第30話 疑惑
「で? どこまで行くのよ?」
クロヤシャという魔族に問いかける。輪廻は何か違和感を感じてついて行くことにした。その先に何があるのか見極めるために。
「あの見える山に行く。そこに家があるんだ」
クロヤシャの視線の先を見ると、遥か彼方にそびえ立つ高い山が見えた。
「で? どうやってあそこまで行くの?」
再び問いかける。さすがに距離が遠すぎる。まさかここから歩いていくと言われたらどうしようかと輪廻は内心どきどきしていた。
「それは僕の能力を使うのさっ」
そう言うと拳銃を取り出した。そして山に向けて拳銃のトリガーを引く。ドンという音が辺りにこだまし、よく見ると目の前に弾丸が止まっていた。
「さっ。行くよ」
「行くよと言われても……」
輪廻がこれからどうして山まで行くのか悩んでいるとクロヤシャは輪廻の身体を持ち上げた。
「ちょ……っと」
「別にいいじゃなか。結婚する相手なんだし」
クロヤシャは普通の顔をして言った。それを聞いた輪廻は思いだした。そうだった。こいつはまだ勘違いをしているんだ。
「それに弾丸の上に乗るから僕じゃないと無理だし、しばらく大人しくしておいて」
そう言うとクロヤシャは輪廻を抱えたまま小さな弾丸の上に乗った。そして弾丸は動きだした。みるみる内に景色は変わりどんどんスピードは早くなっていく。
「あれ? このスピードでも平気なんだね? もっと怖がってくれると嬉しかったんだけど」
つまりは怖がって抱きつかれたいと言うことなのだろうと輪廻は思った。
「悪いけどこの程度じゃ無理ね」
言って軽くクロヤシャの顔を叩いたのだった。
降り立つと、そこは何もない山の中の小屋だった。自然溢れる森の中。近くには湖があり、とてものどかな場所だった。
「いつ来てもいい場所でしょ?」
クロヤシャは笑顔で言った。
「……」
輪廻は思うことがあったが口には出さなかった。ここに来て違和感は確信へと変わり、一つの答えが導き出されたのだ。
「言っておくけど私は貴方とは結婚しないし、私は貴方の思っているお嬢様ではない。人違いよ」
まだそんなことを言うのかと、クロヤシャは溜め息をつき顔を近づけ輪廻の顔をマジマジと見つめた。するとその表情が少し曇った。
「あ……れ? ミサって右の瞳の色、紅かったっけ?」
輪廻は何も答えないでクロヤシャを見つめ返していた。
「……嘘。本当に別人?」
今度は輪廻が溜め息をついた。視線を外し、下を向いてから再び顔を上げクロヤシャの目を見据えて答えた。
「だから最初から言っているでしょ? 私は輪廻。貴方の言っているミサさん? とは全くの別人よ」
その言葉にクロヤシャは頭を抱えてしゃがみこんでしまった。まさか自分が好きな相手を間違えるなど露ほどにも思っていなかったのだ。
「ありえない……。僕がミサと他の人を間違えるなんて……」
「……そんなにミサさんって人と似ているの?」
「似ているってレベルじゃない。丸っきり同じなんだ。まるで妖族の転生前と後みたいな」
そこまで言われると見てみたいなと思った。妖族は死んでもその姿形は変わらない。まったくの同一だ。クロヤシャはそれほど同じだと言いたいのだろう。
「まぁとりあえず別人だと理解してくれて助かったよ」
クロヤシャは深い溜め息をついた。それはあることが理解できなかったのだ。
「……なんでついて来たんだ?」
その質問は当然だった。必死に抵抗すればここに来ることはなかった。しかし輪廻は抵抗することなく自分の意思でここに来た。
「ちょっと確かめたいことがあってね」
輪廻は答えクロヤシャを見ながら不敵な笑みを浮かべた。
「……今あんたがミサじゃないってさらに確信したよ。ミサはそんな意地悪そうな笑い方はしない」
「誰が意地悪よ。失礼ね」
