第28話 違和感

 輪廻は宿を出てさらに中心部分へ向かった。

「う~ん。何もかもが新鮮だねぇ」

 呟き深呼吸をする。

「晴れてたらもっと最高だったのになぁ……」

 ここは魔界でこの国は光のない場所だ。輪廻はわかっているが口に出さずにはいられなかった。街は活気に溢れ、人々はみな笑顔だ。それを見ているだけで自然と顔に笑みがでる。街の中心を目指し歩いていると、小高い丘の上にそびえ立つ一つの城が見えた。

「お~なんか雰囲気あるねぇ。もう少し近くに行ってみよっと」

 右手には川が流れている。その川は城に続いている。川を眺めながら城に向い歩いて行く。すると前から三人が走って来た。その三人組は輪廻の前に立ち止まると、息を整えて一番歳上だろうと思われる白髪の老人が言った。

「探しましたぞ。お嬢様」

 輪廻は辺りをキョロキョロと見渡した。が、そこには自分しか見当たらなかった。

「はっ?」

 間抜けな声をあげ聞き返していた。

「何を惚けておいでです?」

 輪廻は理解出来ずに首をかしげた。

「悪ふざけはやめなさい。さぁ帰りますぞ」

 老人はそう言うと輪廻の手を持ち引っ張って行こうとする。

「あの~誰かと間違えてませんか?」

「何をまた。この私がお嬢様を間違える訳ございません」

 いや絶対に間違えていると輪廻は確信した。いやいやしかしちょっと待てよ。たしかに自分は一応はお嬢様だ。随分と昔の事で忘れていたけど、そう呼ばれた時代もあった。するとこの三人は《六道家》に仕えていた使用人? でも見た覚えはまるっきりないし、そもそも自分が生きているということすら知らないはず。それに魔界にいるなんてありえない。やっぱり誰かと勘違いをしてると考えた方がいいだろう。

 結論が出た瞬間、目の前が暗くなった。

「全く……お嬢様は。他の目がありますからね。しばし我慢してください」

「ちょっと」

 輪廻は袋の中でバタバタと手足をもがいた。あとの二人が後ろから頭から袋を被せ、担ぎ上げたのだ。

「これ誘拐でしょー」

 袋の中で叫ぶが全く外には聞こえていない。

「あぁお嬢様。この袋は防音加工されていますから、中から叫んでも無駄ですよ。大人しくしてください」

 その言葉に、袋の中のお嬢様は袋から出たらぶん殴ってやると決意したのだった。

 しばらくして袋の中に光が射し込んだ。開放されたのだ。さっきの爺を殴ってやろうと辺りを見渡すとそこには誰も居なかった。袋を開けたと思われる男だけが、そそくさと走っていくのが見えた。

 辺りは広く、大きな柱が何本も天井を支えている。自分が立つ足元には細く長い赤いカーペットが敷かれ、その先に一人の男が立っていた。視線が合うと同時だった。

「おお~。ミサよ。今までどこに行っていたんだい?」

 男は言いながら抱きついて来て、その顔に生えている立派な髭を押し当ててきた。

「い……痛い。し、気持ちワル。離しなさい」

 輪廻が必死で言うが男はお構いなしだった。

「こっのぉ……」

 だんだんイライラしてきた輪廻は叫び、その右手が髭の男の顔面を捕らえていた。

「止めろって言ってんでしょーがぁ」

 その顔面をぶん殴り、男を吹っ飛ばしたのだ。

「あぁ国王様」

 柱の影から先程の白髪の老人が出てきた。ここで輪廻は聞き返していた。

「国王様……?」

「お嬢様。自分の父である国王様を殴り飛ばすとは何事ですか」

「そっちが悪いんでしょうが」

 輪廻は吐き捨てるように言った。

「それに言葉使いが汚すぎます」

「なっ……」

 それに輪廻は絶句してしまった。輪廻は元はお嬢様だ。言葉使いも綺麗だった。それが今はどうか。夜見と過ごす様になってからはそんな事は全く気にしなくなったのだ。それに以前ベルゼブブに「お前ら似てきたな」と言われたことがあった。それは仕草や言葉使いなどだ。一緒に過ごしていれば似てくるのは当然だ。自覚は全くなかったが、言われて少し嬉しかった気がする。それを汚い呼ばわりされたら黙っていられなかった。

