第3話『冴えない男子高校生の災難』

学校帰り。

近くに送迎用の車を待たせて、下民共が通う大型ショッピングセンターにやってきたわ。

まぁ、ここはうちの財閥が経営するところなんだけどね。

名前は『Incarnation of evilインカーネイション オブ イビル』。どう、格好良いでしょ?


下民共は「インカネ」だとか、頭文字から「イオイ」だとか、単純に「イビル」だとか可愛らしく愛称で呼んでくれているけど、直訳すると『悪の権化』だからね。

私の命名よ。どう?最高に格好良いでしょ?

営業前からパパや関係者に着いてきて、運営や管理なんかも間近に見てきた庭みたいなところよ。元々経営には興味もあったしね。


そんなショッピングセンターにやってきた理由って言うのが、芽愛がどうしても私のと同じような際どい下着が欲しいって言うから、仕方がないから選んであげるの。

最初は断ったわ。だって面倒臭いもの。

私はいつも専属の呉服屋かネットで買うし。


だからネットで買いなさいって言ったら、実際に見てから買いたいって言うの。

まったく、我儘わがままなメイドね。

ネットだと、サイズが合わなかったりしたら勿体無いんだって。

捨てればいいじゃない。お金を使わない方が勿体無いわ。


「ご主人様…。」

突然芽愛が耳元でささやく。小声?何を今更恥ずかしがっているの?

そう思った矢先、彼女はとんでもないことを伝えてきた。

「あの男子高校生、能力者です…。」

そう言って小さく指差した先には、冴えない男子高校生おとこがいた。


顔は、まぁ、ギリイケメンレベル。草食系ね。

髪は短髪で、少し茶色い。不良かしら?

半袖から伸びる腕は、そこそこ筋肉質。

鍛えているっぽいわね。そうだとするとちょっと厄介ね。


しかし冴えない。イマイチって言葉がピッタリ。

あぁー、これは間違いなく彼女いない歴=年齢ってパターンよ。

だいたい靴が汚いわよ、靴が。

ボロボロで酷く擦り切れてるじゃない。

身だしなみは足元からって知らないのかしら?

これだから下民共は嫌いよ。


あ、そうだ。

「芽愛。あいつ、能力に目覚めているかどうかは分かる?」

彼女は男子高校生を睨んだ。キーボード打つのがが面倒くさいから下民君と呼ぶわ。

「すみません。そこまでは…。」

「で?」

「はい?」

「能力よ!能力!」


「アヒィィィィ。すみません!」

「早く。」

「瞬間移動のようです。」

「テ、テレポート?」

「はい…、ご主人様…。これはやっかいですね。」


これまたいきなり凄いのがきたわね。

異能物といえば、定番中の定番。しかも重要なポジションを任されるタイプよね。

勿論それには意味があるわ。

瞬間移動なんて超便利だもの。


まぁ、今更瞬間移動テレポーターの優位性なんて語る必要はないわね。

普通に戦ったら、どんな攻撃だって避けられちゃう。

そして、一瞬のうちに背後に回られ簡単に攻撃出来る。

これだけで無敵モード入ってる。そう、ずっと俺のターン。


だけど相手が悪かったわね。

絶望的な相性の悪さよ。

私の孤独な皇帝ロンリー・エンペラーの前にはね。

むしろ私が強すぎね。


「全然やっかいじゃないわ。秒殺よ、秒殺。」

「さすがご主人様です!」

この子は私の心配しないで、自分が襲われた時のこととか考えないのかしら?

まぁ、いいわ。

大切な従順メイドだから、少しは守ってあげる。


「問題は、テレポート出来るのが自分だけなのか、他の物体も出来るかってことね。」

「あぁ…、そうですね!」

「関心していないで、さっさと調べなさいよ。」

「あっ、すみません、ご主人様。」


そう言って暫く睨んでいた。

「すみません…。確証はもてませんが、多分…、自分だけだと思います。」

「その答えだけで十分よ。」

「ありがとうございます!」

「後でたっぷり可愛がってあげるわ。」

「ハァァァァン!!!」

その声をここで出すな…。まったく。


とりあえず、あいつは暫くマークね。

そうね、専属の探偵に頼んで調べさせるのがいいわね。

そう考えていた矢先、なんとあいつがこっちを見ていた。


「ご…、ご主人様…。」

狼狽うろたえるんじゃぁないよ。」

「はい…。」

下民君は足を止め、こちらを注視している。

そして私達に向かって歩いてきた。


「おい、おまえら。なに俺のこと見てんだよ?あぁ?」

か弱い女子中学生JCだからって、随分威勢がいいわね。

むしろ、JC相手だからかもね。


でも私はまったく怯む必要はない。

何故なら、既に近くにいる警備員が私の素性を知った上でチラチラと注目しているから。

一声上げれば、問答無用で警察に御用ブタ箱行きね。


「あなたこそ、私達に絡む必要なんてないでしょ。それとも、何か後ろめたいことでもあるのかしら?」

予想と反した回答だったのか、下民君は少し驚いた表情を見せたわ。

だけど、直ぐに怒りの表情を見せる。

脅迫めいた言葉に、まったく動じてないからね。そりゃぁ、頭にくるでしょ。

誰だって自分の思い通りにならなければイラッとくるわ。


すると彼は突然姿を消す。

!!