しゃがみこんでいるクロヤシャの頭にゲンコツをお見舞いした。
「ぐがっ……」
唸り、両手で頭を抑えて痛みに耐えている。
「……あとミサは……こんな暴力女じゃない」
それを聞いた輪廻の顔から笑みが消えた。
「なんですって……」
クロヤシャは踏んではならない尻尾を踏んだと思い、一瞬で距離をとり安全を確保しつつなだめた。
「嘘です。今のは口が滑ったと言うか……なんと言うか……」
「滑ったってことは本音ってことでしょう?」
「いや……それも嘘ですごめんなさいー」
輪廻の髪は逆立ち修羅の如く凄まじい顔をしていた。同時に気が出ていた。それを見たクロヤシャは真面目な表情をし目を丸くして逃げるもの忘れていた。
「神……気? なんで天界の天使が魔界のこんな所に……」
今までのおちゃらけた雰囲気はどこへやら。クロヤシャは幻を見るかの様に輪廻を見つめていた。それに気づいた輪廻は気をおさめる。
「詳しくは言えないけど……私は天使じゃない」
「天使じゃない……? ワケありってやつ?」
「まぁそんなところね」
笑みを見せ答えた。
「魔界なんかで何やってんの?」
クロヤシャはあぐらをかいて輪廻を見上げ聞いた。天使ではないにしろ魔界の住人ではないことはたしかだ。天界の住人がこんなところに何の用なのか純粋に興味が湧いたのだ。
「人を探しているのよ」
「人探し?」
信じられないとばかりに聞き返していた。わざわざそれだけの為に魔界に下りてくるなど意味がわからなかった。
「そうよ。最初あんたがそいつかと思ったんだけど、どうやら違ったみたいね。あんた、ロッドエンドって名前の魔族を知らない?」
クロヤシャは手を顎に当てて記憶を引き出す。
「ロッドエンド……ロッドエンド……ロッドエンドねぇ……いや、聞いた事はないな」
「そう」
さして期待もしていなかったので輪廻は一言で返す。しかしクロヤシャは「でも」と言葉を続けた。
「ここから山を更に二つ越えた所に、変な奴がいるというのは聞いた事がある」
「変な奴?」
「あぁ。恐ろしく強いくせに洞窟から一歩も出てこないんだとさ。噂が噂を呼び、そいつに挑む者は多いって聞くけど、全員が生きて帰った来た事はないらしい」
「ふ~ん。あんたはそいつに挑戦しないの?」
「する訳ないじゃん。そんなやばそうな奴を相手に出来ないよ。そんな奴に挑むのはせいぜい《地獄道》の連中だ。それにそいつが【銀魔邪炎】だって言うやつもいるしね」
「【銀魔邪炎】?」
「あぁ。なんでも黒い炎を操るとか」
「へ~」
輪廻はそれが【銀魔邪炎】でないことを誰よりも知っている。しかし黒い炎の単語が少し気になった。あれは夜見だけの能力のはず。他に使える者がいるとは思えない。
「ありがと。そいつがロッドエンドの可能性もあるし調べてみる」
クロヤシャは「どうぞご勝手に」と言い、また頭を悩ませた。理解出来ないのだ。神気を操る者が魔界にいる。それがどれほど異質な事か「う~ん」と腕を組み悩んでいる。
「ここは魔界でしょ? 何が起きても不思議はないはずじゃない?」
「それもそうなんだけど…」
それでも煮え切らない思いというのは存在するのだ。しかし、いくら考えても答えは見つからずにクロヤシャはゴロンと仰向けになり諦めた。
「も~訳わかんないよ」
それを輪廻は上から覗きこみ「わからなくていいんだよ」と答えた。髪を少しかき上げながら優しい表情でクロヤシャを見下ろす。ミサとは少し違う雰囲気のある輪廻を見てクロヤシャは耳が赤くなるのを止められなかった。
「じゃ……じゃあ、もうあんたに様はないな」
身体を起こし輪廻の方は見ずに早口で言った。
「まぁそうね。私は目的を達したし帰らせてもらいます」
「どうぞご勝手に」
その言葉に輪廻は眉を細めた。
