第18話 能天使

「なーんにも見つからないね」

「そうですねぇ」

「やっぱ【銀魔邪炎】とかいねぇんじゃねぇの?」

「これほど探してもいないとはな」

 四大天使たちは各々愚痴を漏らしていた。

「ミカエル、総隊長から連絡はないのか?」

「ないよ。彼女も苦労してるんでしょ」

「中間管理職ってーのは大変だなぁ」

 ウリエルは思わず同情した。

「しかしこの状況は芳しくないぞ。そろそろいい加減に何か発展がないとめんどうなことになる」

 まったく成果があげられない。それは忌々しき事態だ。

「誰か私たちの中から魔界に赴くしかないようですね」

 ラファエルはそう言うがそれに異を唱える者が一人。

「いや、それはダメだって神様が」

「なぜですミカエル」

「さぁ? それは神様が言うからダメなんだろうけど、さすがになんでとか聞けないでしょ」

「まぁ」

 神に意見に意を唱えるなど出来るはずがない。その言葉は絶対の言葉でそれは決定の言葉だ。

「我々が魔界に行くことなく【銀魔邪炎】を見つける。けっこう骨が折れそうですね」

「骨が折れるどころの騒ぎじゃねーだろ」

「どうしたものですかね」

「「「「う~ん」」」」

 四人は頭を悩ませる。せめて自分たちが魔界に行けたなら、それなりの収穫がありそうな気もする。

「まぁ上級天使も何人か行ってるわけだし、朗報を待つしかないねぇ。ところで――」

 とミカエルは話を切り替える。

「堕天した者はいないよね」

「あぁ、四十八時間以上魔界に居させてないからな。そこを守っていればそうそう堕ちるもんじゃないだろう」

「じゃ、言い方を変えよう。堕天“しそうな”者は?」

「…………」

 そう聞かれて三人は黙った。そして重く口を開いたのはウリエルだった。

「……一人、いる」

「そっか。じゃラファエル」

「……わかりました」

 これはあくまで可能性の話だが、少しの可能性があるのならそれを排除しなければならない。そしてその役目はラファエルが請け負っている。

「堕天させることは出来ない。すまないとは思うけどさ、これが天界のあり方なんだし仕方がない」

 誰もなにも言わない。それが正しいと分かっているからだ。もし仮に本当に堕天してしまったなら本当に抹殺対象になってしまう。そして堕天しそうになる者はいつも階級が上の天使だ。

 せっかく階級が上になった優秀な者を戦線から離脱させなければならない。

 また一歩【銀魔邪炎】から遠のいてしまうがこれも仕方がないと割り切るしかない。

「何かこの状況を打破することが出来る何かを考えるしかないねぇ」

 しかしそれが何もないのが事実だ。

 遥か昔から御伽噺として語り継がれてきた伝説。その存在は永い時に渡って確認がとれていない。それを見つけ出すというのがどんなに困難なことが考えるまでもない。

「地道にやるしかないのか」

「何万年かかると思ってるの? さすがに地道という言葉はこの場合は排除だね」

「やはり一気に捜索範囲を広げるしないだろう」

 それはつまり他の世界に足を踏み入れるということだ。

「ま、それしか方法はないね。それじゃぁ、第六階級・能天使パワーに《地獄道》に行ってもらうとしよう。彼らは特攻隊だからね。万が一、魔界四神に出会ってしまったら争う前に即時撤退すること。そして更に万が一戦闘になった場合……一人を殿にして残りは即時撤退。この内容をラファエル、総隊長に伝えてくれるかな?」

 能天使は特攻隊だ。その実力は折り紙つきで、一部からは戦闘狂とまで言われている。そして能天使には、他の天使よりも極めて危険で過酷な任務がある。それは最前線に立たされることである。

 そして、故に、一番堕天しやすい階級でもある。これまでも多くの人数が堕天してきた。それは言うまでもなく前線で戦うからだ。悪影響を受けるのは致し方がないことだが、能天使の天使たちはそれを誇りに思っている。前線に配置されるということは実力を認められているということになるのだ。

「わかりました」

 意を唱える者は誰もいない。これが現状でもっともいい策なのは間違いがないとわかっている。




 それからラファエルは決定した内容をリリスへと伝えた。

「……了解しました」

 正直なところ反論したい。これでは捨て駒ではないかと声を大にして言いたい。

「不服なことはあると思いますが、これも組織としての判断です。了承してください」

 ラファエルはそう言い残してその場を去っていった。ラファエルとて誰も好き好んでこんなことを言っているのではないとリリスはわかっている。

「総隊長……どうするのですか?」

 今まで黙って隣で聞いていたタルシシュが重く口を開いた。どうするのかという意味は誰を選ぶのかという意味だ。それは生贄に近いのかもしれない。

「総隊長が気にすることはありませんよ。能天使パワーは選ばれたらそれを誇りにして戦うでしょう。それこそが栄光だと思って」

「そう本心で思うとわかっているから、尚のこと悩むんですよ」

 それでも選ばないといけない。これは重要な任務になるのは間違いがない。

「ぞろぞろと練り歩くのもどうかと思いますし、ここは少数精鋭で行った方がいいでしょうね」

 リリスは腕を組んで「う~ん」と唸りながら考える。

「……サンダルフォン、サマエル、アナフィエル、この三人に行ってもらいましょう。本当はシャムシェルにも行ってもらいたかったのですが……」

 そのシャムシェルの仇をとらないといけないと強く思った。

「それでは彼らを呼んで参ります。総隊長から直接言われた方が彼らもやる気がでるでしょう」

 そう言ってタルシシュは部屋を出て行った。一人残された部屋でリリスはぼそりと呟く。

「ほんと、どこにいるんですかねぇ【銀魔邪炎】のバカ男は……」




 それからほどなくしてタルシシュは三人を連れて帰ってきた。

「戻りました」

「ご苦労様です」

 さて、とリリスは一呼吸おいて三人を見る。サンダルフォン、サマエル、アナフィエルの三人はリリスの前に片膝をついた。

「特命を言い渡しますサンダルフォン、サマエル、アナフィエル。三人はこれより《地獄道》に降り立って【銀魔邪炎】の捜索を行ってください」

「「「はっ」」」

 三人は声を合わせた。そこにはなんの迷いも見当たらない。これから最前線へと赴く。覚悟などは能天使になった瞬間から出来ているので心の準備は不要だった。

「それではすぐに発ちたいと思います」

「気をつけて」

「勿体ないお言葉」

 三人は部屋を出て行った。今から数刻のうちに天界を離れて魔界地獄道に赴くことになる。

「見ましたか? あの総隊長のお顔」

 静かにサンダルフォンが口を開いた。

「ああ、あんな辛そうなお顔をされて」

 それにアナフィエルが答える。

「あたしたちに申し訳ないとか思ってらっしゃるんでしょーね。そんなこと思う必要ないのに」

 サマエルは考えられないと首を横に振ったが、リリスが想っていてくれているということが心底嬉しかった。

 それは他の二人も同じだ。

「総隊長の為にも絶対に見つけ出しましょう」

「そーだな」

「もちろん」

 それから三人は決意を胸に魔界へと降り立ったのだった。



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