第4話 ようこそ
目が覚めるとそこは知らない場所だった。広く薄暗い場所。
「ぅ~ん……ここ……どこ?」
思わず呟き部屋を見渡していると不意に声がした。
「お目覚めですか?」
それはまるで生気を感じられない人形の様な女だった。ビックリしたぁ、と思わず叫びそうになる。
「だ……誰?」
「奈落と申します。マスターを呼んで参りますので、しばしお待ちを」
そう言い残し、消えていった。
ますたー、ってなに? と意味がわからずに首をかしげる。しばし呆然としていると悲惨な出来事を思い出してしまった。顔は青ざめ、涙が自然と溢れてくる。全員、死んだ。自分以外が全員死んだ。自分だけ取り残されてしまった。自分一人だけが――。そんな事を思いつつ俯いていると部屋の扉が開かれた。
「よう。目が覚めたみたいだな?」
あの時と一緒で男は気さくに話しかける。
「……はい」
輪廻は少し警戒しながら返事をした。間違いない。あの時の男だ。綺麗な着物に銀髪。
「そんなに警戒しなくてもいい。俺はお前を殺したりしない。殺すならいちいち助けたりしない」
そんな言葉に嘘がないかどうか男のセリフを吟味する。男の言っていることは理解出来る。そして輪廻は再確認をした。あぁ、自分はこの男に助けられたのだと。それがなんだかとても不思議だった。これが初めてのはずなのに、何かが違って感じる。過去に会ったことがあるような、助られたことがあるような気がした。
しかしそんなことはありえないのだ。輪廻は魔界に来たのはこれが初めてだし会ったこともない。それは断言できる。
そんなことを思っていると男があることを尋ねてきた。
「ところでその目なんだが、左右で色が違うのか?」
何かその瞳の色が無性に気になった。何か“知っている”ような懐かしいような気がしたのだ。
「え? あ……あぁそうですね。家族は全員、金色なんですけど私だけ何故か違うんです」
男は「ふ~ん」と鼻を鳴らした。何も思い出せない。漠然と“何か”があるのはわかる。きっと思い出さなくていいことなのだろうと納得した。
「俺の名は夜見(よみ)。お前は?」
「……六道……輪廻」
輪廻はおずおずと自分の名前を名乗った。
「六道?」
思わず聞き返したのは夜見ではなく奈落だった。奈落は右手を顎に当てて何かを考えているようだ。
「なんだ奈落?」
「六道と言えば、あの有名な王族のですか?」
その問いに、輪廻は無言で頷く。
「だからなんだ?」
「マスター……無知にも程があります……」
「いいから説明しろ」
「《六道家》とは、あの御伽噺の元になったものです」
そう言うと夜見が口を挟んだ。奈落の言葉を聞いて思い出したのだろう。
「あぁ……思い出した。【ナイトメア】のことだろ?」
奈落は無言で頷いた。そして夜見は遠い記憶を思い出すかのように語りだす。
「遥か昔、魔界に【ナイトメア】と言う人物がいた。そいつは白く光輝く洸気という気と、妖刀紅桜を操り魔界を支配していたという。その気は全てを浄化し、妖刀紅桜は一振りで無数の桜の花びらの如く斬撃を飛ばし、全てを紅に染めたらしい。その【ナイトメア】が創ったのが、王族の一つ《六道家》だと言われている。実際この話はかなり有名だが信憑性は全くない。俺ですら見たことないしな。ただの御伽噺として語り継がれてきた……訳だが」
夜見は説明が終わるとある一点を見て「う~む」と唸っていた。
「……それ。紅桜だろう? 本物か?」
輪廻が後生大事そうに握り締めているそれ。父にお守りとして渡されたそれ。見た目は普通の小太刀だが異質な感じがしている。
「……わかりません」
「おそらく本物だ。ちょっと見せてくれ」
その言葉に輪廻はビクリと身体をすくませて「嫌です」と即答した。
「別に盗ったりしないから安心しろ」
「嫌です。これは形見なんです。誰にも触らせません」
「でもお前、その刀抜けないだろ?」
「……はい。この刀は代々受け継がれてきましたが誰も抜けないのです」
「そいつには意思がある。お前を主として認めなければ抜けないだろう」
その言葉に輪廻は「意思……」と刀を見ながら呟いた。
「で? お前これからどうする?」
「え?」
「復讐でもするか? まぁ返り討ちに合うだけだろうけどな」
夜見は冷たく言葉を投げる。
「どうして……もう一人も殺してくれなかったんですか……?」
「甘ったれるな。殺したければ自分で殺れ」
そう言われ不服そうにうつむいた。何も言い返せない。だってその通りだから。自分は弱く何も出来ない。自分は――無力だ。
「……俺が鍛えてやろうか?」
「え?」
理解できないとばかりに聞き返していた。
「俺がお前を鍛えてやるよ。その刀が抜けるまで。復讐が出来る力がつくまで。その刀が抜ける頃には、復讐できる強さは身についているだろう。それとも誰も待っていない天界に帰るか?」
な、何を言って――いるんだろうと考え込む。輪廻はうつむき刀を握り締め何かを考えている様子だった。
「お前の考えている選択肢は二つだろ? 誰も待っていない天界に帰るか、家族の後を追って死ぬか……だろ? 視野を広くしろ。その二つの選択肢に悩むならぶっ壊せ。第三の選択肢を作ってそれを選べ。悩むというのは、その二つの答えに納得していないからだ。なら納得できる答えを自分で作るんだ」
その考えは輪廻の中では思いつきもしないものだった。
「生きていくうえで必要なものは何だと思う?」
その問いに輪廻は思わず「え?」と聞き返した。
「答えは簡単だ。憎しみだ。誰かを憎む事で強くなれる。それが生きる糧となる。別に憎む事は悪い事ではない。全員が持っている感情の一つだ。ただそれをどう扱うかだ。あいつを、ロッドエンドと呼ばれた男を憎め。復讐しろ。家族の敵を討て。世の中には敵を討っただけで何も残らないだの相手と同じになってしまうなど言う奴もいるがそれは単なる綺麗事だ。ここは魔界だ。気持ちを正当化しなくてもいい。思うがままに生きればいい。お前は今、何を思う?」
輪廻は父の言葉を思い出していた。その言葉が自分の言葉となって口から出る。
「誰かを憎む事はするなと教わりました。それがどんな事情があってでもです。その感情はあってはならないものだと」
「あってならないもの、ねぇ。ならどうしてその感情がある? あってはならない感情なら最初から存在はしないはずだ。それがあるという事はそれが必要な感情だからだ。お前が何を言われてきて育ったかは知らんがそれは天界の教えだろう? ここはどこだ? 天界か? 違うだろ。ここは魔界だ。力が全ての魔界だ。ここでは自分が思う事を我慢する必要はない。誰も文句は言ったりしない。確かにお前が教わった事も大事かもしれんが、ここではその感情は必要な感情だ。自分に、嘘をつくな」
必要な感情、それは輪廻の心に渦巻いた。その言葉を聞いて考えるのを止める。そして何かを決心したかの様に顔を上げた。その顔には決意が現れていて、そして心の中で別れを告げる。
さよなら――天界――。
前を、夜見を直視して決意を言葉に変える。
「宜しく、お願いします」
夜見は頷き右手を前に出した。
「――ようこそ魔界へ」
輪廻はその右手を見つめ、迷うことなく握り返したのだった。
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