第7話 キセル
気がつくとベッドの上だった。
「お目覚めですか?」
「……う~……痛っ」
輪廻は頭を抑えながら奈落に視点を合わせる。
「何がどーなったんですか?」
その問いに答えたのは夜見だった。
「お前は走って向かって来る途中にコケて頭うって気絶したんだ。全くとろい奴だな」
呆れた様に笑っている。それを聞いた輪廻は恥ずかしそうにうつむいてしまう。実際にその通りで何もできなかった。そんなことをした事はないので当たり前だと言えば当たり前だが、それでも少しは出来る気がして向かっていったのに、向かう途中で気絶してしまったのだ。
「ぅぅううう……」
「さすがに直ぐは無理だったか。しばらく休め。今日は色々な事があったからな。奈落、後は頼むぞ」
奈落は無言で頭を垂れ、夜見はそのまま部屋を出ていってしまった。輪廻はしばし呆然としていたが、また頭が痛くなったのか自分の額をさすっている。
「まだ痛みますか?」
「いえ大丈夫です」
強がりを言って溜め息をついた。なぜこんな事になってしまったんだろうと。それを察したのか奈落が口を開いた。
「貴女様方、《六道家》は敵が多いと聞きます。貴女様は直系ですか?」
「……はい」
「他に《六道家》はいらっしゃいますか?」
「……いえ」
「……そうですか」
奈落はそれ以上聞かなかった。
「あの……」
「なんでしょう?」
輪廻は少し沈黙し口を開いた。
「……あの人は何者なんですか? 天界の天使たちを一瞬で殺した妖族を一瞬で殺したり……」
「マスターのことですか? あの方は……ただのお人好しです。でなければ助けたりしないでしょう?」
呆れる様に奈落は言った。
「ほんと……なんで助けてくれたんだろ……」
「深く考えない方が宜しいかと。それと……」
奈落は一度言葉を切り、視線をそれにやる。
「それ、お吸いになられますか?」
「え?」
輪廻は奈落が何を言っているのか分からなかった。奈落の視線の先を見ると、そこには兄である紫苑の形見であるキセルがある。
「それ、ただ持っているだけでは可哀想ですよ。そういう物はしっかり使ってあげるべきです」
「でもこれは私にはまだ早いと思いますけど……」
その言葉に奈落は反論をする。
「ここはどこですか?」
「え?」
「ここは天界ではありません。天界のルールはここでは無意味です」
「でも道具とか使い方が……」
「それには心配ございません」
奈落は言って部屋を出て行く。すると直ぐに戻って来て、その手にはキセルに必要な道具が持たれていた。
「これを使うといいでしょう。それ、貸してください」
奈落は輪廻からキセルを受け取ると慣れた手つきで準備をする。
「どうぞ」
「どうぞと言われてもっ……」
「簡単ですよ。吸えばいいんです」
言われ輪廻は恐る恐るキセルに口をつける。そしてゆっくりと息を吸い込む。
「ぐぇーっほっげっほお」
「……ぷ」
え? 今笑った? と輪廻は視線を向ける。
「笑っておりませんよ? 最初はそんなものです。慣れれば心地よいと感じる様になります」
「そんなもんですか?」
「そんなもんです」
言われ輪廻は再びキセルに口をつける。兄がいつも吸っていた形見の品。兄が感じたものを少しでもいいから自分も感じたいと輪廻は強く思った。そうすれば、まだ近くに紫苑を感じられる。
今度はむせることはなく、煙がゆっくりと肺に入っていった。
「……おいしい。おいしいです、お兄様」
そんな悲しげな表情をする輪廻に奈落は「もうお休みになってください」と優しく語りかけた。奈落の言葉に輪廻は頷き眠りにつく。
そして奈落が部屋を出ると廊下で夜見が待っていた。
「あいつは?」
「お休みになられました」
夜見は一言「そうか」とだけ返した。
「マスターお聞きしたいことがあります」
「なんだ?」
「なぜ輪廻様を助けたのですか?」
その質問に夜見は直ぐに返せなかった。
「……俺にもわからん」
「もしかして……あの方の生まれ変わり――だとかですか?」
すべての生命は生まれ変わる。奈落には心当たりがあった。自分の主人が他人に優しくするなどありえない。仮にそうする相手がいるならそれは一人しかいない。
「……わからん。ただの気まぐれだ。きっと」
一瞬なにを言われているのかわからなかった。その予想はまったくなかったのだ。言葉に詰まったが本心を口にした。
「ただの気まぐれにしては、らしくありませんね。【銀魔邪炎】の名に傷がつきます」
「……わかっている。ちょっと出てくるぞ」
「どちらに行かれるのですか?」
奈落の問いに夜見は静かに「探し物を探しに」と言って消えて行った。
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