六道転生

水無月夜行

第一章「始まりの世界」

第1話 記憶

 序幕



 この世には六つの世界が存在する。

《天道》《人間道》《修羅道》《畜生道》《餓鬼道》《地獄道》。

 これら六つの世界をまとめて《六道》と言う。

 また《天道》の事を天界。《人間道》の事を人界。そして《修羅道》《畜生道》《餓鬼道》《地獄道》の四つを魔界と言う。


 これらは三つの世界に分けられる。

 一つ、天界。そこは神族と天族が支配する世界。争いはなく、全ての人が助け合い生きている理想郷そのもの。

 一つ、人界。そこは人間が支配する世界。他の世界から干渉を許されない独自の世界。

 一つ、魔界。そこは魔族と妖族が支配する世界。魔界では力が全て。弱い者は殺されても何も文句は言えない。


 そして世界は廻る。

 全ての命は生まれ変わり、死に変わり、また生まれ変わる。

 この六つの世界、《六道》をグルグルと無限に生死を繰り返す事を《輪廻転生》と言う。


 これはそんな六つの世界の物語。



 知っている。

 わかっている。

 はずなのに――。

 “何も覚えていない”。

 お互いの距離は一メートルほど。

 そんな近い距離でお互いを見ても何も思い出せない。

 ただ視線は釘付けで眼が離せなかった。

 なんだこいつは? なぜこんなにも気持ちが高鳴る?

 理由は不明。これは本能に近い感情なのかもしれない。

「よう、調子はどーよ?」

 男は気さくに話しかけた。こんな状況でなければその声のかけ方は正解だったろう。

「ぜ……絶好調?」

 思わずそんな言葉を返してしまった。冗談くさい言葉には冗談くさい言葉を返すのがいい。

あの頃と同じ様に。

 二人は言葉を交わすと、よりいっそうと魂をくすぐられた。

 ただ――懐かしい。

 そんな感情が押し寄せてきた。

 きっと“今の自分”ではないのだろう。それは遥か昔の記憶。

 あぁ、やっとか。そう思ったがそれもすぐに忘れた。

それは過去の記憶であって、今現在の自分たちには関係のない記憶だ。

 そんな前世の自分など断じて自分ではない。一個人として今、ここにいる。

 こんな男は覚えていない。

 こんな女は覚えていない。

 こんな奴は――知っている。どうしようもなくわかっている。

 わかっているのにわからない。

 こんなことがあっていいのだろうか。

この広大な魔界の地でまた巡り合うなどという事があるのだろうか。

 普通ならありえないだろう。

 ただ――。

 “あの時の”約束はこの瞬間に果たされた。

前世の記憶がなくてもそう感じた瞬間だった。




 第一幕



 


 そしてここは、そんな天界に存在する王族の一つ《六道家》の一室。

「よいですかお嬢様? もうすぐ魔界に行かれるのですから、少しでも魔界の事を知らなければなりません。それはお嬢様が生きていく中で必要な知識なのです。ですので、しっかりとお勉強をしてください」

 しっかりと、と言う言葉をことさら強く言って言い聞かす。そう説明したのは燕尾服を身に包む白髪の老人だった。

 彼の名前は無塔。この王族、《六道家》に仕える執事だ。無塔は貴族然とした立ち振る舞いで身長はスラリと高く、高齢であろうにもかかわらず背筋は棒の様にピンと伸びて、痩せこけた頬と鷹の様な鋭い目つきがいかにもスパルタの雰囲気を醸し出している。

「はぁ~い」

 なんとも気の抜けた返事をしたのは小さな少女だった。この《六道家》の娘で、名前を輪廻と言う。綺麗な金髪で、長さはちょうど肩にかかるぐらいだ。そして何より目を引くのが、その瞳の色だった。右目は真紅の赤、左目は金色の瞳で左右で色が違うのだ。

