第10話 四人の天使

 離脱を命じられたタルシシュは神殿へと戻った。

「……ぅっえぇ」

 嗚咽が抑えきれない。今まで一緒に切磋琢磨をしていくつもの死線を乗り越えてきた大事な友をなくした。今まで知った顔の天使が何人も死んできたが、それと何が違うと言われれば、違いなど答えられない。それでもこの感覚は最悪だ。

 それに比べて総隊長であるリリスは毅然としていた。自分の部下が殺されても、感情に流されることなく、黙々と原因を調査している。

「私は総隊長のようにはなれそうもないな……」

 器が違うと単純にそう思った。何が起きても動じない不屈の精神が必要なのだ。仲間が死んだぐらいで取り乱しては、強くはなれないということなのだろうが、大切な者の死を嘆くことが出来ないのなら、それはどうかしているとも思う。そんな冷たいものになりたくはないとも思う。どちらが正しいのかは皆目見当もつかないが現状では自分には無理だった。

 ならどうする?

「私にできることをできる範囲内でやるしかない。必ず仇をとる」

 そう決意するのに時間はかからなかった。あとはリリスが情報を持って帰るのを待って指示を待つしかない。何がなんでも見つけ出して仇をとる。強く決意をした瞬間だった。



 それからほどなくしてリリスが天界へ戻ってきた。

 これは天界の歴史上、類を見ない忌々しき事態である。長い天界の歴史上で王族がかけたことなど一度もないのだ。

 《六道家》滅亡の日。

 天界大戦争と並ぶ大きな事件となった。

 リリスはことの報告をする為にある部屋へと這入った。その部屋の名前は四大王衆天しだいおうしゅてん、通称、第一天。そこは広い区間に椅子が四つしかない。その後ろには白い薄いカーテン。リリスが誰もいない四つの椅子の前に膝を折って頭を垂れる。すると今まで誰も座っていなかった椅子に気配を感じた。

「中級天使三隊・第四階級・主天使ドミニオン総隊長リリス、報告を」

 そう切り出したのは向かって一番左の天使ガブリエルだった。

「はい。報告申し上げます。【生命の樹】に向かった全員が殺されていました」

 そう聞いても誰も眉一つ動かさなかった。

「しかし、一人だけ遺体が見つからなかった者がいます」

「見つからなかった、ですか。それは誰ですか?」

 そう聞いたのはガブリエルの隣に座っているラファエル。

「はい。それは《六道家》の令嬢である六道輪廻様。周辺も探しましたが、何も残っていませんでした」

「っつーことは、喰われたか攫われたか、ってことだな」

「ウリエル、《六道家》に向かってその言葉使いはやめろ」

 ガブリエルが一番右に座るウリエルに釘をさした。

「事実だろ。可能性の問題だ」

「恐れながら、他の《六道家》の方たちは遺体で発見されています。そして当主様らを殺したと思われる妖族が死体で発見されています」

「つまりどーゆーことだ?」

 ガブリエルが聞く。

「あそこには天界の者と、襲ったと思われる襲撃犯がいました。天界の者の殺され方は全員同じです。殺したのは死体で発見された妖族でしょう。手にべっとりと血がついていましたから。ここでおかしなことがあるのです。じゃあ誰がその妖族を殺したのかということです」

「それで?」

 ラファエルが聞く。

「おそらく仲間がいたはずです。仲間割れで殺された可能性もあります。しかしその場合、死体をあの場所で残すというのが、どれほどの危険があるかなど考えなくてもわかります。他の場所で殺せばいいのに、そこで殺している。つまり仲間が殺したという可能性は低いかと」