私は急ぎロンリー・エンペラーを発動させた。

振り返ると、下民君が背後に移動している。驚かすつもりだたようね。

まったく、こんな人目につく場所かつ安易に能力を使う大馬鹿者のくせに、勝ち誇った表情が最高に間抜けだわ。

芽愛が大丈夫そうなことを確認すると、私は彼の背後に移動し能力を解除する。


!?


彼は突如消えた私の姿を探してキョロキョロする。無様ぶざまね。

「誰を探しているのかしら?」

背後からの声に、彼は目を見開きながら振り返る。

「おまえ…。」


これで確定ね。彼は能力に目覚め、日常的に使っている。

だけど他の能力者には出会っていない。だから驚いた。

以上のことから、こいつが他の能力者を呼ぶ事はなさそうね。


「へー。初めて会ったぜ。面白れぇ。」

彼は能力を隠すことはしなかったし、自らソロ活動していると暴露する。

それに私のことを警戒する気配すらない。

バカ丸出しね。


そうね。私は何も攻撃していないから油断するのも当然ね。

そりゃぁ、瞬間移動なんて能力を持っているなら強気に出るのも理解出来るわ。

私も結果的に瞬間移動をしたのだけれど、同じ土俵なら物理的攻撃力の高い自分が有利だと思っている。その気持はわかるわ。

だけど相手が悪かったわね。

その余裕が恐怖に変わるにはまだ早いわよ。

たっぷりと私の強さを見せつけないと。


下民君の目つきが鋭くなり攻撃の意志が高まる。

鋭い視線を受け止める。

私に能力ちからが無かったなら怖かったでしょうね。

だけど今は違う。

それに、私は人間の持つ深い業や闇を知っている。

残念ながら、そっちの方がよっぽど怖いわ。


「どうやらあなたは異能バトルをしたいようだけど、この人気ひとけの多いところでするつもりかしら?」

私の言葉に彼は少し冷静になったのか、周囲を見渡し納得する。

視界に映っているだけでも50人程度の人がいる。

それに、私の事をチラチラと注目していた警備員が、いよいよ本格的に警戒している様子は、この下民君にも分かるでしょ。

それに、こんな所で大々的に能力を発揮したならば混乱が起きて大騒ぎになる。

そっちの方がやっかいだと馬鹿でも理解出来るでしょ。


「私は逃げるつもりはないわ。圧倒的大差で勝ってあげる。」

「なにぃぃぃぃぃぃぃ!」

大声こそ出さなかったけど、悔しそうな声を絞り出したわ。

彼のプライドを傷付けるには十分な言葉ね。

今のうちに自分の強さを徹底的に過信するといいわ。

そして簡単に打ちのめされるの。

しかも年下の可愛い女の子に。


そして思うわ。

あぁ、上には上がいる、と。

心配しなくていいわ。私が飼ってあげるから。

下民君こいつの能力は色んな場面で使えるからね。

ま、彼にその気があればだけど。

その気が無ければ、二度と会うことはないわ。

地球のどこかで頑張って生きなさい。


何か言いたげな下民君をよそに、近くの警備員に話しかける。

「私が誰だか分かってるわね?」

そう切り出す。初老の男警備員は小さく頷いた。

「無線でそこの階段の先の屋上の扉の電気錠を、一回だけ解除して頂戴。」

「承知いたしました。」

彼は無線で私の言った言葉を中央監視室に伝える。もちろんご令嬢からの指令だと言って。

無線の返答は「了解」と短いものだった。


「仕事中申し訳ないのだけれど、ここの階段を他の誰も通さないように見張っていて頂戴。」

「かしこまりました。」

彼は物腰も柔らかく丁寧に対応してくれる。合格点をあげるわ。

阿波踊りしちゃうぐらい喜びなさい。


「ついてきて。」

「おまえ、何者だよ…。」

私の行動を不審がる下民君。まぁ、当然ね。まるでこのデパートのオーナーの様な振る舞いだからね。あんまり間違ってないけれど。

「個人情報を教えるわけないでしょ。さっさと着いてきなさい。」

「ケッ…。」


不貞腐れながらおとなしく着いてくる下民君。

隣に並んで歩いている芽愛は不安そうな表情を見せた。

「心配は無用よ。」

「しかしご主人様…。」

「あなたは余計な事を考える必要はないの。私の言うことを絶対的に信頼しなさい。」

「分かりました!ご主人様!」


私達の会話を聞いて、下民君は「キモッ…。」とだけ答えた。

主従関係に対してキモいと思ったようね。

果たしてそうかしら?

上辺だけの作り笑いしあっている関係の方が、よっぽどキモいわ。そう思わないかしら?


例えば親友と呼び会える二人がいたとする。

それぞれ個別に、相手と縁を切ったら1億円あげると約束したとしましょう。

もちろんお互いそんな約束があることは知らない。


なんなら、二人の部屋の中央に、鍵付きガラスケースに1億円入れて、解除キーは約束を果たしたら渡しますなんてシチュエーションもいいわね。

毎日1億円を見ながら何を考えるのかな?

