殺して…。


僕が…。






泣いている場合じゃない!






僕は涙をゴシゴシッと拭いて、直ぐにお姉ちゃんの傍に行く。

「ごめんなさい!」

そして謝った。

「いいのよ。終わったことだもの。それに、烈生は悪くないわ。」

「悪いよ!!!」

「いいえ。だって、あの飴に毒が入っていたなんて、誰も気が付くことなんて出来ないわ。疾斗や力音だって、私にくれた可能性はあるもの。」

こんな事になっているのに、お姉ちゃんは僕を責めなかった。




違う!




僕は怒られなくてはならないはずだ。

だってお姉ちゃんは、谷垣さんが言うように、日本で一人しかいない、凄く大変な責任を負って闘っているんだ。

それを僕は邪魔した。

思いっきり邪魔した。

もう少しで死んじゃうところまで追い込んだのは、僕のせいなんだ!


「違う!違う!今お姉ちゃんは、護さんや夕美お姉ちゃんの名前は出さなかった。」

「特に意味はないわ。」

「違うよ!二人ならもしかしてって気が付いて、お姉ちゃんには飴を渡さなかったんだ!」

「………。」

図星だったのか、お姉ちゃんは困ったような顔をした。


「谷垣さん!僕を思いっきり殴ってください!」

「分かりました。歯を食いしばりなさい!」

「やめなさい谷垣!」

「お姉ちゃん!孤独な皇帝ロンリー・エンペラーは使っちゃ駄目だよ!」

「烈生…。」

「これは僕のケジメだから!」


そこへまったく見えないほどの速度で、谷垣さんの張り手が左頬を襲う。

バシンッ!

あまりの衝撃に、ヨロヨロッとする。

左頬どころか頭全体がジンジンするほど痛い。

「烈生!お前は、私達の大切なお嬢様を傷付けた!」

バシンッ!!

今度は右頬が叩かれる。

更に足元がおぼつかなくなった。

「己の弱さを恥じろ!」

バシンッッッ!!!

再度左頬が吹っ飛ぶ。

あまりの衝撃に、僕は吹っ飛んで倒れた。


「なんてことを…、やりすぎよ谷垣!いいかげんに…。」

僕は急いで立ち上がる。

足元がふらつくけれど、ボヤケた視界に谷垣さんを見つけ近寄った。

そして思いっきり頭を下げた。

「ありがとうございました!」

そう、大きな声で言った。


すると、フワッと体が包まれる。

谷垣さんが優しく抱きしめてくれた。

「烈生の覚悟、しっかり見届けました。そのお年で、これだけ覚悟出来る男前の小学生は、あなたしか知りません…。これからは全ての事に気を使いなさい。怪しいと思ったこと、悩んだことがあれば、私めに相談してくだされ。」

「僕は小学生だけれど、お姉ちゃんと二つしか年が離れていないよ。」

「烈生…。」

「勿論、直ぐにお姉ちゃんのようにはなれない。それに、お姉ちゃんはもっと小さい頃から大人達と闘ってきたって聞いたんだ。僕は同級生からも逃げてばかりいた。だから今からでも逃げないで一緒に戦いたいんだ。

「………。」

「谷垣さん…。」

「はい。何でしょう。」

「僕を弟子にしてください。」


ハグを解いて、僕の顔を見つめる谷垣さん。

「私の修行は、ちと、厳しいですぞ。」

「構いません!ビシビシお願いします!」

「ふふふ…。あなたは今日、一つ大人の階段を登りましたな。良い顔をしている。」


「烈生。あなたが強くなるのは、もう少し後でも良いのよ。」

僕達のやり取りを見ていたお姉ちゃんが心配してくれている。

その気持はとても嬉しいよ。

だけどね…。

「僕だって、能力者同士の戦いが早く終わればって思っているよ。その為には、数少ない能力者の協力が必要だって、お姉ちゃんも言ってた。」

「だけど…。」

「僕だって能力者だよ!覚悟は決めている。」

「………。」


「お嬢様。」

「………。」

「先程のご無礼、お許しください。ですが、烈生が女の子であれば、お嬢様のお考えでもわたくしめも反対はしませぬ。ですが、烈生は男の子。男子たるもの、覚悟なき者は敗者であります。」

