第2話『ドMなメイド』

私は芽愛メイトが言ったように息を止め続けている。

顔の前にある左手の指の隙間から、周囲を見渡す。

鼓動だけが聞こえる静かな空間。

緊張のせいか、既に息苦しさを感じるわ。想像以上に長くは持たないわね。


確かに雑音は聞こえなくなった。

今まで体験したことが無いほどの静寂。

外から聞こえるはずの車の走る音や、室内の時計の音、それら全てが無音。

そして「達磨さんが転んだ」みたいに動かなくなった芽愛めいと

だけど、これだけでは確実性がないわ。

私はお気に入りのポーズを解除し、専属メイドに近づく。


あぁ、なんて淫らな顔をしているのだろう。

目と口を半開きにし、頬を染め、これはもう逝ってしまっている。

どこへ?

私に言わせないで。

そんなの自分で考えなさい。


私は本当に時間が止まっているのか確認しなくてはならない。

メイドの顔を、思いっきりひっぱたいた。

クリーンヒットね。でも音がしないわ、メイドの癖に。


だけどこいつは痛がらない。自分の手も痛くない。

悦に浸ったままの顔が、引っ叩いた衝撃でかなり動いている。

なるほど、どうやら動かす事は可能なようね。


最後に気になって、極甘レモンティー生命の源の入ったティーカップを持ち上げる。

いつも通りの感覚、そしていつも通りの重量で持ち上がった。

だけど中の液体は動かない。ひっくり返しても零れなかった。

指をレモンティーの中に突っ込んでみる。


ゼリーに似た感触。

指を抜くと、指の形のままの空間が出来ていた。

ふむ。だいたい理解したわ。

苦しくなってきたし、取り敢えず一度解除しましょう。


ゆっくりと息を吐いた。

バッッッッシーーーーーン!!!

クリーンヒットした音が響く。

「ハァァァァン!!!」

気でも狂ったかのような声をメイドがあげた。

あぁ、時間が戻ってから痛さが出るのね。

自分の掌もジンジンしてきたわ。


ティーカップを見る。

元通りの液体に戻っているし、指は濡れていなかった。

ただし暖かさを、この時点で感じた。

「信じられないけど、あなたの言う通りのようね。褒めてあげる。」

「ありがとうございます!ご主人様!」


右頬を真っ赤にして悦ぶメイドを見ながら、私は笑いがこぼれた。

だってそうでしょ!この能力で何が出来るか、ちょっと想像しただけで理解出来てしまったから。

「私の能力は…、私の能力は世界一ぃぃぃぃ!」

「はい!ご主人様!」

「私の能力の名前は『孤独な皇帝ロンリー・エンペラー』よ!」

「素晴らしいです!」


能力を発動し、メイドの背後に回る。

そして例のポーズを取り、時を動かす。

「どっちを向いているの!」

下僕はクルッと声のする方へ向き直り、両手を両頬に当てて悦ぶ。


「これから私は世界の支配者となる!この心優エンペラーのポーズと共に!」

「格好良いです!」


ふぅ。キメるのも意外に大変ね。まぁ、いいわ。

「今日は気分が良いわ。あなたはただのメイドからメイドの芽愛めいとに昇格よ。」

「ハァァッァァン!ありがとうございます!」

私は時を止める。彼女に向かって歩き出し、鼻と鼻がくっつく寸前まで近寄る。

そして時を動かす。


!?