「ちょっと、送ってよ」
「はぁ?」
この女は何を言っているんだと思ったがそれは至極当然な要求だ。ここに連れて来たのはクロヤシャで、しかも間違えで連れて来てしまっている。普通ならば謝罪と共に送り帰すのが当然だ。しかしクロヤシャは拒否した。
「断る」
「なんでよ? 貴方が連れて来たんでしょ?」
輪廻の言うことはわかっている。しかし頑なに拒否した。もう輪廻を抱きかかえて弾丸の上に乗るなど恥ずかしくて出来ないのだ。それを知られたくはないクロヤシャは平静を装った。
「とにかく駄目だ。この湖のほとりをずっと歩いて行くと一本の道がある。そこを下って行けば山をおりられる」
目も合わせずに淡々と説明をした。
「無責任ね。いいわよ。歩いて帰りますー」
輪廻は呆れる様に言ってから歩きだした。そんな輪廻の後ろ姿を見つめクロヤシャは呟いた。
「見た目は全く同じなのに性格は全然違うな……」
「もう何なのよ」
輪廻はブチブチ文句を言いながら湖のほとりを歩いて行く。
「そうだ。ここから思い切り叫んだら夜見に聞こえるかな」
夜見の頭には獣の耳がついており、かなり遠くまで聞こえると前に言っていた事を思い出した。息を吸い込み、ゲルの国の方向に思い切り叫んだ。
「夜見ぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいい!」
声は透き通る様に消えていった。しばし呆然とし待っていたが何の反応もなかった。
「さすがに無理か……」
諦め不意に湖に目をやる。
「……綺麗」
思わず口に出ていた。今まで気付かなかったが改めて見るととても広くて水は澄んでおり、霧がうっすらとかかりとても綺麗な湖だった。ときおり魚もはねている。そんな景色を眺めていると霧の向こうに黒い影が見えた。
「ん~?」
輪廻は目を凝らしてその影を見つめた。その影は湖の上をゆっくりと歩いてこちらに近づいて来る。徐々にその姿があらわになってくる。その姿は龍と馬を混ぜたかの様な姿をしていた。
「馬?」
その獣はゆっくりと自分に近づいて来る。しかし輪廻はその獣を見つめたまま動かなかった。気も纏わずにただ見つめていた。敵意は感じられない。むしろ友好的な目をしていると輪廻は思い声をかけた。
「……貴方この山に住んでるの?」
その問いに獣は首を振った。言葉が理解出来ている。かなり知性の高い獣だ。
「なら、どうしてこんな所にいるの?」
輪廻は優しく問いかけた。獣は輪廻の目の前まで来て止った。輪廻はゆっくりと右手を獣の顔へと近づけていく。獣は真紅の目で輪廻を見つめている。そして手が顔に触れる瞬間、目を閉じ顔を撫でられた。輪廻が優しく微笑むと獣は目を開け、百八十度方向転換した。どうしたのかと思い、見つめていると獣は振り返り、輪廻を見つめ返した。
「……もしかして……乗れって言ってるの?」
その問いに獣は声を出す。その声は高くギリギリで聞き取れる範囲だった。獣はしゃがみ、輪廻は迷うことなくその上に腰を下ろした。それを確認した獣は立ち上がり、鳴き声を上げて走りだした。背の上は高くとても見晴らしが良かった。それに加えてこのスピード。まるで風になったかの様な感覚で輪廻は終始笑顔だ。それを知ってか知らずか、獣は更にスピードを上げて走って行く。不意に輪廻はフワッという感覚がした。下を見ると信じられないことに空を駆けていたのだ。
「凄い。貴方、空を走れるのね」
その言葉にひと鳴きすると、勢い良く旋回し山を急降下しだした。
「あははは。最高ぉー」
輪廻はまるで何かのアトラクションに乗っているかの様に髪をなびかせ楽しげに笑った。
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