どう?絶対に裏切らないと断言出来るかしら?


そんなあやふやな関係なら、私は主従関係の方が楽でいいわ。

損得で関係が保てるなら、私には絶対的に有利だもの。何もしないで得をチラつかせる事が出来ているからね。

それは本当の友情を知らないボッチの考え方ですって?

金で何でも買える私と同じ立場になってから、もう一度よーく考えてみなさい。


屋上への扉の前には立入禁止の看板があった。

そんなのを無視してノブに手をかけひねると、予定通り電気錠セキュリティが解除されていて、簡単に扉を開けることが出来た。

早速屋上へと移動する。


さて…。

監視カメラは屋内にあるだけで屋上にはないことは知っている。

きっと彼は広さも十分だし、思う存分暴れられると思うでしょうね。

だけれど、逆にそれはこっちの思う壺だと気付く頃には、勝負はついているわね。


「さぁ、おっぱじめようぜ。」

下民君はそう言いながら周囲を見渡しニヤニヤする。

私が睨んだ通り、自分にとって都合の良い広さだと認識したみたい。

バカね。

都合が良い広さなのよ。


「芽愛、離れていなさい。」

そう言って少しずつ離れながら、さり気なく一緒に距離を取る。そう、これが重要。

何故かって?

直ぐに答えを知りたがる癖は良くないわ。

少しは自分で想像しなさい。

私は彼の能力の正体について、大凡おおよその推理を済ませているからよ。


それを確かめる為の距離であり、そう、瞬間移動テレポート孤独の皇帝ロンリー・エンペラーのタイミングを合わせる為の距離。

「行くぜ!後で泣いて謝ってもゆるさねーからな!」

ガキ臭い捨てセリフが終わった瞬間、私は右手を顔の前で広げた。

彼は一瞬戸惑ったけど、これがタイミングを図る絶好の瞬間となった。


………。

彼は気付かないうちに私の能力に取り込まれている。

飛んでいた鳥、風に舞っていたはずの紙くず、それら全てが止まった空間。

静かすぎて耳が痛くなる。


やっぱりね。私の推論は正しかった。

彼は瞬間移動しているのではなく、とんでもなく速く走っていただけ。

最初に見た時の感想、あれがヒントになったわ。

そう、靴がボロボロだったこと。

いくらなんでもボロ過ぎとも思ったのよね。


これで完全に勝負ついたわ。

下民君は自分で自分を苦しめるの。

何故ならば、この空間では解除後に物理法則が働く。

そして彼に働いているとんでもない、それこそ人智を超えた速度に対して私がボディーブローを入れる。

すると、どうなるかしら?


自ら勢いをつけた、それも通常ありえない速度に対してね。

それこそ誰もが考えられない、物理法則では測れないほどの反動が彼に返るわ。

だから私は、彼が間違って死んでしまわないように、軽くタッチする程度のパンチを入れる。


本来なら思いっきりいれてやりたいところだけど、グロいのは勘弁していただくわ。

それに犯罪者になるつもりはないの。

ポンッ

下民君の腹部を、文字通りタッチする程度の力で触れる。


あら?意外と腹筋も鍛えられているのね。

ポンッポンッポンッ

なかなかの硬さだわ。

おっと、触りすぎたわね。これ以上やると危ないわ。


これでどれだけのダメージが与えられるか結果を確認する。

そうね。こうした観察と考察が、今後の戦いの基礎にもなっていくわ。

私は完璧が好きなの。

非の打ち所がない勝ちを目指したいの。

その為には、自惚れないで常に精進を心がける。当たり前のことね。


彼の能力テレポートが自分だけかどうかを確認したのもこの為。

直線的に移動しているだけという、見た目は瞬間移動の能力。

大したことはなかったわね。

他の物質もテレポート出来るなら強敵だったわ。

ここまでわかれば、戦いの注意点は孤独の皇帝ロンリー・エンペラーのタイミングだけよ。


そして能力を解除した。

「ぐはぁぁぁぁぁぁあああああ!!!!」

汚物を撒き散らしながら、まるでアニメのワンシーンのように吹っ飛んでいく下民君。

あら、ちゃんと生きていたわね。

鮮血じゃなくて汚物で済んで良かったわ。


彼は壁に激突し、身体を細かく痙攣させながら苦しそうにしていた。

「どう?降参?私の軍門に降りなさい。」

「中坊なんかに…、負けてたまるかよ…。」

そのプライドが無意味なことだって理解出来ないのね。


震えながら立ち上がる下民君。

なかなか根性あるじゃない。少しだけ見なおしたわ。

どのぐらいかって?

そうね、蛇が木に登れるぐらいには見なおしたわ。

だってそうでしょう。手足がないのに木登りが出来るなんて、凄いじゃない。

まぁ、その程度の感想よ。


「見せてもらうわ。あなたの覚悟。」

「どうやったかはわからねーが、その余裕もここまでだ。」

何か策があるようね。

では、その無駄な努力を終わらせましょうか。

私の圧倒的勝利で!

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