第29話 神獣

「さっさと状況を説明しろ。殺すぞ」

 夜見は、まくし立てるように言った。その言葉は冗談などではない。別に喋らないなら殺して自分で探せばいいだけの話だ。少し時間がかかる程度で、それは別に苦ではない。

「私と間違えられて……あの方に連れて行かれたんですねお父様?」

 何も答えられない自分の父親にミサは助け舟を出した。それでもグロリーは言い淀んでいる。

「……」

「黙ってねぇで答えろ」

 容赦ない罵声がグロリーの汗を溢れさせる。グロリーは困っていた。それは本当のことを言うか、言うまいか。どっちを言っても信じてもらえず殺されそうだと直感が言っている。

「う……あ……その……自分から、ついて行ったんだ」

 意を決して本当のことを言った。

「はっ? あいつが? 自分から?」

「そう……だ」

 グロリーは目をつぶり覚悟した。しかしいくら待っても何も起きなかったのでゆっくり目をあけると同時に夜見が叫び、また目を瞑った。

「あの……馬鹿。何考えてんだ」

 夜見はあっさりとグロリーのことを信じたのだ。それでグロリーはやっと生きた心地がした。

「でもあんた最初に攫われたって言わなかったか?」

 その言葉に氷ついた。

「う……それは……とっさに……口が……」

「もういい」

 夜見は興味を失ったかの様に視線を外す。本当にこのまま殺してやろうかと思ったが、娘に輪廻と間違えた貸しがあるのでここは助けてやることにした。

「おい。ミサと言ったか。その魔族はどこにいる?」

 なぜ自分に聞くのか。ミサは身体を少しビクつかせた。

「す……いません。わかりません」

 その言葉に夜見は何かを察知したかの様に目を細め「ふ~ん」と答えた。

「そいつの目は節穴なのか? 自分が好きな相手を間違うなんざ、所詮その程度か」

「そんな事はないと思いますッ」

 無意識の内に反論してしまい、ミサは口を両手で抑えた。

「……まぁいい。外が見える高い場所に案内してくれ」

「……わかりました。こちらです」

 瓦礫の山を越え、城の上へと歩いて行く。細い階段を抜け、扉を開けるとそこはとても見晴らしが良かった。

「へぇ。いい眺めだな」

「そうですね。私はここで遠くを眺めるのが好きです」

 そんなミサを横目で一瞥しまた前を見る。するとなにか小さなものが見えた。かなり遠くだがそれはこちらに近づいて来ているようだった。

「あれは……」

 夜見が一点を見つめ呟くと、ミサも同じ方向を見た。

「何か見えるんですか?」

 ミサの目にはまだ何も写ってはいない。しばし同じ方向を見つめていると、ようやくミサの目にも何かが近づいて来るのがわかった。

「……馬鹿な。あれは――」

 そんな言葉を言う夜見をミサは見る。その表情はまるで亡霊でも見るかの様な目と表情で、視線を外すことはなくそれを見つめたままだった。やがてそれはハッキリと視界に入った。

「馬?」

 ミサが思わず言葉にした。しかしそれは馬などではない。空を駆けているのだ。そしてその背には自分と似た人物が乗っていた。まるで鏡の中の自分を見ているかの様に瓜二つだった。

「馬じゃない。あれは……」

 二人とも呆然とし、立ち尽くしているとそれは目の前に降り立った。

「ただいま」

 輪廻は明るく何事もなかったかの様に言った。

「お前……それが何なのかわかっているのか?」

 夜見は目の前にしても、まだ信じられないという表情をしている。

「ん? この子? なんか乗せてくれたのよ」

 背から降り、それの顔を優しく撫でている。

「そいつは……魔界に住む神獣、麒麟だ」

「神獣?」

 輪廻は麒麟の顔を撫でながら聞き返した。

 神獣麒麟。見た目は馬で背丈は大きく三メートル以上はあり、全身は鱗と毛が生えている。そして五色の毛に覆われ爪はなく馬の蹄を有し、顔は龍に近く目の下まで裂けた口には鋭い牙が生えており、真紅の瞳で頭には一本の角が生えている。

「麒麟は誰にも懐かないと言われている。そもそも人前に姿を見せることはまずない。……はずなんだが」

 まだ信じられないと輪廻と麒麟を見つめている。

「いや……かつて一人だけいたな」

「誰よ?」

「【ナイトメア】だ」

「【ナイトメア】……」

「御伽噺の【ナイトメア】を絵で表しているものがいくつもあるが、その中にはよく一緒に麒麟が描かれている。唯一【ナイトメア】だけが麒麟を従えた人物だな。……おそらくお前の中の《六道家》の、【ナイトメア】の血が麒麟を呼んだんだろう」

 それを聞いた輪廻は「ふ~ん」と素っ気ない返事をした。

「で? ここに来るまでの状況を説明してもらえるか?」

 輪廻は頷き話し出した。

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