第8話 離脱
タルシシュはリリスの命を受けて魔界へと行く準備をしていた。実際問題、タルシシュはこれを意味のない行動と捉えている。しかし総隊長の命令だ。それに従うのは当然。
「まったく総隊長は心配性ですね」
一人で様子を見に行くものとばかり思っていたがそうではなかった。自分の他に下級天使三隊・第七階級・権天使(プリンシパリティー)を三人。そして下級天使三隊・第九階級・天使(エンジェル)を百人連れて行くのだ。
それは《六道家》の護衛をした人数よりも遥かに多い。
仰々しい。
とは思うものの、タルシシュは懸念を頭の片隅に置いた。あの総隊長が今まで間違った選択をしたことがないのだ。それは一番近くで見てきたタルシシュにはわかっている。この任務には少なからず何かが起こると。それはありえない事が起こる可能性。実際に自分の目で見るまでは何も信じられないだろう。
「それでは行きます」
その言葉と共に次元を開き、一抹の不安と共にその中に飛び込んで行った。
そこに広がるのは広大な魔界。生温かい風が頬を撫でる。総勢百人の天使たちは一糸乱れることなく隊列を組んだ。
「それではこれから【生命の樹】に向かいます。ここ《修羅道》は生物はいませんが、ここは魔界です。何が起きても不思議ではない。決して気を抜かないように」
最後の言葉は自分に言い聞サンダルフォンようにして言った。何も起こるはずがない。そう心底思っている。
だが――。
頭の片隅にリリスの言葉がよみがえるのだ。タルシシュ率いる天使たちは颯爽と森を走り抜けて、暗く深い森の中をどんどん縫っていく。あと少しで【生命の樹】へ到着する。
はずだった。
森が開けてそこで全員が無意識のうちに立ち止まる。そこに見える景色は――。
「こっ、これは――」
地獄絵図。
言葉を失うということはまさに今の状況だ。目の前の惨劇に思考が停止して何も考えられなかった。頭がそれを理解したくないとばかりにそれを拒否する。それでもタルシシュは無意識で声を、命令を下した。
「今直ぐに総隊長へ報告! 応援を要請! 残りの者はこの場を固めなさい!!」
その声に即座に従う。下級天使三隊・第七階級・権天使の一人が即座に次元を開き、その中に飛び込んで行った。
「総隊長、貴女の勘は、最悪ですよ……」
タルシシュはゆっくりとその歩を進めた。その先にあるのはよく知った顔だ。無残な姿だった。胴体はそこにあるのかわからない。目を開いたまま絶命していた。
「シャムシェル……」
力なく友の名を呼んだ。
その後、天界から続々と応援がかけつけた。その中にはもちろんリリスもいる。立ち尽くすタルシシュに近づく。その先には自分の部下の顔が見える。それを一瞥してリリスは一言。
「タルシシュ、離脱を命じます」
リリスは他に何を言うまでもなくそう告げる。説明などはなかった。
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