第39話 疑惑の決闘

 予感は悪い方ばかりに当たる。夜見はそれを少し予感していた。そしてそれは現実のものとなる。

「そこをどけ」

 冷たく言い放つ。

「え?」

「どけと言ったんだ。お前が出来ないなら俺が殺してやるよ」

「なにを……」

 輪廻は最初、冗談かと思った。しかし夜見の表情は冷たく、決して冗談を言っている様な顔ではなかったのだ。夜見は邪気をさらに強く纏った。

本気だ。輪廻はそう確信した。そして自分でも信じられない行動に出たのだ。

「何をしている?」

 輪廻は夜見とロッドエンドの間に立ちはだかったのだ。

「こいつは……私が殺さないと意味がない……」

「それが出来ないから、こういう状況になってるんだろうが」

 夜見は間髪入れずに言った。

「最後の警告だ。そこをどけ」

 輪廻自身どきたかった。しかし自分の考えとは裏腹にその身体は洸気を纏った。それを意味することは容易にわかる。

「できない」

 自分の声が信じられなかった。

「――じゃあ守ってみせろよ」

 言い終えた瞬間、夜見は輪廻の視界から消えていた。それでも輪廻は冷静だった。

「わかってる。ここだっ!」

 ギィン、と金属音がこだました。

 ロッドエンドの首に夜見の白夜が牙をむいたが、輪廻はそれを紅桜で受け止めたのだ。

「滑稽だな。自分の敵を守るのか? お前がこの八十年、生きてきた意味はなんのためだ? それを自分で棒に振るのか?」

 二人は目を合わせない。白夜と紅桜が交わっている一点を見つめている。

「わ……私だって意味わかんないわよ」

 消え入る様な声でそう言った。

「お前には無理だったんだ。だからその役目は俺が引き継いでやる」

「自分がやらなきゃ……意味がないって言ってるでしょッ!」

「それが出来ねぇからこうなってんだろうがッ!」

 お互いを弾き飛ばし距離をとる。

「お前に殺しを教えなかったのは間違いだった。命を奪うことに慣れさせていれば良かった」

 それを聞いた輪廻はゾッとした。今まで忘れていたが、目の前にいるのはあの魔界三大御伽噺の一つ、【銀魔邪炎】なのだ。冷徹で野蛮だと天界で教わった事を輪廻は思い出す。

 近くにいすぎて警戒心がまるっきりなくなっていった。ベルゼブブも青龍も言っていたのだ。夜見には気をつけろと。その意味を今、理解した様な気がした。

 輪廻は揺らぐ。

 なぜ、こんな事に……。それは言うまでもなく自分のせいだ。覚悟が足りなかった。復讐するという気持ちを甘く見ていたのかもしれない。あんなに強く誓ったのに……。今の自分を父が見たらなんと言うか。褒めてくれる? それとも怒るだろうか? きっと前者だ。そして後者は今、目の前にいる。

「まったく……ここまで馬鹿だったとは思いもしなかった。あの時の言葉は嘘だったのか? 俺の手をとったのはどうしてだ? 復讐をするためじゃなかったのか? どうしてそいつを守っている? 悩むのはそいつを殺してからにすればいいじゃないか」

 それは本当に最後の警告だった。それは輪廻ももちろん理解している。しかし、それでも輪廻はそこをどかなかった。

「あの時の言葉に嘘偽りはない。今でもこいつを殺したいよ? でも他に選択肢が……」

 言い終える前に夜見が言葉をかぶせた。

「選択肢などない。あるとすればその選択肢は一つだ。一番簡単な問題だ。答えは最初から一つしかない。殺して、終わりだ」

「違う」

 それでも輪廻はそう思った。輪廻はそこである一つの疑問が浮かんだ。

 なぜ夜見はこんなにも急いでいるのだろうか? 少しぐらい時間をくれてもいいはずなのに。何か都合が悪い事があるのだろうか。そして輪廻は夜見の言葉を思い出す。

 こいつは《地獄道》の住人だ。そいつの記憶を書き換えるという事は、こいつの後ろにいる奴はさらにその上をいく。

 それはつまり《地獄道》の住人より更に強い者の存在。そんな人物は限られている。そしてそんな理すら壊す存在を知っている。今思えば偶然が多い気がする。全ての事が偶然であって必然に思えてくる。そう考えたら合点がいく部分もなくはない。いや、でもまさか……夜見が黒幕……?

 その可能性は十分にある。そして一度疑ってしまえば、それはそうとしか考えられなくなっていく。

「一つだけ聞きたい事があるんだけど……」

 輪廻は声を絞り出す様に言った。夜見からの返答はない。そのまま続きを言えという事だ。聞きたいが聞きたくない。どうか自分の思っている答えと違う答えを聞きたい。

「記憶の操作って難しいの?」

 どうかどうかと願うが――。

「……俺には容易な事だ」

 その願いは破られた。

「そう」

 それを聞いた輪廻は紅桜を胸の前で構えた。

「殺させない」

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