第16話 一瞬の激闘

 あれからさらに二年が経った。輪廻は神気は完全に自分のモノに出来たと自負している。持続時間もかなり伸びて今ではガス欠になることはなくなっていった。そして洸気はあれから何度か纏ったが、神気とは勝手が異なりかまり苦労したが、それでも暴走することはなく、イメージトレーニングの成果だろうと夜見は考えた。そして何よりも洸気が輪廻の力を跳ね上げ、洸気を纏えばロッドエンドにも報いる事が出来るだろう。

 夜見は窓から外を眺めていると不意に奈落が現れた。

「輪廻様はたくましくなられました」

 すぐには言葉を返さず少し沈黙し「そうだな」と夜見は答えた。

「何を考えているのですか?」

「そろそろかな……と」

 奈落は夜見の考えていることを察し、視線を向けて言う。

「……そうですか。では、わたくしは準備をしています」

 奈落はそう言ってパタパタと部屋を出て行った。

「さぁ仕上げといこいか」

 夜見は何かを決意したかの様に外で訓練している輪廻の所に行く。

「本気でかかってこい」

 唐突に夜見は言った。それを輪廻は無言で頷き、夜見に向かって行く。結果は目に見えている。輪廻が勝つ事などありえないのだ。輪廻は尻もちをつき「参りました」と手を上げた。夜見はそれを不服そうに見つめている。

「今わざとだろ?」

 輪廻は直ぐに答えずに、少し間をあけて「何が?」と返した。

「今、手を抜いただろうと言っている」

「抜いてないよ」

 その言葉に夜見は不機嫌な顔をした。

「なんなのよ……?」

 輪廻は訳がわからなかった。手加減などしていない。

 夜見は刀の形をした木を捨て、そして右手を前に出す。すると掌から湾曲した刃先が出てきてその後、長い持ち手が出てきた。身の丈よりも大きい鎌だ。

「こいつは魔剣白夜。俺の相棒だ」

「魔剣? でも……」

 剣、というにはその姿は違いすぎる。剣ではなく鎌の形をしているのだから。

鎌が本当の姿ではない……という事かな、と輪廻はその様に解釈をした。実際にその通りだ。魔剣白夜は変幻自在の剣。夜見はそれを鎌の姿へと変えている。しかし、それよりも先ほどから違和感があった。

「……さっきからどうしたの? なんか変だよ」

「抜け」

「はい?」

 輪廻は聞き返していた。

「刀を、紅桜を抜け」

「何言ってるの? 抜けないよ」

「抜けるはずだ」

 いつもの夜見ではなく、冷たく真面目な顔をしていた。

「……何……言ってるの?」

「洸気を身に纏い、妖刀紅桜を抜き、本気でかかってこいと言っている」

「出来るわけないじゃない」

 輪廻は当然の様に答えた。それは二つの意味を持っている。

 まず一つに、先ほどからも言っている通りに紅桜が抜けないこと。そしてもう一つは相手が夜見だからだ。

「出来ないなら死ぬ。俺は手加減しない」

 夜見は邪気を放出した。凄まじいほどの気で空気が、大気までもが揺れる。そして二人を囲む様に黒い炎が出現した。

「それに触れるなよ? この炎は正確に言うと燃やすではなく、その対象、存在、事象を燃やすという形で消すことができる。触れれば消えるぞ」

「それはつまり……何でも燃やせる炎ってこと?」

 夜見は一言「その通り」と言った。それで輪廻は【銀魔邪炎】の伝承を思い出した。通った後には何も残らない。

「なるほど。そういう事か。まさしく万能って感じだね」

 輪廻はそう言うと夜見は「いや」とその言葉を否定した。

「こいつには欠点がある。強い者には通じない」

「欠点?」

「そうだ。こいつは発動スピードが遅いんだ。隙をつけば当たるかもしれんが、当たったら当たったで面白くないだろ」

「……? どういう事?」

「こいつで攻撃はしない。どちらかと言えば護りの技だな。こいつを使えば一瞬で片がつくかもしれない。そんなのは面白くないだろ?」

「……鬼畜な」

「楽しむことが出来なくなるのはつまらん」

「さすが魔界三大御伽噺」

 ただの皮肉だ。しかし、と輪廻は思い直す。

「本気なの?」

「殺すつもりで来い。出来ないならお前が死ぬだけだ輪廻」

 初めてだった。この瞬間、初めて輪廻の名前を呼んだ。これは冗談じゃないと、覚悟が伝わってくる。その覚悟に答える言葉は一つ。

「私は死なないよ夜見」

 輪廻も初めて名前を呼んだ。お互いの覚悟の確認は出来た。輪廻は目を閉じ、意識を集中させる。すると、白く光り輝く洸気が輪廻の身体を覆った。さらに空気が、大気が、次元までもが揺れている。二つの巨大な気。輪廻は紅桜を腰から鞘ごと外した。そして胸の前で柄に手をかけ、抜く準備をする。