「平成になって何年経っていると思っているのよ。」

「いいえ、時代は関係ございません。」

僕は二人の会話に割って入る。

「お姉ちゃんだって、年齢や容姿は関係ないっていつも言ってるでしょ?」


その言葉にお姉ちゃんは、目を閉じ深く溜息を付いたよ。

「ハァァァァァァァ…。まったく、男ってバカばっかり。」

そして再び横になった。

「谷垣!」

「ハッ!」

「あなたは責任を持って烈生を教育しなさい!手を抜いたら、いくらあなたでも許さないから!」

「ハッ!!御意に!!!」

「それから烈生!」

「はい!」

「あなたはこれから戦場に出ることになるわ。」

「………。」

「一瞬の迷い、一回の判断ミスが死を招く世界よ。」

「分かってる。」

「分かってないわ。だから谷垣に全部教えてもらうこと。そして…。」


お姉ちゃんは優しい表情を見せてくれた。

「例え片腕が吹っ飛んでも、それでも生き残りなさい。生きていれば誰かを助けられる。死んでしまっては誰も助けられないから。」

僕の鼓動は大きくなっていた。

お姉ちゃんから、こんな残酷な言葉が出るとは思っていなかったから。

でも、これが能力者同士の戦いなんだ。

そして、誰かを守るってことは、自分も生きてなければいけないんだ。

「しっかり学ぶこと。どんな窮地にも判断に迷わないぐらいにね。」

「はい!」

「それと、明日から他のメンバーと一緒に訓練もすること。そこで、どうやって自分の能力を活かせるか、皆で考える事。誰かに任せっきりじゃ駄目だからね。あなたの失敗から全員が死ぬこともありえるわ。だから自分で考えなさい。今日、今から、あなたは仲間の命を背負うの。その意味を、よく考えなさい。」


ゴクリ…。

思わず生唾を飲んだ。

僕だけの問題じゃない。

仲間の命もかかっているという、大きな責任。

こんなプレッシャーは初めてだった。


「はい!精進いたします!」


お姉ちゃんは直ぐにスマホを取り出し誰かを呼んだ。

直ぐに護さんがやってきた。

簡素に僕も一緒に訓練することを告げた。彼はその意味を直ぐに理解した。

「おい、烈生。」

「はい!」

「中途半端な覚悟なら、今直ぐ撤回しろ。」

「しません!」


護さんはズカズカと近寄り、胸倉を掴んできた。

そして強引に引っ張ると、顔が近づいてきた。

護さんの真剣な表情が目の前にある。

「俺達の命を、お前に預けられるかどうかは、これからのお前の努力次第だ。もしも、お前じゃ駄目だと思ったら、直ぐに切り捨てる。分かったか!」

物凄い迫力だった。

お兄ちゃん達は、常にこんなプレッシャーとも闘っていたんだ。


僕を掴んでいる護さんの右手の手首を掴む。

そして、極小の爆弾を直ぐに作動させる。

ボンッ

グーで叩かれた程度の痛みのはずだけれど、護さんは咄嗟に防御壁で自分の腕を守っているようだった。

「僕だって、覚悟を決めたんだ!」

「ほぉ?おもしれぇ。ならその覚悟、見せてもらうか。付いてこい。」

そのままトレーニングルームで特訓することになった。


後から谷垣さんに聞いたよ。


僕を闘いに巻き込んでしまったお姉ちゃんが、一杯泣いてくれたこと。


だけどね。


絶対に生き延びてみせる。


皆との約束だから。


僕が守れる約束は、そのぐらいしかなかったから。


そして僕達は、想像を絶する闘いの中に飛び込んでいくのだった。

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