第9話 二人の訪問者

 翌日から訓練が始まった。剣術に体術。どれも温室育ちのお嬢様にはキツイものがある。しかし、泣き、叫び、骨が折れても輪廻は逃げなかった。着物はすぐにボロボロになって、その都度奈落が新しいものを用意した。怪我をする度に夜見が治し、またボコボコにされる。そんな事の繰り返しだった。

「今日は気の訓練をしよう。まぁ訓練と言っても、ただ集中しイメージするだけだが」

 気を操る事が出来れば力は数倍にも数十倍にも大きくなる。魔界にいる以上、気の修得は必須条件だ。

「ところで王族ってどんな気を操るんだ?」

「神気です」

 その答えに夜見は「だろうな」と言った。

「気は基本、三種類しかないからな。妖族が操る妖気。魔族が操る魔気。神族が操る神気。魔界の者以外は神気だろうな」

 それから輪廻は神気を修得すべく、また訓練に打ち込んだ。身体はボロボロ。復讐するという執念だけがこの身体を動かしていると輪廻は実感している。

そんな時、訪問者が訪れた。

「何やってんだ夜見? ってか誰?」

「まったく……タイミングの悪い奴らだな」

「せっかく来てやったのにその言い方はないよなー。なぁベル」

「ぎゃはははっ。あぁ全くだ」

「はぁ仕方がない。自己紹介といこうか?」

 夜見がそう言うと背の高い男が口を開いた。

「俺は青龍。妖族だ。あんたは? ってか中々の女だな」

 ふむふむと呟きながら舐めるように見渡す。顎に手をあてて、まるで芸術品を見るかのようにまじまじと見つめている。

 そんな視線を送られれば戸惑うのは当然のこと。しかもなんだか蛇に睨まれた蛙の気持ちがよくわかった。この場合は龍に睨まれた、だが。

「うぇ……あ……う……」

 どう言葉を返していいのかわからない輪廻は戸惑いながら夜見を一瞥し助けを求めた。

「気をつけろ。油断すると喰われるぞ?」

「おい。失礼だぞ」

 三人は笑いながら冗談を言っている。どの言葉を信じればいいのか輪廻にはわからなかったが、相手が名乗っている以上自分も名乗らなければ無礼だろう。

「り、輪廻と言います」

 おずおずと自分の名前を告げた。

「お前も青龍の名は聞いたことがあるだろ?」

「あの……四神の……ですか?」

 それに青龍は「御名答」と答えた。魔界四神が一人、青龍。その真の姿は巨大な龍だ。今は人の形をとっているが、それでもデカイ。身長は軽く二メートルは超えているだろう。青っぽい様な緑っぽい短めの髪を後ろにかきあげている。肉体は鋼の筋肉に覆われていて、まさしく四神と言う言葉が相応しい姿をしていた。

「こいつは黙っていれば硬派なんだがな、かなりの女たらしだ」

「仕方がないじゃないか。まわりの女が俺をほっとかねーんだ」

 ハァまったくモテる男はつらいぜとばかりに頭を悩ませる仕草をしながら頭を左右に何度も振った。

「さよけ。四神様はモテモテで」

「うらやましいだろ。なんなら輪廻も俺のハーレムにくわえてやってもいいぞ? ん?」

 そんなことを言う青龍。

「殺すぞ」 

 と夜見からありがたい言葉を頂戴する。

「お~こわっ。気がむいたらいつでも言ってくれ」

 ばちっとウインクつきで輪廻にそう言ったが、輪廻は聞かなかったことにした。

「んで、あいつはベル。ちなみに女に見えるが、れっきとした男だからな」

 ベルと呼ばれたのは女の様な男だった。背はそれほど高くない。むしろ小さい方だろう。また、青龍の隣に立っていると更に小さく見えてしまう。黒髪で触覚の様に前髪のあたりで二本髪の毛の束がピンと立っているのが印象的だった。

「よう小娘。よろしくな。ちなみにこいつらはベルと呼ぶが真名ではないぜ? 俺様の真名はベルゼブブ」

 それを聞いた輪廻は目を見開いた。ベルゼブブと言う名は天界において、青龍よりも有名だったからだ。

「え……? ベルゼブブ……? あの? でも確か……」

「ふん。天界では俺様は死んだ事になっているんだろ? 天界っつーのはな、都合が悪い事は隠すんだよ」

 ベルゼブブは呆れた様に怒り口調で言った。そして夜見が口を挟む。

「ってことは、こいつらの存在も知らないのか?」

 それに輪廻は意味がわからないと首をかしげる。

「そりゃ知らんだろうさ。俺様たちは――いてはいけない存在だからな」

「どう言う……」

「俺様はお前が思っている通りのベルゼブブだ。そう上級天使三隊・第二階級・智天使ケルビムベルゼブブだ。だが今は違う。俺様は天界から堕ちたからな。そう言う奴らの事を堕天使と天界……いや神殿では呼ぶ。しかしそれはあってならない事だから、天界の者には知らされない。そして魔界に堕ちた俺たちは新たな種族として生きる事となった。その種族の名前は悪魔と言う。悪魔ぐらい聞いた事はあんだろ? 悪魔っつーのは天界から魔界に堕ちた元天使たちなんだぜ」

 実際、天界から天使たちが堕ちる事はよくある事だ。その理由とは、強いが故に疑問を持ってしまうからだ。階級が上の天使ほど、天界の行いに疑問を持つようになる。そして考える。なぜ? どうして? と。それが引き金になるのだ。その疑問は疑いとなり、天界を信用できなくなり、やがて天使の心を蝕んでいく。結果、天界にいられなくなり、堕ちていく。