「別に貴方たちに関係ないでしょ? それに私は貴方の娘ではありません。勘違いしてるって」

「まだそんな事を言いますか。じいやは悲しいですぞ」

「誰がじいやよ。気持ち悪い」

 輪廻は舌を出し、思い切り馬鹿にしてやった。それを見た国王とじいやは目を丸くし驚いている。そんなやりとりをしているとドーンと大きな音がした。

「今度は何よ?」

「まずい。あやつが来おった。お嬢様、逃げるんじゃ」

 城がグラグラと揺れる。天井からはパラパラと砂が落ちてくる。

「もぅ。なんなのよここは」

 輪廻は呆れ、とりあえず言われるがままに綺麗な金髪と着物を振り乱して走りだした。

「どこまで行くの? ってかこの地震長くない?」

 息も切れ切れに皆走っている。

「これは地震などではありませぬぞ。あやつの仕業です」

「だから、あやつって誰よ?」

「何を言っております? お嬢様を嫁に、結婚を申し込んで来た魔族です」

「ハァ?」

 当然ながら輪廻には心当たりなど全くない。しかしここまでの情報から考えるに、かなり面倒くさい事に巻き込まれたのは間違いないと思った。その瞬間、走る回廊の壁の右側が吹き飛んだ。土煙がもうもうと立ちこめ、そこから一人の人物が姿を現した。

「見ぃーつけた」

 呑気な口調で男は言った。

「くっ。追いつかれたか」

「もう逃げられないぞ。大人しくミサを渡せ」

「貴様のような、ならず者に大事な娘はやれん」

 グロリーは叫んでいた。

「このクロヤシャ様の嫁になるんだ。これほど喜ばしいことはないと思うけど」

 クロヤシャと名乗った男は、まだあどけなさが残る少年のようだった。黒い短髪の髪を逆立て目つきは鋭く、黒いコートを身に纏いその左手には闇より黒い一丁の拳銃が握られていた。

「黙れ。こんなこともあろうかと傭兵を雇ったんだ。皆の者であえー」

 グロリーが叫ぶがその声に反応する者は誰一人としていなかった。

「あ~言い忘れてたけど、ここに来る前に変な奴がいっぱいいたから掃除しといたよ? 偉いでしょ?」

 子供が親に褒められるのを待つように、無邪気な顔をしクロヤシャは微笑んでいる。

「ぜ……全員……殺したのか?」

「正当防衛だよ。むこうが襲って来んだし」

 悪びれる様子もなく、それが当たり前だという表情をしている。実際にそれが当たり前なのだ。ここは魔界。強さだけが全て。

「さっ。ミサ行こうか?」

 クロヤシャは笑顔で右手を前に出した。

「あんたが誰かは知らないけど、私はミサじゃないし行かない」

 輪廻はクロヤシャを見つめ凛とした態度と声を発した。それに対してクロヤシャは輪廻に近づいてヒソヒソと言う。

「何言ってんだ? ミサじゃないか。早く行かないとこっちの計画もあるんだよ。さぁ行こう」

「計画?」

 呟き考えた。何か違和感がある。言葉では言い表せれないがこの状況に。

「……わかった。行こう」

 輪廻はその違和感が何なのか確かめる為にこの誘いに乗ることを決心した。

「ミサ。何を言っているんだ。戻りなさい」

「私が貴方の言うことを聞く理由はないわ。それに私はミサじゃないし」

「ふふ。そういう訳だ。国王様」

 ここで輪廻はふと思いだした。

「あぁ、お願いがあるんだけど。たぶん、その内ここに黒いローブを着た人が来ると思うから心配しないでって伝言よろしく」

 輪廻はそう言い残してその場から消えた。

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