 天界では、そのほとんどが髪や瞳の色は金だ。稀に色素が濃く、茶色ぐらいまでならいるが、真紅の色は輪廻を除いて誰一人としていない。

「輪廻お嬢様。真面目にしなさい。よいですか? これから魔界の説明をしますよ」

 それに輪廻はまた気の抜けた返事を返した。

はぁ、めんどくさっ。と輪廻は内心で溜め息をはく。

「お嬢様。面倒くさがってはいけません」

 心の中で思っただけなのになんでわかるの? まさか心が読めるとかっ? などと焦るが普通に考えてそれはありえないだろう。

「いえ。心は読めませんが顔に書いてあります」

しっかり会話してるじゃん、と反論したいが、無駄な抵抗だと悟ってそれをやめて思わず自分の顔を手で触った。

「……嘘つき」

 何だか本当に心が読まれている気がするが、そんな事はありえないありえないと自分に言い聞かせる。

 無塔は再び喋りだした。

「国王様は、もうすぐ魔界に行くとおっしゃっておりました。それは坊ちゃんの成人の為、王家を継ぐにあたって世界を知る必要があるからです。それにはお嬢様も魔界に行かなければなりません。最低限な知識を知らなければ……危のぅございます」

 最後の言葉はワザとひと呼吸おいて言った。それによって輪廻に真面目に話を聞かせる為だ。しかしそれは冗談でもなんでもない。それほど魔界という場所は何が起きても不思議ではないのだ。

「じぃや。あまり輪廻を怖がらせるな」

そう声が聞こえて輪廻が扉の方に視線を送ると、そこには壁に背中を預けながらキセルをふかす一人の男が立っていた。

「坊ちゃん」

「お兄様」

 そう言われ男は壁から背を離し、二人の近くに歩いて行く。

「坊ちゃんはよせ。僕はもう成人するんだぞ? あぁ可愛い妹よ。ちゃんと勉強はしているかな?」

 輪廻の兄、紫苑は金髪を短く刈り込み、その髪をハリネズミの様に逆立てている。少し獰猛な感じがするが紫苑は兄が妹に向ける優しい笑顔を見せ、その右手をポンと頭の上に乗せた。

「うん」

 輪廻はそれに満面の笑みで返事を返す。

「坊ちゃん……いえ、紫苑様。またその様な物を」

 無塔は嫌そうな顔をした。

「別にいいだろ? それにこれだって《六道家》の家宝だ」

 言って紫苑はキセルをクルクルまわした。そのキセルは金属部分は金色で木の部分は赤く、二十センチほどある美しいキセルだ。

「まったく……キセルはほどほどにしてください。ところで魔界に行く準備は整いましたのですかな?」

「あぁ。準備は出来ている。後は神殿から護衛が来ればいつでも行ける」

 神殿にいる天使の仕事は主に世界の秩序と安定。そして王族の要望に応えること。今回は護衛だ。

「残念でございますが、こちらはまだでございます」

 無塔は言いながらチラリと輪廻を見た。

「頑張って勉強してくれよ輪廻」

「うん」

 輪廻は元気よく応える。

「では続きにまいります」

 再び無塔が話し出す。紫苑も輪廻の隣でそれを聞く。

「魔界において一番注意すべきものはただ一つ。お嬢様、わかりますか?」

 その問いに輪廻は腕を組み「う~ん」と唸る。そして何かを思いついたかの様に顔がパッと明るくなった。

「一人で行動しない」

 その答えに無塔は目を瞑り頷く。え? 違うの? と言葉を出さずに顔で表す。

「確かにそれも注意すべきことですな。しかし答えはもっと単純なものなのです。それは魔界三大御伽噺の一つにもなっている【銀魔邪炎】の男です」

「ぎんま、じゃえん?」

「そうです。魔界でもっとも野蛮で恐れられている人物です。簡単に言えば【銀魔邪炎】は通り名ですな。魔界には二つ名を持っている者が多い」

 それに紫苑が口を挟む。

「しかしじぃや。それはあくまで御伽噺だろ? 存在しない者の事など……」

 無塔は紫苑が話し終える前に被せる様に言葉をつなげる。

「存在します。【銀魔邪炎】は一般的には御伽噺であって存在しないとされていますが、十中八九存在するでしょう。それはなぜかと言いますと、この《六道家》が存在しているからです」

