第33話 偽りが暴かれる頃
クロヤシャは自分の目が信じられなかった。どうしてこの男は避けれるんだ? これまで十発の魔弾を使ったことはなかったし、それ以下の魔弾で十分すぎるほどだった。しかし十発の魔弾を使ってもこの男には通用しない。焦りがじりじりと滲みよって来る。しかしついにその時は来た。十発の魔弾が見事な配置で夜見を囲ったのだ。
夜見は足を止めた。
「はははっ。もう逃げ場はないぞ」
「……」
その言葉にも焦ることなく夜見はクロヤシャを見据えていた。
「何なんだ、その余裕は……。死ねぇッ!」
叫び、それに反応し魔弾は動いた。その瞬間、魔弾は黒い炎に包まれ消えた。炎は夜見の周りを囲っている。
「……」
クロヤシャは理解出来ずに目を見開き、目の前の光景を見つめていた。黒い炎が出現した爆風で辺りは風が吹き荒れ、夜見のフードはとれて銀の髪があらわとなっている。
「く……ろい炎に……銀髪……?」
伝承。その髪は銀髪で獣の耳と尻尾を持ち、独自の気と黒い炎を自在に操るとされる。しかし矛盾があり、誰も姿を見たことがないと言われている。それは出会った者は命を奪われ、通った後には何も残らない。全ての理は意味をなさない。それが【銀魔邪炎】の伝承。
余りにも有名な話だが、誰も実在するなど思ってもいない。しかし今、クロヤシャの目の前には、その伝承の中に登場するであろう人物と同じ存在がいる。銀髪で黒い炎に獣の耳を有する者が。必死で頭をフル回転させて考えていると、その者がゆっくりと近づいてきた。クロヤシャは銃口を夜見に向けるがそれでも夜見は歩いて来る。その距離はどんどんなくなり、やがて銃口が夜見の目の前まで迫った。
「何をしている? 撃たないのか? 絶好のチャンスだぞ?」
「く……」
クロヤシャは撃てないでいた。わずかに手が震える。銃口は夜見の口の前だ。当たる。この距離なら絶対にあたる。しかし――。
「何をためらっている?」
「う……うるさい」
クロヤシャは叫び拳銃のトリガーを引く。魔弾は放たれた。夜見の口めがけて。
魔弾が発射される音と同時にガキンという音が鳴り響いた。銃口からの煙は徐々に風で消えていく。そこには魔弾が貫いた夜見の顔があるはず。煙が晴れ、それを見てクロヤシャは驚愕した。ありえない事が目の前で起こったのだ。夜見は魔弾を自らの歯で噛み、止めたのだ。
「ふん。所詮こんなものか」
魔弾をまるで魚の骨の様にバリバリと噛み砕いた。もはやクロヤシャの頭には【銀魔邪炎】の文字しか浮かばなかった。
目を外らせず、その光景を見つめていると視線の先にいるはずの夜見が消えた。消えたと思った瞬間、左頬に凄まじい衝撃が走ったのだ。
「が――はっ」
夜見はクロヤシャを殴り飛ばした。衝撃で城の壁に勢い良く激突する。夜見はゆっくりと歩み寄って行く。しかしそこに思わぬ闖入者が現れた。
闖入者。それはよく知った顔だった。しかしそれは輪廻ではない。ミサだった。
「や……やめてください」
声を震わしクロヤシャの前で背を向け、両手を広げた。
「どけ。邪魔するな」
冷たい声だった。
「で……できま……せん」
その顔は恐怖が滲み出ている。それでも立ちはだかった。
「ミ……ミサ……」
「お前も死にたいのか?」
「死にたくありません。でも……この人にも死んでほしくありません……」
「それはなぜだ.?」
その問いにミサは一度うつむき、何かを決意し顔を上げ言った。
「この人が……好きだからです」
それを聞いた夜見は微笑んだ。
「知っている」
その言葉にミサもクロヤシャも目を点にしてキョトンとしていた。
「お前ら今まで隠してきたことがあるだろ?」
そう言われ二人は顔を見合わせていた。
「ふふ。やっぱり夜見も気がついてたのね」
今まで黙って見ていた輪廻が顔をニヤつかせて三人に近づいてきた。
「まぁな。これだけのことだ。不自然と思うのが普通だし、お前が一人で自らこいつの所に行ったからこれは何かあると思ってね」
二人は秘密を共有したかの様に笑っている。そして輪廻が答えを言う。
「今回の出来事は全て二人の自作自演……でしょ?」
しばし沈黙が続きミサが答えた。
「……そうです」
「ミ……ミサ」
「もういいの。貴女の言う通りです。今回の事は全て私たちが仕組みました」