 それを聞いた輪廻は信じられないとばかりに口を手で覆って夜見に視線を送った。

「全て事実だ。さっき言ったよな? 気は基本三種類だと。それは世間一般で知られている範囲内でって事だ。悪魔の操る気は――」

 そこまで言って夜見はベルゼブブに視線を送る。そしてベルゼブブが言葉を引き継ぐ。

「瘴気っつーんだぜ」

 親指を立てて、ことさら何でもない様に明るく言った。これが真実ならば天界は大騒ぎだろう。しかし、これが事実なのだ。

「で? なんでこうゆう事になってんだ?」

「ん~……色々と事情があってな」

 夜見はこれまでの事をざっくばらんに二人に話した。

「《六道家》……?」

 ベルゼブブは何やら深刻な顔をして聞き返した。まるで何かの罪を思い出したかのような顔をしている。

「え……? あ……はい。本名は六道輪廻と言います」

 それを聞いたベルゼブブは夜見を見る。事情を知る夜見としてはこう言うしかない。

「ベル。別にお前が気にすることじゃない」

どういうことなのだろうか輪廻は夜見とベルゼブブを交互に見た。夜見はそう言っているがベルゼブブはそうは思わない。

「いや、そうもいかんだろ」

 ベルゼブブは下を向き頭をボリボリとかいた。そして重く口を開ける。

「すまない」

「え?」

 いきなり謝られた輪廻は訳が分からなかった。

「すまない。今回の件には、俺様にも責任があるかもしれない」

「お前に責任などない」

 夜見が口を挟む。それは先ほどから明らかにかばっている口調だった。

「それって……どういう……」

 ベルゼブブは語りだした。

「お前ら王族の《六道家》は、ある事がきっかけで一族が激減しただろ?」

 輪廻はそう言われて記憶を遡る。

たしかに《六道家》は一族が極めて少ない。他の王族は広く繁栄しているのになぜか《六道家》は一族が少なかった。

「そのある事って……」

「そうだ。今から一万年以上前に起きた天界大戦争。それがきっかけだ」

 天界は争いがないとされているが、過去に一度だけではあるが戦争が起こった事がある。それが天界大戦争だ。

「天界大戦争……」

 その知識は輪廻の中にもあるにはあるが、昔の事なのでそれほど詳しくは知らない。

「その天界大戦争で王族六道家は壊滅的被害にあった。……それはある人物のせいなんだが……。天界大戦争は悪魔と天使の争いだ。ある悪魔を筆頭に魔界にいる悪魔全てが天界に攻撃を仕掛けた。まぁ結果は天界側の勝利になるんだが。その……《六道家》を襲ったある人物っつーのが……俺様なんだわ」

 それを聞いた輪廻は絶句した。

「俺様はその時に《六道家》の奴を何人も殺した。生き残ったのは数名しかいなかったはずだ。その生き残った奴らも俺様の瘴気にあてられて、長生きは出来ていないはずだ。つまり……俺様があの六道家を壊滅させていなければ、寿命はもっと長くて人数ももっといて、お前が今の状況になってしまう事はなかったのかもしれない。だから俺様のせいなんだ……」

 ベルゼブブは何かを覚悟しているかの様に悲しげな表情で言った。

「……」

 輪廻は何も答えなかった。

「だからさ、お前は俺様を恨んでいいと思うぜ。なんなら復讐してくれても構わない」

 その言葉に夜見が「おいベル」と口を挟むが「夜見は黙ってろ」と釘をさされた。

「俺様が憎いだろ? 殺してやりたいと思わないか?」

 その問いに輪廻は素直に答えた。

「え? 全然?」

「……え?」

 その場にいた全員が脱力した。あっけらかんと平然で言ったのだ。

「だってそんな前の事、私には関係ないですし。それに殺したい人はもういるので間に合ってます」

 呆気にとられるとはこういう事だろう。

「ふっ……ふはははっはははははっ」

 まず青龍が笑った。

「くっくっく。かなわんな」

 続いて夜見も。

「えっへへ」

 輪廻も。

「ベル。お前の負けだ」

 言って夜見はベルゼブブの首に腕を回す。

「いや……しかし……」

 それでも何か納得できない様だった。

「そんな事、気にしなくていいと思います。仮に一族が他にもいっぱいいたら、私は生まれてこなかったかもしれませんし。だからむしろ感謝してますよ」

 最後の言葉は冗談にしてもベルゼブブは安堵した。

「そうか……そう言ってもらえると助かるぜ」

 普通悪魔はそんな事は気にしないのだが今回は例外だった。輪廻が夜見と一緒にいることで、輪廻とベルゼブブの接点が出来てしまったから。悪魔は冷酷だ。しかしその分、義理や人情には熱い部分がある。それが悪魔にとっての美学というものなのだ。ベルゼブブは輪廻に貸しが出来たなと思った。しかしそれが逆に嬉しかった。いつか貸しを返せる日が来るのが楽しみなのだ。

「さて、おしゃべりはここまでにして続きだ」

「うん」

 ここでベルゼブブが口を開いた。

「俺様も手伝ってやるよ。同じ相手ばかりでは飽きちまうだろ」

「それはいい考えだな。宜しく頼む。甘やかさず厳しくしてやってくれ」

 それを聞いた輪廻は少し夜見を睨み訓練に励んだのだった。

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