第25話 瓜二つ

輪廻が宿を出て行った後、夜見はまだ一階の酒場にいた。フードの下にある獣の耳をフル活用させ会話を聞いていた。夜見もこういう場所は久しぶりで少し楽しいのだ。会話を聞いていると酒を持って来た店主に話しかけられた。

「お客さん見ない顔だね。旅の人かい?」

 酒を受け取り答えた。

「あぁ、そうだ」

「見たところ魔族か?」

「まぁそうだな」

 半分だけな。とは言わなかった。

「しかし悪い時期に来ちまったもんだな」

 店主は目を閉じて首を横に振る。夜見はそんな店主にチラリと視線を向けて聞き返す。

「と言うと?」

 まるでそう聞いてほしかったかの様に店主は顔をほころばせて、手を大きく左右に開いて話しだした。

「今、この国では一つの話題でもちきりさ」

「それは先程から全員が話している内容のことか?」

 夜見がそう言うと店主は口を歪めた。

「そうだ。全く困った奴がいるもんだな」

「そんな奴は殺せばいいだろ? 王の周りに兵士などいくらでもいるだろ」

「それがそうもいかねぇんだ」

 首を横に振り表情は曇った。

「何か問題でも?」

「そいつがえらく強いんだと」

 ハァと、溜め息を一つ。

「ほぅ。そいつは妖族か?」

「いやたぶん魔族だ。王の兵士が十人束になっても指一本触れられなかったんだ。そいつは立っているだけだったのに、兵士はバタバタと倒れたらしい。それでその時は帰ったらしいが後日、手紙が来てさぁ大変ってやつだ」

 店主は他人事のように言っている。実際に他人事なのだが国の王女が攫われたともなれば、どんな影響がでてくるか少し考えれば分かりそうなものなのだが。

「で? どうするんだ?」

「王は躍起になって気を操れる者を探しているらしい。それもかなりの高額で雇うって話しだ」

「ふ~ん」

「気がむいたら王の城に行ってみればいいさ」

 店主はそう言うとまた厨房に戻って行った。

「どの場所も大変だな」

 夜見は残りの酒を飲み干し、部屋に戻り眠りについた。

 目を覚ますと外は少し暗くなっていて、部屋を見渡すがそこに輪廻の姿はなかった。

「あいつ……どこで何してんだか」

 窓を開け耳を澄ませる。

「近くには……居ないな。全く面倒だ」

 夜見はローブを身に纏い宿を出る。外は少し寒く人影も少なくなっていた。

 あてもなくフラフラと歩いていると見覚えのある姿が目に飛び込んできた。そいつは壁に背をつけ俯いている。周りには人が三人。そいつを囲っていた。夜見は臆することなく歩み寄る。