 二人は話が見えないとばかりに首をかしげている。

「まずは紫苑様、【銀魔邪炎】の伝承を言えますかな?」

 紫苑は頷き喋りだした。

「伝承。その髪は銀髪で獣の耳と尻尾を持ち、独自の気と黒い炎を自在に操るとされる。しかし矛盾があり、誰も姿を見たことがないと言われている。それは出会った者は命を奪われ、通った後には何も残らないからだ。そしてその前では全ての理は意味をなさない」

 紫苑が言い終わると、無塔は手をパチパチと叩いた。

「正解でございます。そしてそれと同じぐらいの御伽噺があるのはご存知ですね?」

「当然よ」

 そう答えたのは輪廻だった。

「ではお嬢様、説明を」

 そう言われ輪廻は話しだす。

「魔界三大御伽噺の一つ【ナイトメア】。白く光輝く洸気という気と妖刀紅桜を操り、魔界を支配していたという。その気は全てを浄化し、妖刀紅桜は一振りで無数の桜の花びらの如く斬撃を飛ばし、全てを紅に染めたと言われている。その【ナイトメア】が創ったのが、この天界と王族の一つ、私たち《六道家》だと言われている。どう?」

 輪廻は自信気に手を胸に当てて鼻を鳴らした。

「エクセレントでございます、お嬢様。つまりはお嬢様方 《六道家》が存在していると言う事は【ナイトメア】様も存在していたと言う事になります。そして同じく三大御伽噺と言われている【銀魔邪炎】も存在するのです」

 それに紫苑が再び口を開く。

「しかし、【ナイトメア】が《六道家》を創ったと言う話は有名だが、信憑性は全くないと言われているのも事実だろう?」

「はい。そうですね。しかし決定的な証拠がございます。それは今現在、貴方様たちの父上が持っていらっしゃる、代々受け継がれてきた妖刀紅桜です。その刀は実在しております。それはイコール、【ナイトメア】様も実在した……と言う事なのです」

 それを聞いた二人は「ふ~ん~」と声を漏らしながらも納得できていない感じだ。

「それが《六道家》が天界から嫌われる理由でもあるのですがね」

「どう言うこと?」

 輪廻が眉にシワを寄せて聞き返した。

「【ナイトメア】様は魔界の住人だったはず。その魔界の住人が創ったとされる《六道家》。つまりは他の皆さまはこう考える訳でございます」

 無塔は一度言葉を切り、そして続ける。

「あいつらは《六道家》は――魔界の血を受け継いでいるのではないか……と」

「そんなことっ」

 輪廻は即座に反論した。

「たしかに《六道家》は【ナイトメア】様の子孫であるという言い伝えもあります。天界を創り《六道家》を創った。世界を創るなど、それこそ神にでも出来るか分かりません。しかしそれは本当の事なのだと思います。そして、その血を受け継いでいると言う事が、本当なのだとしたら、貴方たちは魔界の血が流れている。かと言って天界で肩身を狭くする必要はございません。胸をはりなさい。神にも等しい素晴らしい存在の血を受け継いでいるのですから」

 二人は何も言えずに黙ってしまった。

 この話は御伽噺として、天界でも魔界でもかなり有名な話だ。しかしその魔界三大御伽噺の【銀魔邪炎】と【ナイトメア】は存在が確認されていないあやふやな話なのは間違いない。

 唯一この御伽噺の中で存在が確認されているのが【生命の樹】だ。

 それは魔界に生息する巨大な一本の樹。古くから存在し、そして誰も近づく者はいない。今回 《六道家》が魔界に行くのは、その【生命の樹】を前に紫苑の成人の儀式をする為である。

「とにかく魔界で注意すべき事は【銀魔邪炎】の男です。妖族か魔族かも分かってませんが、伝承を聞く限り妖族だと思いますが……必ず存在します。もしかしたら成人の儀式を見に来るかもしれませんね」

 それを聞いた兄妹は身体をビクリとすくませた。

「今日はこれぐらいにしましょう」

 そう言い三人はその部屋を後にしたのだった。


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