第13話 理の否定
青龍とベルゼブブは止めることも忘れて輪廻の去ったあとを呆然と見つめた。
「……言っちゃまずかったか?」
ベルゼブブは冷たく答える。
「ぎゃはははっ。後で夜見に殺されちまえ」
「……」
青龍は肩を落とした。
「奈落さん。あの人どこですか?」
あの人と言われて、奈落はそれが直ぐに自分の主の事だと理解した。この二人は相手の名前を呼ばないのだ。
「マスターですか? たぶんいつもの部屋にいると思いますが。どうされ……」
輪廻は聞き終わる前に再び走り出す。奈落もまたわけがわからずにその後ろ姿を呆然と見つめるだけしか出来なかった。そして夜見のいる部屋のドアが勢いよく開かれる。
「そんなに慌ててどうした?」
息を切らし輪廻が近づいて来る。
「貴方……【銀魔邪炎】だったの?」
その言葉に何かを理解したのか、夜見は否定することなく「そうだ」と言った。
「あの伝承は本当なの?」
「全てが本当ではない。現にお前はこうして生きている」
「全ての理は意味をなさないって言うのが本当か聞いているのッ!」
輪廻は思わず叫んでいた。息を切らし夜見を見据えたままだ。夜見はその問いに一度目を閉じ、何かを覚悟したかの様に口を開いた。
「……本当だ」
それを聞いた瞬間、輪廻は夜見に掴みかかっていた。
「だったらどうして今まで黙っていたのッ!? 死者を黄泉還らせることが可能なことを」
「……」
夜見は抵抗もしないで沈黙した。輪廻は涙を浮かべ訴えている。
「なんで黄泉還らせてくれなかったの? なんで私一人だけ助けたの?」
夜見はそんな事を言われても黙って輪廻を見つめていた。その視線に耐えられなくなった輪廻は部屋を飛び出して行った。
「……まったく」
部屋を出て廊下を走っていると奈落がいた。奈落は優しく部屋の中に入る様うながした。ベッドに座りまだ泣いている輪廻に奈落は隣にそっと腰を下ろし話し出した。
「意地悪とかそういうことではありません。マスターが話さなかった理由は二つあります」
「なんでそんなことわかるんですか?」
「わたくしはマスターに創られた存在ですから。それにずっと一緒にいますからね」
最後の言葉は輪廻の嫉妬心を少しあおる様に言った。
「まず最初の理由ですが、それは輪廻様に強く生きてほしかったんだと思います。ここは魔界。力が全てです。貴女様にはもう帰る場所はないのです。ここ、魔界で生きるしかないのです」
「そんな事はわかっています……」
「もう一つは……」
奈落は少し黙考した。どこまで話せばいいのだろうと。隣で輪廻が待ちわびているので、心の中で主人に謝罪をし話し出した。
「黄泉還らせることはたしかに可能です。肉体がなくても全て無からでも問題ありません」
「だったら……」
輪廻は思わず声を出していた。
「しかし今のマスターにはそれが出来ないのです。いや、出来るんですけどしないと言った方が正しいですね」
輪廻は理解できなかった。出来るのにしない理由が思いつかいのだ。死者を黄泉還らせる事がもし自分に出来たのなら迷うことなく家族を黄泉還らせるだろう。
「昔、マスターの隣には美しい方がいました。ひょんな事から出会ったのですが。その方は妖族でした。妖族に寿命がないのはご存知ですね?」
輪廻は頷いた。妖族には寿命はない。殺さるまで死なないのだ。
「でもその方は死にました。しかしマスターはその方を黄泉還らせれなかったのです。その方の願いによって」
しかし、その妖族は死んだ。寿命などではない。つまり――。
「理解できません」
「でしょう。その方はかなり変わっておりました。ちなみにその方の願いとは、自分がもし死んでも黄泉還らせないこと。自然のまま生き自然のまま死んでいく。それが願いです」
「なんでそんな……」
「それが普通なのです。マスターに頼めば黄泉還るのは簡単です。ですが、その方は普通でありたいと、秩序を乱したくないと死を選んだのです。本当は自分だって長くマスターと居たいのにもかかわらず。ですからマスターは、その時から誰も黄泉還らせてません。もし黄泉還らせるのであれば、その方を先に……と言うことなのです」
輪廻は何も言えなかった。それもそのはず。夜見の想いがわかってしまったのだ。それを理解してしまった輪廻は自分勝手なのだろうかと、そう思わずにはいられなかった。
「ですが輪廻様が頼めば黄泉還らせてくれるかもしれません。それほどあの方は輪廻様を気に入ってます」
最後の言葉に輪廻は眉を細めた。
「本当ですよ? こんなこと今までありませんでしたし、どれも【銀魔邪炎】の名に傷がつくものばかりでわたくしは呆れてしまいます」
それを聞いた輪廻は少し笑ってしまった。
「あぁあと、わたくしが話したことは内密にお願いしますね」
輪廻は「わかりました」と笑顔で答えた。
人には誰しも過去がある。それは良い事もあれば悪い事もある。誰かに触れられて慰めて欲しい傷があれば、触れられたくない傷もある。一人一人物語がある様に、その過去にはまたいくつもの物語がある。
あの人はどれだけの時間を生き、どれほどの物語があったのだろうか。長く生きることも嫌になるほどの事もあったはず。自分はまだ子供で弱い。少しでもその強さに近づきたい。強くなりたいと心底思った。
それから輪廻が夜見に願うことはしなかった。仮にも家族が黄泉還ったとしてもまた繰り返し殺されるかもしれない。願うなら護れる強さを手にしてからだと。
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