「おい。何してる? 帰るぞ」

 周りに集っていた三人の男を押しのけ、手をとり半ば強引にその場から連れ出す。

「え……? ちょ……っと」

 訳も分からず手を引かれるがまま足が動く。

「おい。ちょっと待てよ。人の獲物を横取りするんじゃねぇ」

 三人組みの一番体格のいい男が言い放った。

「……」

 そんな言葉を無視して歩いていると目の前に立ちはだかってきた。

「無視してんじゃねぇよ。死にたいのか?」

 夜見は前の男に視線を向ける。

「こいつが何かしたのか?」

「別に。こいつはこれから俺たちと遊びに行くんだ」

「遊びにはいかない。俺が連れて帰るからな」

 三人は声をあげて笑う。

「ははは。お前一人で俺たちに敵うとでも? こう見えても俺たちは魔気を操れるんだぜ」

 酒場の店主が言っていた。王は躍起になって気を操れる者を探しているらしいと。この三人は雇われに来た傭兵みたいなものだ。

「面倒くさいな……。死にたくなければそこをどけ」

 冷たい視線と言葉が男を貫いた。それまで威勢の良かった男の顔は顔面蒼白になり脂汗が滴り落ちていた。その男の横を通り過ぎた瞬間、その男は膝から崩れ落ちていた。

「おい。どうしたんだよ?」

 あとの二人が駆け寄って声をかけた。

「あいつ……やばい。何かわかんねぇけど……やばい」

 夜見はそんな三人組みを振り返ることもせずその場を去った。

「お前こんな時間まで何してたんだ? 夜には戻れと言っただろ?」

「え……? い……や、あの……」

 しどろもどろで何か違和感があったが、夜見はお構いなしに手を引いている。宿に着き部屋に戻ると夜見はベッドに腰を下ろして再び口を開いた。

「で? どこまで行ってたんだ?」

「あ……の……。助けてくれたことには感謝します。でもその……こういうのはちょっと……」

 こいつは何を馬鹿な事を言っているんだと思った直後、夜見はさらに違和感に気づいた。そして、そいつのフードをとって鼻をフンフンと鳴らし匂いを嗅ぎマジマジと見る。

「……お前……誰だ?」

 その姿は輪廻だ。だが別人だった。

「ミサ・ゲルハートと……言います」

 少女はそう名乗り俯いてしまった。しかし混乱しているのは夜見の方だった。

「あ~……っと……。なんつーか……すまん。人違いだったようだ。あんた、俺の連れに瓜二つなんだ」

 苦し紛れに出た言葉はなんとも滑稽なものだった。しばし沈黙が続いた。これはとても気まずい。そんな沈黙を破ったのはミサだった。

「あの……」

 ミサは恐る恐る口を開いた。

「なんだ?」

「そんなに、似ているのですか?」

「あぁそっくりだな。見た目まったく同じだ」

「それなのによく気づきましたね?」

「ん? あぁそうだな。ところであんな所で何してたんだ?」

 曖昧に言葉を回避し質問をする。

「……逃げてきたんです」

 口に出すのも恐ろしいという感じでミサは言った。その先は聞かない方がいいのかもしれないが、ここまできたら聞くしかないと思い夜見は聞いた。何よりも沈黙になるのが怖かったともいえる。

「何から?」

「家からです」

 俯き不安な顔をしている。

「なぜ?」

「私がいると迷惑がかかるからです」

「それはなぜ?」

「私と結婚したいと言う者がいまして……家族はそれに反対でして、それで争いになるんです」

 それを聞いて夜見はどこかで聞いた話しだなと思った。しかしそれがどこでどんな風に聞いたものなのか思い出せない。

「あんた、名前をもう一度教えてくれるか?」

 ミサは軽く首をかしげ答えた。

「ミサ・ゲルハートですけど?」

 魔界において名前と苗字がある者は少ない。大抵が名前のみだ。苗字があるのは偉業を成し遂げた者や国をおさめる王などだ。

「ゲルハート……」

 夜見は呟き何かを考えている。

「ゲル……ハート……ゲル……」

 ハッとした。

「あんたこの国の王族か?」

「そう……ですね」

 なぜ今まで気付かなかったんだと思っていると同時に嫌な予感がした。

「おい……ちょっと待てよ? と言うことは……今、街で話題になっている王女はあんたか?」

「そ……うなりますね」

「なんてこったい……」 

 認めたくない様な顔と声でミサは答えた。そして夜見は頭を抱えた。

「これはとても面倒なことになりそうだ……」

 同時にベッドにドスンと腰を下ろした。

「どういう意味ですか?」

 夜見は深く溜め息をつき答える。

「俺の連れがあんたと瓜二つと言うことはわかっているよな?」

 ミサは無言で頷いた。

「俺はそいつに夜には戻って来いと言った。そしてまだ戻って来ていない。そしてあんたとは瓜二つ。この情報から導き出される答えはなんだ?」

「え……っと。私と……」

 言ってミサはハッとした。

「そうだ。あんたと間違えられて城に連れて行かれたか、そのあんたに結婚を申し込んでいる奴に連れて行かれたか、二つに一つだろうな」

「ごめんなさい。私が城を逃げ出したばっかりに……」

 ミサは身体を折り曲げひたすら謝った。

「ん~謝ってももう遅い。それよりあんたの城に連れて行ってくれ」

「わ……かりました。ご案内します」

 二人は勢いよく部屋を飛び出した。

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