第17話 仲良し三人組

「夜見は?」

 ベルゼブブと青龍が城にやって来た。いつもこの二人は一緒にやってくるがよほど暇なのだろうかと奈落は思う。

「こちらです」

 奈落は二人を連れ、夜見の元に連れて行く。

「苺くれ。美味い。次は桃だな」

 夜見は動けないことをいいことに、輪廻を使い食べさせてもらっている。胴体には大きな一筋の傷が消えずに残っていた。

 正直なところ、この傷は治そうと思えば治せるものだ。しかし夜見はこの傷を治すつもりは更々ない。まるで記念だとばかりにこの傷を受け入れることにした。

「……自分で食いやがれ」

 そんな夜見の心情など知らない輪廻がキレた。桃を丸ごと夜見の口に突っ込んだのだ。夜見は顎が外れたのかガフガフ言っている。その時ちょうど二人がやって来た。

「……お前ら……何イチャついているんだよ?」

 ベルゼブブは呆れていた。傍から見ればそう見える。

「「イチャついてない!」」

 二人が声を合せ答えた。

「奈落。なんかあったのか?」

 青龍はこの状況が理解出来なかった。なんだか急に仲が良くなっている気がしたのだ。

「マスターが輪廻様に負けたのです」

 奈落は当たり前のように一言で済ませた。

「「はぁ?」」

 今度は青龍とベルゼブブが大声を合わせて聞き返す。

「まぁ間違ってないがそう言われると……照れる」

「照れんな!」

 輪廻がつっこむ。

「負けた……? 夜見が? ……手加減したのか?」

「していない。本気でやった。この傷が見えるだろ?」

 青龍とベルゼブブは信じられないと、目を丸くして夜見の傷口を見た。あの魔界三大御伽噺である【銀魔邪炎】が負けるまど誰も思いつかないだろう。だから手加減でもしたのかと思ったが、傷痕を見る限りそうではないらしい。

「信じられね……」

 ベルゼブブは夜見の傷口と輪廻を見比べている。ここで青龍が口を開いた。

「なぁ。俺とも勝負してくれないか?」

 それに答えたのは夜見。

「止めとけ。死ぬぞ?」

「もちろん手加減はしてくれ」

「魔界四神が一人、【冥龍王】青龍の言う言葉じゃないな」

「だって戦ってみたいじゃないか。あの御伽噺に出てくる存在が目の前に居るんだぞ?」

 青龍は目を輝かせている。もはや夜見の言葉は届いていないだろう。青龍も【地獄道】の住人だ。つまり戦うことが最大の喜び。強い者と出会って戦いたくなる本能がかき立てられたのだろう。

「いや……【ナイトメア】じゃないぞ?」

「一緒の様なもんだろ。洸気と紅桜を操ることが出来るんだからな」

 同一、とまではいかないが、限りなくそれに近いものだろう。

「いいですよ。お相手します」

 別に断る理由もないので輪廻は笑顔で答えた。正直なところ、少し興味があったので。おそらく青龍は本気でくるだろう。その力がどういったものなのか知りたかったし、また自分がどこまで強くなったのかを知りたかった。

「おい」

「いいじゃない」

 もう何を言っても聞かないだろうと理解した夜見は重い腰をあげる。

「仕方ないな。じゃ外に行くか」

 そう言い、ベッドからひょいっと立ち上がる。その瞬間、輪廻の右拳が夜見の腹に目掛けて飛んできた。

「ぐぼっ」

「動けるじゃねーかッ!」

 そのまま夜見はベッドの上から動かなくなった。

「おい。一応、怪我人だぞ?」

 青龍は心配そうに夜見を見ていたが、ベルゼブブと奈落は他人事のように隣でお茶を啜っていた。

「いいんです。【銀魔邪炎】様は、こんなことじゃ死にませんよ。外、行きましょう」

 青龍は無言で頷いた。そして夜見に憐れみの一瞥を送り、部屋を出たのだった。



 正直なところこの勝負で本当に自分がどこまで強くなったのかがわかる気がした。夜見は本気だったというが、本人の気が付かないところで無意識に力をセーブした可能性がある。しかし青龍はおそらく手加減などしないだろうと輪廻は思った。

 それは純粋に好奇心の方が勝っているからだ。

「さて、じゃ始めようか。手加減してくれよ?」

 青龍は楽しそうにしている。実際に楽しいのだろう。

「そんな余裕ないと思います」

「謙遜しなくていい。あの【銀魔邪炎】に勝ったんだぞ? 実質、魔界一は君だ」

 そんな事を言われ、輪廻は困っている。

自分が? 魔界一?