 夜見は紅桜を抜くのを待っていたが輪廻は抜かなかった。これが戦闘態勢だと理解し、白夜をさらに強く握り締め決意を固める。

 勝負は一瞬。先に動いたのは夜見。白夜を逆手に持ち、助走もなしで地面を踏み込み一気に間合いを詰めた。そして身体を回転させ白夜を右から左に振りぬく。

 その瞬間夜見は見た。輪廻が紅桜を抜いたのだ。その瞬間に鞘と刀身から凄まじい光が放出され、辺りは白い光に包まれた。

 夜見は気が付けば自分の胴体、左胸から右脇腹にかけて一筋の線が入っていたのに気がついた。その線はだんだん太くなっていき、やがてその隙間から血が勢いよく飛び出す。とてつもなく長い時間に感じられた。今、自分が何をしていたのかも忘れ、自分の身体に入った一筋の線を、血を眺めていた。

 ぼたぼたと音がする。名前を呼んでいる声がする。しかし返事をしようにも、口が開かないのだ。それに身体にも力が入らない。

 自分は何をしていたんだっけ? 思い出すのも面倒だ。それになんだか眠い気がする。嗚呼、きっと夢を見ているんだろう。何をそんなに泣いているんだ。何を言ってるいるのか聞き取れない。もうちょっと大きな声をだしてくれ。いや起こさないでくれ。酷く眠たいんだ……。

 夜見は目を覚ますとベッドの上だった。

「夢か――」

 そう思った瞬間、激痛が走った。

「ぐっ……いてぇ……やっぱ夢じゃねーわな」

 夜見は天井を見たまま溜め息をついた。その瞬間、追い討ちをかける様に胴体にさらに激痛が走った。まるで誰かに傷口を殴られたかの様に。

「ぐ……ぉ……う……」

 声にならない悲鳴があがる。少し顔を上げ、自分の胴体を見るとそこには手があった。

「ぐ、ぬ……誰……だ?」

 さらに視線を向けると金髪の髪が見える。それは輪廻だった。うつむき、夜見の傷口に触れ全く動かない。すると「すぴー」と間抜けな寝息が聞こえてきた。

「……こいつ」

 少々イラっとした。寝相が悪すぎだ。いや問題はそこではない。なぜ隣で寝ている? なぜ着物を着ていない? なぜ裸なんだ? そんなことを考えていると少し頭が動いたので声をかえる。

「おい。重いんだが」

 その言葉に輪廻は少し顔を上げ、寝惚け眼で視点を夜見に合わせた。

「あ~……おはよ」

「あぁおはよ。じゃなくて、なんでここで寝ている? しかも裸で」

 輪廻はまだ意識がハッキリしないのかボーっとしている。

「だって心配じゃない。まさか当たるとは思ってなかったし……。着物は夜見の返り血で汚れたから奈落さんが脱ぎなさいって、身ぐるみ剥がされた」

 当然の様に言う。

「だからってここで寝ることないだろ?」

 輪廻は「別にいいじゃない」と言いそっぽを向いた。

「……もうやめてよ、あんなこと。私を鍛える為でもやめて。死んだかと思った。殺してしまったと思ったんだから……」

 輪廻はうつむく。

「【銀魔邪炎】を殺してしまう、か。まぁなんだ、別に……お前になら、殺されてもいい」

 その言葉に輪廻は顔をあげ反論した。

「やめて。夜見がいなくなったら私、独りになっちゃう。私を、独りにしないでよ……」

 夜見は右手を輪廻の頭に置き「悪かった」と謝った。輪廻は顔を少し赤くし夜見から視線を外した。

「…………」

「…………」

 沈黙が続いた。若干気まずい。その沈黙を破るかのように不意に二人同時に欠伸をした。

「お前の欠伸がうつったじゃねーか」

「何言ってるのよ? そっちが先にしたんでしょ」

「いや。そっちだ」

「そっちよ」

 そんな押し問答が続き、くだらないと二人で少し笑った。

「俺はもう寝るぞ。眠たいんだ」

「私だって眠いから寝ますー」

「おい。またここで寝る気じゃないだろうな? 自分の部屋に戻れよ」

「別にいいじゃない。ここの方が落ち着くのよ」

「……勝手にしろ」

「勝手にしますー」

 二人は溜め息をついた。しかし、今この瞬間が心地良いと感じているのだ。

「おやすみ」

「おやすみ」

 どちらが先に言ったのかはわからないが、声を合せ二人は言った。笑いながら二人はお互いの体温を感じながら眠りについたのだった。

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