第26話 集めた情報

「なるほど」

 リリスは二人の持ち帰った情報を聞いてそう声を漏らした。三人は木造の宿の一室で静かに話し合いを始めた。

「この国で起こっている事はこの国のお姫様問題。おそらく私が遭遇した者たちはその関係でしょうね。そして少し気になるのが、タルシシュが聞いた変な強い奴。これは……なんなんでしょうね?」

「まったく詳細不明です。変な強い奴、としか情報がありません。どこにいるのかもどんな能力を使うかなど、すべてが不明です」

「なぜ“変”なのでしょうか」

 それは見た目か能力か戦い方か。

「調べてみますか?」

「……」

 リリスは腕を組み目を閉じて考え出した。

 その噂になっている人物が【銀魔邪炎】かロッドエンドの可能性はいったいどれぐらいある? 可能性はとても低いだろう。しかしどんな些細なことでも一つ一つ潰していかなければ答えにはたどり着けない。

「お願いします」

 リリスは凛とした声でそう言った。

「まぁ暇ですしね」

「……総隊長」

 タルシシュは呆れてサンダルフォンは笑った。

「では、その変な奴がどこの誰でどこにいるのかを探ってください。あとこの国で問題になっていることは極力触れ……な、い?」

「総隊長?」

 リリスは最後まで言う前に何かに気が付いた。

「その求婚しているのが【銀魔邪炎】もしくはロッドエンドという可能性は?」

 そこを考えるのを三人とも忘れていた。変な強い奴があまりにもインパクトがあってそっちの方を考えるのを忘れていたのだ。

「可能性は無きにしも非ずですが、変な奴といい勝負ではないのでしょうか?」

 つまり良くわからない。可能性など言い出せばキリがない。

「……疑わしき者は一つ残らず潰しましょうか」

「「了解っ」」

 二人は声を合わせて言った。

 それからサンダルフォンは少し品が良い建物に這入った。そこは木造ではなく立派な鉄を使って建てられた建物だった。少し位の高い者が入る高級料理店。サンダルフォンはリリスにそこで情報を収集して来いと言われたときに一度断った。自分のような者が先輩方を差し置いてそんな高級な店に這入れるはずがないと言ったがリリスに『貴方は少し疲れ気味なのでいい物でも食べてらっしゃい』と言われたのだ。そして最後に『上官命令です』と言われてサンダルフォンは折れる他なかった。

「はぁ、なんで私が」

 溜め息をつきながらもいい香りに鼻孔がくすぐられて食欲がそそる。しかしただ堪能する為にここに来たのではない。一般市民では知らないような情報を得るためにここにやってきたのだ。客はほどほどにいる。静かに聞き耳をたてた。そこから聞こえてくる多数の声を聞き分けていく。

 違う。違う。これも違う。求めている情報ではない。やはりそう簡単に知りたいことを喋っている者などそうはいないかと諦めていると料理が運ばれてきた。とりあえず出されたものは頂くのがサンダルフォンの流儀。一口パクリ。

「……美味しい」

 もう意識は声から料理に移された。特に声に意識をしていなかった。にも関わらずにそれはサンダルフォンの頭に響いた。

『……ロッドエンドは山の洞窟にいる』

 ただ一言そう聞こえた。料理を食べていたサンダルフォンはそれを中断、勢いよく立ち上がり声のした方へと走っていった。

「今の声は――ッ」

 その場所へ到着するとそこには誰もいなかった。ただコップが一つあるだけだった。そこに店員がやってくる。

「あ、あれ?」

 今までここに誰かいたはずなのにと辺りを見渡す。

「すいません。ここに誰かいたと思うのですがどんな人でしたか!?」

「えっ? あー、えーっと、どんな人、と言われましても……」

「なんでもいいんです、教えてください!」

 あまりの気迫に店員はおずおずと喋りだした。

「……女、の人だったと思います。黒いフードを被られていたので顔まではわかりませんが、声は女の人でした」

 それを聞いてサンダルフォンは思い当たる人物が一人いた。テーブルの上のコップを見ると少し水が減っていた。そして水面には何か膜のようなものが見える。サンダルフォンはその現象に見覚えがある。それは、毒だ。

「サ――」

 サンダルフォンは店を飛び出して周囲を見渡すが黒いローブを羽織っている人物は見当たらない。どこだどこだと走り回っていると黒いローブが目に入った。すぐに駆け寄って肩に手をかける。

「サマ!」

「あ? なんだお前」

「あっ――すいません人違いでした……」

 その黒いローブを羽織った男は「ふん」と鼻をならして早々と走り去って行った。

「こ、怖い人ですね……」

 そして正気に戻った。自分はいったい誰の影を見ていたのだろうか。いや、影などでは断じてないし、自分が聞き間違えるはずはない。あの声はサマエルの声だった。

「この国にいるんですかサマ……」

 空を見上げて息をのむ。そこには曇天の空しか見えないがサンダルフォンには天界の空が見えていた。過去の思い出が一気に押し寄せてくる。楽しかったことや辛かったこと、三人で乗り越えてきた現実。

「――良かった……生きていてくれたのなら、どんな姿でも私は……嬉しい」

 顔は上を向いたままだ。元に戻せばこぼれてしまう。このまま上を向いて水滴が蒸発するのを待つしかない。友が、親友が、戦友が、家族が確かに生きている。でもきっとその姿は――。

 それが嬉しいと、そんな姿になっても嬉しいと思う自分は――。

「救いようがない馬鹿なんでしょうか?」

 どうにもこうにも涸れる気配はないようだ。どうせなら雨でも降ってくれればいいのに。サンダルフォンは前を見据え直した。

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