第31話 音符

「ん? あれは――」

 リリスは空を飛ぶなにかを捕えていた。それは人が人を抱えていた。

「どうされました総隊長?」

「なんか人が空を飛んでいたもので」

「はぁ。別に珍しいことではないでしょう?」

「それはそうなんですが、抱えられていた人がいたんですがどこかで見たような……」

 リリスは腕を組んで記憶を探る。しかしいくら思い出そうとしてもまったく思い出せなかった。

「ただの勘違いでは?」

「そうですかねぇ。まぁ今はそれよりも優先することがありますしね。ではサンダルフォン、何か情報を掴んだようですね。話してもらえますか?」

「はい」

 サンダルフォンは自分の情報を話だした。そして――。

「その情報源はどこからですか?」

「……」

 なんと答えればいいのだろうか。すべてを話せばそれは否定されるだろう。しかしサンダルフォンはこの情報が真実だと確信している。

「あの店の、客が話しているのを聞きました」

 嘘は言っていない。

「そうですか。まぁあくまでも噂、ですからすべてを鵜呑みにしては危険です。しかし行ってみる価値はあるでしょう」

「しかし総隊長、この情報の危険性は?」

「私たちがここにいるというのは一般的に知られてませんし、そもそも私たち天使を罠にかけようと思う人がここにいるとは思えません」

「……」

 そう聞いたとき、サンダルフォンは言い様のない不安に襲われた。しかしそれを押し殺す。

 大丈夫だ、あのサマエルがそんなことを――。あのころから随分と時間が経っている。そして変わっている。変わりすぎているほどに変わっていておかしくはない。今、あれがサマエルだとして、何を考えているのかは誰にもわからない。それでもサンダルフォンは信じる方を選択した。

「行ってみましょう。せっかく掴んだ情報ですし、これが何かのきっかけになるかもしれません」

「むぅ……」

 タルシシュはなにやら納得のいかない様子だったが、仮に罠だっとしてもこのメンツだ。総隊長の強さは折り紙つき。負けるはずがない。

「大丈夫ですよタルシシュ。危険なことはしません。私もその情報が百パーセント正しいとは思ってませんし、ちょっと様子を見に行くだけですよ」

「はぁ」

 何も問題はない。タルシシュ自身もそう思う。それでも何かが引っかかったが上司の意見にたてつくマネはしない。そしてしばらく話し込んでいて方向性が決まった時だった。建物が揺れた――。

「おや?」

「何事っ?」

「……」

 まるで何かが落ちたかのような衝撃だった。三人とも外に出て様子を窺うと遠くに見える城から煙が出ていた。

「なにかあったんでしょうか?」

「あれは……」

 リリスは城を見つめて何かを感じ取った。

「あれは――結界?」

「え? そんなものどこにあるんですか?」

 タルシシュやサンダルフォンには見えていない? しかしリリスはそれを感じ取っていた。そして口元が嗤う。

「ふふふっ」

「総隊長?」

「いえ、なんでもありません。あちらはあちらの事情があるのでしょう。私たちはサンダルフォンの情報の方を先に済ませるとしますかね。明日、明朝、ここを出ます」

「はぁ」

 二人は顔を見合わせて首をかしげる。何やらリリスは上機嫌だ。頭の上に音符のマークが見えた気がした。

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