「一つ約束しなさい。」

芽愛の目を覗きこむ。

「はい…。」

私の突然の行動に戸惑いと、これから何が起きるのだろうという好奇心、そして欲望を満たしてもらえるという希望が入り混じった悦びの表情をする。

それを確認し能力を発動した。

私は彼女の頭をガッツリ抱きかかえ、時を動かした。


「このことは誰にも言わないこと。」

そう伝えた。芽愛は耳まで真っ赤にする。

うっとりしながら、私の胸の中で静かにゆっくりと小さく「はい…」と頷いた。


翌朝。

小鳥のさえずりがベランダから聞こえる。

隣では淫らな格好で、疲れきった芽愛が熟睡していた。

だらしないメイドね。私より先に起きるという基本中の基本を、後でとことん身体に叩き込んでおかなくっちゃ。


シャワーを浴び、ラフな格好で朝食を待つ。そろそろ本物の召使が来る。

今のうちに芽愛を起こしておく。

彼女は状況を把握すると、慌てて身支度を始めた。

そんな姿を呆れながら見守り、シャワーから出てきた芽愛に向かって指示したわ。


「芽愛!あなたの為に服を準備したわ。着なさい。」

そして背後にあるメイド服に向かって指を差す。

彼女は頬を染めて「はい!ご主人様!」と叫んだ。

仕方ないから、今日一日遊んであげる。

その身にたっぷりと教えてあげるわ。

誰がご主人様か。


こうして私は孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの能力に目覚めた。

この能力は、本当に便利だわ。

何でもやりたい放題ですもの。

だけど万引きだの、無銭飲食だのつまらない悪戯なんかには使わない。

私は上級市民だからね。

生憎、お金はあるの。むしろ使ってあげるわ、崇拝しなさい。

だから下民共と同じ考え方なんかするわけないでしょ。


それに、私は驕ったりしない。

芽愛と一緒に孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの可能性について調べたわ。

まずは自分を知ること。基本ね。

そして色々とわかったことがある。

整理も兼ねて箇条書きにしてあげるわ。

優しいところもあるでしょ。感謝しなさい。


孤独な皇帝ロンリー・エンペラーは息を止めている時しか発動しない。

・息を吐いた瞬間解除される。

・止まった時間の中では、いつも通り物に触ったり動かしたりすることが出来る。

・物理的な力を加えた場合、解除した途端にその力が加えられる。

・能力を発動する時に触れられている人は、一緒に孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの中に入れる。

・中に入った人は、普通に呼吸が出来て行動出来る。


今のところ分かった事は、ざっとこんなもんね。

よく頭に叩き込んで起きなさい。

試験になんかに出るわけ無いでしょ!


そして次に興味を持ったのは、私達の近くに能力者がいるかどうかね。

芽愛の話だと、以前に見たことがあると言っている。

これは非常に重要な問題よ。


何故かって?

当たり前じゃない。能力者そいつが私達の味方だとは限らないでしょ。

敵対するなら、異能バトルが始まってしまうわ。

そうなると面倒ね。

なので、発見次第相手の能力を調べ、警戒し、対策する。

悪いけど、頭はいいの。普通に進学クラスに入れちゃうぐらい。

海外の有名大学だって余裕で狙えるわ。

というか飛び級でお誘いがあるくらいね。


その知識を持って相手を分析する。

そのことに問題はないのだけれど、痛い思いをするのは嫌。

逆なら喜んでしてあげるわ。

だから圧倒的実力差で勝ちたいの。


つまり、普段から警戒しておいて、もしも発見したなら調査し対応する。

こちらが有利なのは明白な事実。

何せ、『能力者を見つける』能力を持った、芽愛がいるからね。

ちなみに彼女の能力、名前をつけてあげたわ。


見えない能力が視えるという意味合いで、『視えない能力』アビリティ・インビシブルと名付けたわ。

意味かおかしいと思った人は正常。語呂合わせが優先だからね。

どうしてかって?

