第19話 《地獄道》
《地獄道》。
そこには強者しか存在が許されていない世界。何よりも戦闘を、何よりも自己を、何よりも強さだけを求める。そんな世界。
そんな世界に三人の天使たちが降り立った。
「空気が重いわね」
「さすがに《地獄道》といったところか」
「さて、どうやって探しますかね」
探すと言っても魔界は広大だ。そしてここには会ってはいけない者たちが多数いるはず。隠れながら静かに探さなければならない。
「さっさと見つけてリリス様に褒めてもらわないと」
「ああん? お前一人で手柄をあげようって気かよ。そんなことは絶対にさせねーぞ」
「むさくるしい。つっかかってくると毒殺するよ?」
「んだとコラー上等だやってみろよクソ女が」
「あんまり五月蠅いと『アナ』の後ろに『ル』をつけるわよ?」
「てぇんめぇ……言ってはならんことを」
二人は視線をかち合わせていがみ合っている。
「はいはい。ケンカはそこまでですよ」
呆れるようにサンダルフォンは二人をどうどうとなだめた。いつものことなので扱いはひどく雑だった。
「おいスリッパ、邪魔すんじゃねーよ。俺はこのクソ女を――」
「そうよスリッパ、このケツの穴をこれから――」
「誰がスリッパですかッ! 雑すぎるでしょう!」
三人はお互いにぎゃーぎゃーと喚き散らかした。この三人は幼馴染で仲がいいのだ。こんなことは日常茶飯事。いつもの事。
「とりあえず移動しましょう。同じところに留まっていては危険です」
「ふんっ」
「けっ」
二人はそっぽを向いてサンダルフォンの後ろを歩きだした。
周りを最大限に警戒しながら森の中を進んで行く。ここからは少しの油断が文字通り命取りとなるのだ。
「しかし探すと言っても当てがなさすぎだな。誰とも会ってはいけない。なのに伝説を見つけ出さないといけない。ここは聞きこみもクソもあったもんじゃない」
「話だけを聞く相手というのはいないでしょうね。力でねじ伏せて聞きだすしかないでしょう。それが《地獄道》のやり方です」
「野蛮なところねぇ」
森を抜けたらそこは一段高くなっていた。下には森の続きがあって遥か遠くまで見渡せれる。
「なーんもねぇな」
「ですね」
「あの山と湖が見えるところまで行ってみない? なんだか生命の気配がする」
その方向を見据えてサマエルが言った。他の二人はそれを否定することなく頷いた。その瞬間に湖の近くで爆音と土煙が舞い上がった。
「――ッ」
「あれは――」
「急ぎますよ!」
三人は気配を消して地面を素早く蹴った。近づくにつれてそこで戦闘が行われているというのが手に取るようにわかった。あまり近づきすぎるとまずい。三人はある一定の距離をとった。
「凄まじいですね」
「何モンだ」
「……」
姿は見えないが気配は二つ。そしてその内の一つは生命の気配がとても小さい。それは死にかけているということだ。木々をなぎ倒しながらそれは三人の近くに飛んできた。
「うおっ」
人影が見える。人型の形が見て取れるのでおそらくは魔族だろう。うつ伏せの状態から肘をついてゆっくりと起き上ろうとしている。
「くっ、そ、がっ」
起き上ろうとした頭を後ろから掴んで地面へとめり込ませた。
「ぐ――っ」
容赦がない一撃。どちらが強いのか一目瞭然だ。
「さっさと知ってること話した方がいいと思うぜ?」
地面にめり込んだ頭を持ち上げて耳元で囁いた。
「もう一度聞くぜ? これが最後だからしっかりと考えてから答えろよ? ロッドエンドという魔族を知っているか?」
「く……」
「く?」
「くたばれ、クソ悪魔がッ」
そう言われて再び顔は地面へとめり込んだ。地面の亀裂からは真っ赤な血が湧水のように溢れ出している。
「さて、と。出てこいよ、そこの三人。いるのはわかってんだぜ?」
いきなり問われて心臓は高く鼓動を打った。気配は消していた。気づかれるはずはなかったのに、人数までも当てられている。つまりこの者が飛びぬけて強いというのがわかる。
しかし出て行く理由は別になにもない。逆に相手がこちらに来ればそこを襲えばいいだけの話だ。
「めんどくせー奴らだな」
その言葉と共に身体から気がほとばしった。
「ぐ――」
それは隠れ蓑にしていた木々を全て吹き飛ばして三人の姿をあらわにした。そして気が付く。
「これは――瘴気」
「まじかよ……」
「悪魔」
最悪のシナリオだ。まさか初っ端から悪魔と出会うことになるとは思ってもみなかった。しかし三人はこれを好機だと思った。能天使は対悪魔部隊とも言われる。悪魔を狩る天使。それが能天使の役目だ。
「討ち取るぞ」
「黙って見過ごすわけにはいかないもんねぇ」
「これは我らの領分です」
別に相手が悪魔でもなんの問題もない。しかし今回の場合、誤算があったと言えば単純に運が悪かっただけだろう。三人は同時にその悪魔を目視した。
「んだぁ? 天使かよ。なんでこんなところに天使がいやがる」
短い黒髪に身長はさほど高くない。女と見間違うぐらいのその容姿。三人は一目見ただけでそれは女ではなく男だと理解した。いや、もっと詳しく言うならば“知っていた”のだ。
「【暴食の王】……」
「ベ、ベルゼブブ、様?」
「最悪だ――」
「俺様の名前を気安く呼ぶんじゃねーよ、ひよっこ共が」
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