「で?」

 ウリエルが聞く。

「つまりあの場には第三者がいた可能性が出てきます。そしてその者こそ《六道家》のお嬢様を連れ去った犯人であると私は考えています」

 そこまでリリスの考えを聞いて、今まで黙っていた者が口を開いた。

「なるほどね~。状況はわかったよ総隊長リリス。でもさ、その犯人の目星はついてるの?」

 そう聞いたのは天使の頂点と言われる天使長ミカエルだった。

「あそこで起こった気の流れを部下に調べさせたところ、ありえないものが出てきました」

「ありえない? それは面白そうだね」

「あそこで発せられた気は、神気に妖気。そして不明な気が一つ」

「不明?」

「なんだよ不明って」

「そのままの意味です。神気でもなければ妖気でも魔気でもありません。当然……瘴気でもありませんでした。あの気に名前はないのかもしれませんね。それを扱う本人にしかわからないでしょう。その気は禍々しく異質で狂ったかのような気でした」

 それはつまり――。

「なんだい総隊長リリス。あそこに伝説が存在したとでも言いたげだね?」

「あくまで可能性の話です。が、そう考えた方が合点がいくのです」

「ふ~む。これはどうしたものかな。ガブリエル、どう思う?」

 ミカエルは自分の考えが信用できずにガブリエルに聞いた。

「たしかに昔から【銀魔邪炎】の報告は受けているが、それが本物だった試は一度もない」

「まぁ、たしかにね。ラファエル」

 次にラファエルが口を開く。

「そうですね。総隊長がそう言うのならそうなのかもしれませんよ。存在は確認されていませんが、確実にいるのは確かです」

「ウリエル」

「おいおい、お前ら正気で言ってんのかよ? まぁいいけどよ。仮に、そうだとして、俺らはどう動くんだよ」

「ふ~む。そうだねぇ。これが普通に天使の被害ならいつも通りに動くけどさ、今回はそうもいかないだろうね」

 《六道家》は天界の誇りだ。それを穢されて黙っている訳にはいかない。売られたケンカは買う。

「よし。じゃ役割を言うよみんな。まずは総隊長リリス」

「はっ」

「君は中級天使以下を使ってしらみつぶしに魔界を探索。普通は行かない場所も隊を組んで行くように。それと、魔界には天界の管轄がいくつかあるから、そこの強化をすること。そこを拠点として少しずつ広げていって探って」

「仰せのままに」

「他の三人は、ウリエルは第一階級・熾天使セラフィムに指示を。ガブリエルは第二階級・智天使ケルビムに。ラファエルは第三階級・座天使スローンに。わかってると思うけど、何かしらの手掛かりがあるまで魔界には行かせないようにね。それと魔界にいれる時間は四十八時間までとする。堕天でもされたらたまったもんじゃないし」

「へいへい」

 ウリエルは呆れ顔で頷いた。

「警戒はしておいて損はない。【銀魔邪炎】を今回の襲撃犯、《六道家》のお嬢さんを攫った重要危険人物とする。なるべく生かして捕まえて。あとそのお嬢さんが生きてたら保護も忘れずに。これは天界のメンツの問題にもかかわる。気を引き締めていくようにね」

「はい」

「へい」

「わかった」

「仰せのままに」

 それぞれの目的は決まった。リリスは部屋から出て行って扉は閉められた。

「おいミカエル」

「なにかな?」

 ウリエルが身内だけになったので確信を聞く。

「お前、本当に【銀魔邪炎】を捕まえる気か?」

「くどいぞウリエル」

「お前は黙ってろよガブリエル。正直な話、俺たち四人いても勝てるかわからんぞ」

「まぁ勝てないだろうね。その時は神様にでも頼もうか」

 ことさら明るく言った。しかしそれは冗談でもない。【銀魔邪炎】の力はわからないが、想像を遥かに超える存在だということはわかる。それはなぜなら【生命の樹】と同列だからだ。あれの存在は知っている。あれを相手にして生き残るのは難しいだろうとわかっているのだ。

「とりあえずはさ、存在するかを調べるのが先だよ。最近ここ数千年は大人しく目撃情報も聞かなかったし、あやふやになってたけどこれもいい機会だ。見つけだして駆逐する」

 それを聞いた三人は無言で席を立った。自分の役目は決まっている。ならそれをやるしかない。

「見つかるかなぁ【銀魔邪炎】」

 ミカエルは天井を見つめて呟いたのだった。

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