第一に格好良いからよ。

それ意外にも理由はあるけれど、まぁ、その時が来たら教えてあげる。


だけど、彼女の能力については疑問を持っていた。

本当に、能力だけが分かる能力なのかってこと。

もっと他に可能性があるんじゃないかと疑った。

だって、あまりにも限定的過ぎる能力なのですもの。


時間が合うときはプライベートハウス調教部屋に呼んで、色々と試してみたわ。

私みたいな一流のお嬢様は忙しいからね。私の都合に合わせてもらう。

当たり前だわ。


ちなみにどんな用事があるかというと、例えばパパのSNSに載せる為に、家のトレーニングルームで汗をかいてみたりする。

二人で仲良く写った写真は、他人から見れば微笑ましいでしょうね。

休日は愛娘と時間を過ごす、なんてことをやっていると思うからね。


そんな訳ないじゃない。

どれもこれも事前に予定が決まっているの。当たり前でしょ、お互い忙しいんだから。

こういう海外ウケのいいのは特に最近多いわね。面倒ったらありゃしない。

まぁ、でも、仕方ないわね。パパは嫌いじゃないの、協力してあげているわ。


でもね、この写真を撮る時に思ったの。

息を止めていられる間だけ孤独な皇帝ロンリー・エンペラーが発動しているなら、肺活量を鍛えれば使える時間が増えるってね。

さすが私。私が私を褒めてあげたいわ。


なので、体型維持という理由で、専属のトレーナーをつけてもらったの。

ついでにボクシングのトレーナーもね。

今後どんな相手が現れるかわからない。逆に現れないかもしれないけど、まぁ、飽きるまでやってあげるわ。

雇用促進にも一役買ってるし、一石三鳥ぐらいになるでしょ、知らないけど。

どう?これが金持ちのやり方よ。


話がそれたわ。私は案外話し好きなのかも知れないわね。

芽愛の能力を探る前に、どうやって私の能力が視えたのか聞いてみた。

こうやって事前に情報収集することは、何事においても重要よ。覚えておきなさい。

闇雲に行動してもダメなのよ。


「えっと、ぼんやり分かります。頭の中で声が聞こえるというか、文字が浮かんでくるとか、そんな感じです。」

「あらそう。それは日常的に視えるのかしら?」

「いえ、意識を集中しないといけません。視るぞ視るぞって感じで。」

あら、じゃぁ、答えは出たじゃない。

「ふーん、じゃぁ、自分を鏡で視ればいいんじゃないの?」

「ハッ!!」

「ハッ、じゃないわよ。馬鹿じゃないの?」

「すみません…、ご主人様…。」

まったく。これだから下民には困るわ。

まぁ、自分の事はよく見えないとは言うからね。今回は許してあげる。


早速部屋の中の全身鏡で見てみることにする。

自分とにらめっこする芽愛。何だか滑稽ね。

「あぁ…、分かりました…。本当はこっちが本命だったかも知れません。」

「で?」

「透視が出来ます。でも、薄い物限定ですね…。深いところまでは無理そうです。」

「ふーん。発動条件とかないの?」

「えーとですね…、手でこう筒を作って、そこを覗くと視えるようです。」

「あ、そう。じゃぁ、さっそく試してみなさいよ。」


そう言うと芽愛は、手で筒を作って右目に当てて覗き込んでいた。

「あぁ…、色々視えます…。絵画の裏側の壁、カーテンの裏側の窓、インテリア照明の内部…。あっ………。」

そしてこいつは信じられない行動に出た。私を見やがった。

「芽愛!メイドの分際でご主人様を見るんじゃぁない!!」


「ハァァァァン!!!」

奇声を上げて倒れた。

「ハァ…、ハァ…、ご主人様…、今日のは特に刺激が強すぎます…。」

どうやら私の下着まで見えたようね。

濃い紫のTバック、極小の布の部分はレースよ。勿論ブラもセットね。レースの刺繍が厭らしいわ。

辛うじて包んではいるけど、ほとんど隠せてないからね。最近の私のお気に入りよ。


そう言えば、パパと写真撮った時もコレを着けていたわ。

超大手の財閥社長の愛娘が、中学生の分際でこんな際どい下着付けてパパとニッコリ笑って写真に写っているとは、世界中の豚共も気付かないでしょうね。


まぁ、いいわ。だいたい分かった。

これはこれで便利ね。

どうしてかって?相手の隠し持っている武器が分かるじゃない。


そんなこともあって、芽愛は増々便利なメイドになったわ。

今まで取り巻きは持ったことがないのだけれど、仕方ないから連れ回している。

それにね、このメイドは出来がいいの。


私のあらゆる攻めに耐えられる、唯一のメイドだからね。

最近私に付き添っている芽愛を見て、おこぼれに預かろうとするように寄ってきた下民共がいたけど、少し攻めたら泣いて帰っていったわ。

だらしないわね。


そんなことをして、私の本性をバラされないか心配じゃないかって?

私を誰だと思っているの?

世界をリードする、時時雨財閥の社長令嬢よ!

噂話を立てるなら、命がけでしなさい。




そして中学二年の夏休み前。

ついに見つけたわ。




私達以外の能力者を。


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