 しかし青龍の言うことは間違っていない。魔界において三大御伽噺は頂点だ。【銀魔邪炎】と【生命の樹】がどちらが強いと言われれば誰もわからないだろうが、青龍は自分の知っている顔が上だと思っている。

「……考えたこともなかったな……そっか」

「だから俺は本気で行くぞ」

 言葉と共に青龍の身体が膨れ上がった。口は耳元まで裂け、口は突き出て牙が生え、角が生え、体中は鱗で覆われ身体はでかくなっていった。その姿はまさしく半獣半人。口からは白い息が漏れている。

「かっこいいですね」

「この妖気を目の前にしても恐れないか。些かショックだな」

 輪廻は静かに目を閉じる。そして目を開けた瞬間、身体は洸気に包まれていた。

「なるほど。すでにここまで極めているのか」

 空気が、空間がビシビシと軋む。輪廻の右目の真紅の瞳が力強さを増した。

「じゃ俺が勝ったらとりあえず乳でも触らせてもらおうかな」

「…………」

 輪廻は絶句した。

「そうだった……この人はこーゆー人だった……」

「ついでにケツも――」

「触らせません!!」

「なんでーい、いいじゃねーか。減るもんじゃないしさー」

「そーゆー問題じゃありません!」

「賭けるものがないとやる気がでないじゃないか」

「他のやる気を出されても困ります!」

 はぁーあ、と溜め息をついて諦めたようだ。そして青龍は次元に手を入れ一本の武器を取り出す。

「それは?」

 青龍は右手に一本の棒の様な物を持っていた。ただ、赤かった。

「これはロンギヌス。魔槍だ」

 魔槍ロンギヌス。見た目はただの槍。しかし刃などない。鋭く尖った先端。上も下もない。ただ長く、対象な一本の槍。

「準備はいいか? いくぞ」

 青龍は少し腰を落とした。輪廻はただ立っているだけだ。

「いつでもどうぞ」

 言い終える瞬間に青龍は動いていた。輪廻めがけロンギヌスを突き刺す。しかしそこに輪廻の姿はなく、ロンギヌスは地面を突いた。避けられたと頭が理解した直後に、青龍の後頭部に衝撃が走った。輪廻が後ろから蹴りを喰らわせたのだ。

「あっぶなー。今、本気で刺そうとしませんでした?」

「……なんのことやらさっぱりだな」

 その言葉に輪廻は微笑を浮かべた。

 なんだか楽しい。そう感じたのだ。

「しかし洸気は浮くこともできるのか? 厄介だな」

 輪廻は洸気を身に纏い空中に浮いている。青龍はそれを見上げてどうするか考える。自分も飛ぼうと思えば飛べるが、やはり地面があった方が力が出る。

「まぁそんなに早くは動けませんけど」

 青龍がその言葉に反論した。

「早く動けない? ロンギヌスを避けたじゃないか。つまり俺の攻撃が遅いと言いたいのか?」

「ふふふ。ならそうじゃないですか?」

 輪廻は笑いながら答えた。

「なるほど。言うようになったな。これは夜見の性悪が染ったか。あいつも苦労しそうだな」

「じゃあ次はこちらから」

 間髪入れずに輪廻は紅桜を青龍めがけ上から下に振り下ろした。青龍はそれをロンギヌスで受け止める。

「ぐっ――」

 紅桜は鞘から抜いていない。なのにこの衝撃。このまま受けていたらロンギヌスが折れてしまいそうだった。青龍は紅桜を受けたまま輪廻に右から蹴りを放つ。青龍は輪廻が紅桜を引き、そのまま避けると思っていたが、その予想は見事に外れた。輪廻は青龍の蹴りを左手で受け止めたのだ。

「な――ッ」

 驚きを隠せなかった。よもや半獣半人のこの姿の自分の蹴りを受け止められるとは思ってもみなかったのだ。輪廻は蹴りを受け止め、驚きの表情をしていた青龍の顔面に蹴りを入れた。それは見事に当たり、青龍は無意識で後ろへと下がる。信じられない。まさかここまでとは。次第に笑みが溢れてきた。

「……ふふふ……ははは……あっはっははー」

 青龍は声をあげ笑い出した。

「……」

 輪廻はそんな青龍を見つめ首をかしげている。強く蹴りすぎて頭おかしくなったのだろうかと本気で思った。

「最高だ。面白すぎる」

 その言葉はこれからが本番だと言っているようなものだ。しかし言葉とは裏腹に、半獣半人の身体は人型へと戻っていった。

「あれ? 終わりですか?」

「あぁ。終わりだ。俺の負けだな」

 青龍は笑いながら言った。

「夜見が入れ込むのもわかる」

 輪廻はさっぱり理解できないでいる。

「何がそんなに面白いんだろう?」

 すると今まで傍観していたベルゼブブが口を開いた。

「ぎゃはははっ。あいつは夜見と一緒で嬉しいんだろうぜ」

 輪廻はベルゼブブを見下ろし聞き返した。

「嬉しい?」

「そうだ。気も操れなかった奴が自分を倒すまで成長したことに驚き、嬉しくて仕方ねーんだよ。青龍はそんな夜見の気持ちが分かってなお嬉しいんだろうよ」

「ふ~ん。仲いいんだね」

「二人とも馬鹿なだけだろ」

 ベルゼブブはそんな二人をさらに嬉しそうな口調で話した。輪廻はこの三人はとても仲がいいんだなと思い、夜見のいるであろう城の一室を見上げたのだった。

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