第14話 洸気


 ある日、輪廻は外でキセルを咥えながら一人で気を強くするべく瞑想していた。あれから夜見とはギクシャクしてまともに会話は出来ていない。

 どうやって話しかけよう? 普通にあいさつする? でも返してくれなかったら? そんな雑念まじりで瞑想していた。

「な~んかあいつ気が乱れてねぇか?」

 青龍は窓から輪廻を見ながら呟いた。

「そうだなぁ。苦労してんだろ。それはそうとお前。俺に謝らなきゃならんことないか?」

 青龍は「うっ」と声を漏らし素直に謝った。夜見は自分が【銀魔邪炎】と呼ばれていることを別に隠すつもりはなかった。ただ単純に言う機会がなかったのだ。わざわざ自分は魔界三大御伽噺の【銀魔邪炎】だと、いちいち言わなければならないのだろうか。知られた時に言えばいい。だから今回の事は特に気にすることではなかった。

 そんな時だった。何も前触れなくドーンと凄まじい音がした。同時に城が揺れる。その揺れはおさまることがなく、どんどんと大きくなっていく。

「おっ? 地震?」

 ベルゼブブは落ち着いた声で言った。

「ここは俺が創った空間だ。地震なんてありえない」

 しかし揺れはおさまらない。すると窓の外から眩い光が飛び込んできた。三人は慌てて外を見る。するとそこには信じられない光景が広がっていた。輪廻が浮いている。白く光輝く気に包まれて。

「馬鹿な――。あれはまさか……洸……気か」

 夜見は自分の目が信じられなかった。輪廻は一点を見つめて動かない。自分でもなぜこんな事になったのか理解できていないのだろう。

「王族……《六道家》……【ナイトメア】の血か――」

 夜見は呟き、奥歯をギリリと噛み締めると同時に外に飛び出していた。

「おい何やっている! 気を静めろ」

 輪廻は夜見を見て声を震わせていた。

「で……できない……の。おおおさまらない。コントロール……出来ない」

 洸気。その気は全てを浄化する。輪廻の真紅の瞳が怪しげに揺らめき力強さを放っている。

 夜見は輪廻の前に飛び促した。

「お前なら出来る。まず落ち着くんだ」

 そう言う間に夜見の身体は傷ついていった。着物は裂け、血が染み込んでいく。

「おい。なんで夜見は邪気を纏わないんだ?」

「どーせ邪気を纏ったら輪廻を刺激し洸気が暴走、輪廻自身を傷つけると考えているんだろーぜ。しかし、それはいくらなんでも無茶だ。取り返しがつかなくなる前に邪気を纏え、夜見」

 それでも夜見は邪気を纏わなかった。生身のまま輪廻の側に行き、声を掛けている。

「まず落ち着け。大丈夫だ。何も心配いらない。その気が出た時の事を思いだせ。そして、その時に考えていた事を整理するんだ」

 輪廻は不安気に頷き、目を閉じた。

あの時に考えていた事。護りたい。自分より強い人を護りたい。力が欲しいと強く願った。でもあの人は誰かに守られるほど弱くない。きっと自分が強くなるまで待っていてくれる。だからそんなに急がなくても大丈夫だと輪廻は自分に言い聞かせた。すると右目が放つ力強さは弱くなり、身体はだんだんと光を失っていき、宙に浮いた身体も地面についていた。脱力したかの様に地面に這いつくばっている。

「全く……困ったお嬢様だな」

 視線を上げると呆れた顔と着物が破れ、傷だらけの夜見が目に飛び込んできた。着物はボロボロでその隙間からは血が見える。

「……」

 輪廻は言葉に出来なかった。自分の所為で夜見を傷つけってしまったのだ。顔が泣きそうなそれに変わる。

「おい。何泣きそうな顔してんだ? もっと喜べよ」

 全く予想が出来ていなかった言葉に輪廻は「ふぇ?」と間抜けな声を出した。

「お前が纏った気は洸気だ。あの御伽噺に出てくるな。それを纏ったんだ。それがどれほど素晴らしいことかわかるか?」

 夜見はやや興奮気味に話した。

「見ろよこの傷。全く治ってないだろ? 俺の身体は傷を負った瞬間から再生する。なのに再生できていない。こんな経験は初めてだ。さすが洸気。おそらくこの気を使えるのはお前ぐらいだろう。【ナイトメア】の血だな。それにお前のその目。前に言っていたな。自分以外は全員瞳の色は金だと。右目の紅はおそらく【ナイトメア】の瞳だろう」

 夜見は自分の傷が治らないことを嬉しそうにしている。

「まさか洸気を拝めるとは思ってもみなかったな」

 輪廻はこの人はやっぱり頭がおかしいと思った。

「……傷」

「あぁ気にするな。その内、治る」

 夜見は本当に気にしてないようだった。奈落が城から出てきて夜見の手当てをしだした。

「マスター。なぜ邪気を纏わなかったのですか?」

 奈落の質問に夜見は惚けて答えた。

「……忘れていただけだ」

 輪廻はその優しさに少し救われた。お互いに気づいているのに口には出さなかった。夜見が自分の為に邪気を纏わなかったこと。そして輪廻はそれに気づいていると夜見は分かっていること。そんなことが心地よいと思えた瞬間だった。

 それから輪廻は夜見に洸気は絶対に使うなと厳命された。神気もろくに扱えない者が洸気を扱うのは奇跡以上のものだ。まずは神気を自在に操り、それから洸気を極めるのが理想だろう。ただ、毎日洸気を操るイメージはしろと夜見は輪廻に言った。実際にイメージするのは大変重要なことだ。頭で感覚を作り身体に覚えさせる。口で言うのは容易いが実際は苦労した。

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