そう告白した直後、この四人ではない声がした。
「どう言うことだ?」
その声の主はミサの父親、国王のグロリー・ゲルハートだった。
「……お父様……。ごめんなさい……。」
走って詰め寄ろうとしたグロリーを夜見が止めた。
「とりあえず話を聞いてやれ」
「う……あ……」
グロリーは頷いた。正直、夜見のことが苦手なのだ。それもそのはずで、自分を脅し締め上げた相手など好きになれるはずもない。そんな父を見てミサは話し出した。
「……私は王女ということが嫌なのです」
「何を言っている」
つい口を挟んでしまい、夜見に睨まれそれ以上は固く口を閉ざした。
「城から一人で出る事さえ許されない。それがとてつもなく嫌なのです。私は特別扱いをされたくないのです。この城に、いやこの国にいる限りそれは無理な話でしょうけど……。私はある時、そんな環境が嫌で一度この国を抜け出したのです」
その言葉にグロリーは「なんてことを」と呟いていた。
「この国を一度も出たことのない私にとっては外の世界はとても輝いて見えました」
夜見の隣で輪廻が共感し「うんうん」と頷いている。
「しかし加減を知らない私は、森の奥深くまで足を踏み入れてしまったのです。当然ながらそこはゲルハートの名が届く訳もなく、私は賊に襲われました。そこで今まで国に、名前に守られていたんだと強く思い知らされました。私はあっけなく死ぬんだと思った時、そこを偶然通りかかったクロヤシャ様に助けていただいたのです」
クロヤシャを見れば胸を張り自慢気にしていた。
「そして私は今、自分が悩んでいる事を全てを水知らずのクロヤシャ様に話したのです。会ったばかりのこんな知らない娘の戯言を、クロヤシャ様は嫌な顔一つせず聞いてくれました。そしてクロヤシャ様は言いました。『とりあえず帰れ。ここはあんたみたいなお嬢様がいていい場所じゃない。命がいくつあっても足りない』と。しょせん私はカゴの中の鳥なんだと思い、諦めようとしたその時『僕が一緒に外を回ってやる。僕が話し相手になってやる』と言ってくれました。思えばその瞬間から私はクロヤシャ様が好きだったのかもしれません」
それを聞いた当のクロヤシャは顔を赤くし笑っている。
「そこから私は色々な場所に連れて行ってもらいました。そして一年が過ぎ、私が十五歳になった時に決意したのです。何もかも捨てて、この人と一緒になろうと。しかし反対される事はわかっていましたので、そこで作戦をたてました。しかし結果、こういうまさかの出来事が起こってしまった訳ですが……」
ミサは夜見と輪廻を見つつ、バツが悪そうに笑いながら言った。
「だからと言ってなぜ国を出るんだ? 城の生活に不自由はないだろ?」
グロリーは夜見のことなど忘れ叫びながら言った。
「城の生活も確かに悪くはありません。皆さん優しいですし信用出来る人たちばかりです」
「ならなぜ?」
「信用は出来ても信頼が出来ないのです」
ミサは出会ったばかりの夜見に言った。信用はしていますが信頼はしていません、と。
「産まれて初めて信頼出来る人に巡り会ったのです。お父様……私はこの人と一緒になりたいです」
ミサはグロリーの目を正面から見据えいる。その目からは、もう逃げないという強い信念が宿っていた。今まで大人しく親の言うことに逆らわずに生きていた。反抗したことなど一度もない。産まれて初めて意見をした。それがどんなに勇気のいることだったのかは考えるまでもない。
「認めてやったらどうだ?」
唐突に口を開いたのは夜見だった。
「しか……し」
グロリーは口ごもっている。そんなグロリーに夜見は周りに聞こえない様に耳元で囁いた。
「このままだと二人でどこか遠い所に行ってしまうぞ?認めてやればそんな遠くに行くこともないかもしれん」
「……う……むむ」
「お父様」
ミサが言う。
「認めてあげなぁ」
輪廻も言う。
「諦めろ」
夜見がトドメの一撃。
「……わかっ……た」
うなだれグロリーは頷いたのだった。その言葉を聞いた瞬間、ミサはクロヤシャに抱きつき目から一筋の涙をこぼしていた。
「一件落着かなぁ」
輪廻はそんな二人を見て呟いた。
「そうだな」
夜見は静かに答えたのだった。
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