第11話 神気
あれから二年が経った。剣術、体術はそれなりに修得したと自負していた。まさか自分が、ここまで出来る様になるとは思ってもみなかったが、しかし気の方は依然さっぱりだった。
何が足りないんだろうと枝垂れ桜に背中を預けて、胡座をかきキセルをふかしながら考える。もはやキセルだけは一人前だ。今ではむせる事はなく、普通に楽しむ事が出来ている。
「ふぅ」
自分の口から白い煙を吐き出し、それを見つめる。煙は薄く広がり、やがて空気と同化していく。
気って煙に似てる。そんな事を煙を見つめながらぼんやりと考えていたら、その煙を引き裂き何かが飛んできた。輪廻はそれをキセルを持っていない方の手で受け止める。
「ん?」
自分が握っているものを見るとそれは杯だった。そこにそれを投げた人物が現れる。
「飲め」
夜見は酒の入った瓶を輪廻に向ける。もう片方の手には升が握られていた。
「ん……」
輪廻は断ることをせずに杯を夜見に差し出した。トクトクと良い音を立てて酒が注がれる。注ぎ終わると夜見は輪廻の隣に腰を下ろして、自分の持ってきた升に酒を注ぐ。そしてそれを一気に飲み干す。
「ああ染み渡る~」
「ジジくさっ」
思わずそんな事を言う輪廻に夜見は視線だけを向けて飲むように促す。輪廻はそれを感じ取り、杯に注がれた酒を見つめる。少し揺らせば波紋が出き、また静かになる。その酒の表面には自分の、金色の瞳が綺麗に映っていた。天界の住人である証の金色。しかしそれは本来二つあるでべきもの。輪廻には一つしかない。視点を変えて、もう一つの瞳を酒に移す。真紅の赤い瞳が綺麗に映し出されていた。
赤い。でもこれは自分だ。私なんだと、受け入れなければならない。
輪廻は自分の赤い瞳があまり好きではなかった。家族の中でも自分だけ違う。それは自分だけ別物の様に思えてしまうからだ。しかしそれを受け入れないといけないと、その時なぜか強く思った。自分の力を自分が操るために、自分が自分を受け入れないといけない。
そして輪廻は酒を一気に飲み干す。まるで自分を受け入れ、自分の中に取り込む様な感覚だった。
「ぷ……はっあああ」
夜見はそんな輪廻を横で静かに見守っていた。そして無言で次を注ぐ。
「おいしい」
注がれた酒をどんどんと飲み干す。そして「ふぅ」と、ひと呼吸おき、目を閉じて自分を見つめ直す。キセルをくわえるのは勿論わすれない。
足りない。力が足りない。力がほしいと切実に願った。夜見からは気合いが足らんと、いつも言われているが、気合いでどうにかなったら世の中はもっと簡単に生きていけると輪廻は思う。しかし世の中そんなに甘くはないのだ。それこそ一瞬で家族を失ったり。ここは魔界。力が全ての魔界。力がないと生きていけないし、復讐だって出来ないのだ。
「ねぇ私、才能ないのかな?」
輪廻は少しうつむき夜見に訊ねた。
「あぁないな」
「うぐッ……」
思わず顔を上げ夜見を睨んでいた。
「才能なんて関係ないんだ。努力次第ってやつだな」
あぁ、そいういう意味かと輪廻は怒りをおさめる。
「努力してるんだけどなぁ」
「知ってる。少しやり方を変えるか」
「どーするの?」
「俺の気にあてる。死にたくなければ自分の気で防ぐしかない。荒療治ってやつだ」
追い込んで追い込んで力を引き出す。もはやこれ以外は無理だと夜見は判断した。
「死にたくなければ気合い入れろ」
輪廻は頷いた。ここに来てから二年が経つが、輪廻は夜見が気を纏ったのを見たことがなかった。気は基本三種類しかない。妖族が操る妖気。魔族が操る魔気。神族が操る神気。しかし世の中、例外と言う言葉がある。
「いくぞ。集中しろ」
「うん」
心を落ち着かせてそれを受け入れる。そして夜見は気を纏う。それは禍々しく異質だった。
「……なに……それ?」
「これが俺の気。邪気だ」
「邪気……? 悪魔……じゃないんだよね?」
「違う」
夜見にしか扱えない気、邪気。力の弱い者なら近くにいるだけで命を落とすだろう、その気。
「徐々に強く解放していくぞ」
「うん」
びしびしと肌が蠢くのがわかった。身体が夜見の気にどうしようもなく拒否をしているのが手に取るようにわかった。それでもまだ大丈夫だ。
「……なんでお前平気なんだ?」
「……?」
輪廻は普通にしている。気にあてられることもなく普通にしている。輪廻は何を言っているのか理解できずに首をかしげていた。邪気にあてられれば力の弱い者はいとも簡単に命を落とす。それは気を纏っていても例外ではない。今の輪廻は気を纏ってない。にも関わらずに普通にしている。気絶していてもおかしくない状況なのに。
「仕方がない。この気と同調しろ」
気にあてるはずだったが、輪廻は影響をまったく受けていないので夜見は作戦を変更した。
いきなり同調と言っても理解できないかと夜見は思ったが直ぐにその言葉は無用な心配だったと自覚する。輪廻は目を閉じ静まり返った。生気すら感じられない。意識が気と同調していった。輪廻の内側でそれは少しずつではあるが大きくなっていく。黒く深く闇の中に現れた一条の光。それがどんどん強くなっていく。輪廻が目を開けた時、身体は神気によって包まれていたのだ。夜見と目が合った瞬間、夜見は微笑んでいた。
「やれば出来るじゃねーか。後はそれを持続させろ」
「うん」
戦う上で気を長く保てなければ話にならない。気を扱いながら戦おうとするとそれなりに疲れる。まして気を修得したてならなおさらだった。気がなくなるまで放出し、二・三日動けなくなり、回復したらまた放出する。それの繰り返し。限界を何度も迎えることによって、少しずつではあるが持続時間は伸びていった。
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