第21話 旅路へ
それから更に月日は流れていった。
魔界は果てしなく広い。薄暗く空にはいつも黒い雲に覆われている。しかし光がある場所もある。ここは本当に魔界なのかと思うほど絶景な場所もある。ただただ高野が続く場所もある。村があり街があり都市があり国もある。魔族と妖族が支配する世界、魔界。
ここは魔界の《餓鬼道》のとある森の中。そこに馬車が通っている。一頭の馬が先頭を歩き、その後ろには荷台がある。横が一メートル半。縦が二メートルほどの小さな馬車だ。のどかでのんびりとカラカラと車輪の音を出し進んでいく。その荷台には黒いローブを身に纏った二人の人影が見えた。一人は身体を横にし空を見上げ目を閉じている。もう一人は荷台の前の方に座り、キセルをふかしながら進んで行く方角を眺めている。
不意に馬が足を止めた。
「どうしたの? セバスチャン」
セバスチャンなどと呼ばれるその馬は後ろを振り返り、目で何かを訴えてきていた。それで何かを感じ取ったのか、荷台に座っていた人物は溜め息をつく。
「はぁー……またか……」
荷台から降りようと立ち上がった時、前方の道の両脇から人が現れた。数は五人。身なりは悪く、目つきも悪い。簡単に言うなれば賊だ。魔界は果てしなく広い。昔を生業とする者もいれば近未来、発展途上国の様な場所も存在する。簡単に説明するならば、千年後の世界と千年前の世界が同じ時代を共有している様な感覚だ。今、目の前にいるのは昔のそんな時代の住人。
「死にたくなければ言うことを聞け」
頭であろう男がそんなセリフを口にした。気を全く感じられず、手には刀を握り締めている。
「魔族……」
全ての魔族が気を操れるとは限らない。気を操れる魔族はほんの一部。操れるならこんな事はしないだろう。ローブを身に纏った人物は荷台を降りセバスチャンの前に立った。もう一人の人物は視線を向けることもなく荷台で寝ている。
「よーし。とりあえず金をよこせ」
その言葉に凛とした声で答えた。
「断る。痛い目をみたくなかったら立ち去りなさい」
賊はお互いの顔を見合わせ笑い始めた。
「ははは。口が達者だなー。その口、直ぐに訊けなくしてやる。かかれー」
賊の五人は一斉に向かってきた。それを腰に手をあてて見ている。一人が刀をローブの人物に上から下に振り下ろした。
「あぁ?」
しかしそこに人影はなく、虚しく地面に刀があたる。直後、その男は倒れた。一瞬で後ろに回り込み、肘で首に衝撃を与え倒したのだ。あまりにも一瞬の出来事で他の賊は足を止め、呆気にとられている。ローブを纏った人物は止まることなく、賊の間を光の様な髪色をなびかせスルリ抜けて行った。そして振り向くと誰も立っている者はいなかった。
「まったく……」
溜め息をつきその様を見ていると荷台の方から声がする。
「終わったか?」
欠伸まじりで、まるで他人事の様に興味のない声が響いた。
「少しは手伝ってよ」
不満そうに答える。
「……別に手伝わなくても輪廻なら余裕だと思ったんだよ」
「そんなお世辞はいりません。夜見って本当に卑怯……」
卑怯と言う言葉に笑顔で返す。
「褒め言葉として受け取っておこう」
二人は今魔界を旅している。旅を始めたのは三日前。その目的は言うまでもなくロッドエンドを探してのことだった。
輪廻が家族を失い、復讐を決意した時から八十年の月日が流れていた。ようやくロッドエンドに対抗できる力が身に付いたと夜見が判断して、満を辞してロッドエンドを探す旅に出たのだ。しかし正直なところ、夜見にはロッドエンドの位置がおおよそ分かっている。それでも夜見は行き先を輪廻に決めさせた。方向が間違っていたとしても、何も言わずにその道へと行く。
ともあれ旅は始まったのだった。
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