第38話 二人の決意

「な――ッ」

 いったい何回驚けばいいのだろうか。サンダルフォンは目の前の光景が信じられなかった。呆然とその二人を見つめることしかできない。しかしそれとは裏腹に声は自然とその二人の名前を呼んでいた。

「サマ! アナ!!」

 そこに立っていたのは良く知った顔の二人。しかし前とは明らかに雰囲気が違う。金髪だった髪は自分の犯した罪のように黒く染まっている。その表情に抑揚はなくまるで屍のようだった。

「まさか――」

「総隊長……」

 リリスとタルシシュは状況を整理するのに精いっぱいだった。

「生きて――生きていたんですね!」

「サン……」

 どうか見ないで。こんな姿になった私たちをどうか見ないで。汚らわしく闇に堕ちた私たちを――どうか赦して。

「あん? てめぇらがなんでここにいんだよ」

「黙れッ悪魔が!」

 サマエルは尖った狂気の声をベルゼブブに向ける。

「てめぇらも悪魔じゃねぇか。何がしてぇんだよ」

「五月蠅い黙れと言ってるだろうがッ。お前の好き勝手にはさせない」

「あん?」

 どういった構図なのか誰もわからなかった。今まで黙っていたアナフィエルがゆっくりと口を開く。

「お久ぶりですリリス総隊長。ここは私たちに任せて先に行ってください」

「はっ?」

「な、なにを言ってるんですかアナ」

「貴女たちはこの先に用事があるはずです。こんなところで立ち止まっている場合ではない。あの日の真相がすぐそこにあるのです」

「けっ。てめぇらなりたてが俺様らを止められるとでも思ってんのかよ」

「とめる? 御冗談を。殺します。この人たちには指一本触れさせません!」

 言うが早いかサマエルとアナフィエルは同時に動いた。サマエルはベルゼブブへ。アナフィエルは青龍へ。

「こ、これはどういった状況なんでしょうか?」

 タルシシュは理解できずにリリスに聞く。しかしそれに答えたのはサンダルフォンだった。

「あの二人は――私の親友です仲間です家族です。たとえ姿かたちが変わっても心までは堕ちなかった……。あの日の真相を明かすために力を求めて……堕ちた」

 自然と涙が溢れてきた。

「二人は、二人は自分を犠牲にしてまで――」

 お前は天界で、私たちは魔界で。効率良くするにはそれが一番いい。

「馬鹿ですよ……。貴女たちは大馬鹿ですよ……」

 涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら俯くしかできなかった。

手柄はすべて持っていくといい。もう自分たちには必要がないものだから。

 リリスは傷心しきっているサンダルフォンの肩に手を置いていう。

「なら、先に行きましょう。きっとこの先に知られたらマズイ何かがある」

 涙を乱暴に袖で拭い頷いた。

「おいおいベル。これはどうした方がいい?」

「あん? 自分で考えろよ」

「ふ~む」

 現状はわかった。自分を犠牲にする姿勢は嫌いではない。だがそれが何だというのか。リリスたちはこの機に乗じて先に進もうとしている。いちいち同情などしていられない。

 ベルゼブブと青龍は容赦なくその拳を振るった。

 ドン、と衝撃波が生じる。

「く――」

 あまりのことに思わず足が止まる。

「サマ、アナ!」

 二人は一瞬にして地面へと屈服していた。あまりにも次元が違いすぎる。

「行かせねぇ、つったよな? 俺様が行かせねぇつったら諦めろよ」

 これで道は絶たれた。これからどうすればいい? 命を懸けてサマエルとアナフィエルはこの場に来たのに、その想いを無駄にしたくはない。

 ベルゼブブが一歩前へと踏み出す。

「総隊長、どうしますか?」

「どうするもこうも」

 やるしかないでしょう、その言葉を待っていた。覚悟を決める。しかしその時だった。

「あん?」

 ベルゼブブは何かを感じ取ったのか翼を羽ばたかせて空を飛んだ。すると同時に舌打ちをする。

「何やってんだあの馬鹿は」

「おいベル、手を出すなって言われてんぞ」

「けっ、そんなん関係あるかよ」

 言ってベルゼブブはリリスたちを放置して飛んで行った。

「あ、あれ?」

 もしかして助かったのか? いや、まだだ。危機は一つも去ってなんかいない。そこには魔界の神がいるのだから。

「なーにやってんだあいつ」

 この場に取り残されて青龍は呆れてものも言えない。一人取り残された青龍は三人と対峙する。

「さて、一対三になったが、動かないことをお勧めする」

「そんな言う事が聞けるとでも?」

「まぁ思わんな。しかしだ。俺はあの馬鹿を追いかけにゃならん。つーことで」

 青龍は右腕を上げる。その右腕にはバチバチと雷が渦巻いていた。三人は危機を感じてその場から離れようとするが青龍の方が早かった。右腕を無造作にブンと振る。衝撃が三人を襲うが何も身体には影響は見られなかった。

 それは辺りを覆っていた。

「これは――」

 雷の牢。三人を囲むようにそれは作られていた。

「わりーけど、本当に少し大人しくしててくれないか? そのうち解放してやっから。俺はあの馬鹿悪魔を追わなきゃならん。放置してたら厄介になるのはアンタらの方がわかってんだろ?」

 これがあの魔界四神の言うことなのだろうか。野蛮で聞く耳を持たずにすべてを壊すと思っていた。

「それに」

 青龍はリリスを指さした。

「お前がリリスか? ならなおさら行くのはやめときな。お前のことは噂で聞いている」

「……」

 リリスは何も答えなかった。

「えらく強いんだってな。だから行くのはやめとけ。まだ死ぬわけにはいかんし、やることがあるだろ」

「……貴方が私の何を知っているというのですか?」

「知らんさ。俺は知らん。だから言っている。それと、その二人は一応生きてるけどよ、そのままにしといてやれよ。見なかったことにしてやれ。仲間を殺すのは、やめときな」

 青龍はそう言い残してベルゼブブの後を追ったのだった。



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