第40話 復讐の天秤

 夜見は無表情だ。驚くこともなく、こうなる事を予想していたかの様な感じで前を見据えている。その時だった。

「手を出すなッ!」

 夜見が叫んだ。その声量は凄まじく、隣の山にまで聞こえそうな大声だった。それでも輪廻は微動だにしなかった。

 手を出すな? 誰に……? そんな事を思っていると夜見は何事もなかったかの様に続けた。

「さっきも言ったよな?」

 その言葉に輪廻は腰を落とし、足に力を込める。

「守ってみせろよ――」

 二人同時に動いた。お互いの立っていた中間地点で凄まじい光が放たれた。輪廻が紅桜を抜いたのだ。そのまま前方へと紅桜を振るう。が、それは空を切った。

「残念。同じ失敗をする訳ねーだろ」

 夜見は輪廻の耳元で囁き、そのままその横を通りすぎて行った。夜見の目的は輪廻と戦う事ではない。ロッドエンドを殺す事だ。

「あっ」

 輪廻は急いで身をひるがえして夜見の後を追った。

「くっ……間に合わな」

 そう判断した輪廻は、左の人差し指を夜見に向けて振った。

「行く手を阻め、縛封槍!」

 すると光の槍が夜見の前方に出現し、その行き先を阻んだ。

「ちっ」

 舌打ちをしてその上を飛び越える。そのわずかな時間によって二人の距離は縮まった。夜見が地面に着地すると同時にしゃがみこむ。その頭上を紅桜が通りすぎていく。夜見は、しゃがんだまま身体をひねり、後ろにいるであろう輪廻に向けて白夜を右から左に振り抜いた。しかしそこに輪廻の姿はなかった。

「上か」

 夜見が見上げると輪廻が紅桜を振り下ろしているところだった。夜見はそれを避けなかった。しかし受け止めもしなかった。普通ならば避けるか受け止めるかの二者選択だ。しかし夜見はそのどちらも選ばなかった。今度は夜見が人差し指を輪廻に向ける。つまり、攻撃。三つ目の選択肢を作り出したのだ。

「な――ッ」

 当然、輪廻は攻撃態勢に入っている。夜見が避けるか受けるのどちらかを選ぶと思っていたが、その予想は見事に外れた。

 反撃がくる。輪廻は攻撃態勢に入っていた。それを無理矢理キャンセルする。夜見の向ける人差し指から、黒い、何よりも真っ黒な炎が飛び出した。二人の距離は一メートルもない。

「当たる――」

 そう確信したが、それでも黙って当たる訳にはいかない。当たればそれはイコール死なのだ。輪廻は洸気を爆発的に放出した。その二つはぶつかり合い、お互いは相殺される。それも束の間。夜見は黒い炎を放つと同時に輪廻の背後に回り込んでいた。洸気を使って防ぐと確信していたのだ。つまり黒い炎は布石。背後から脇腹めがけて蹴りを放つ。それは見事に当たった。

「いったっ――」

 しかし輪廻は腕を落とし脇腹をガードした。それでも勢いを殺せずに吹っ飛ぶ。そのまま洞窟の壁に激突し、もうもうと土煙があがった。

「ふむ。中々悪くなかったぞ」

 夜見は余裕の表情だ。

「さて、っと」

 夜見はロッドエンドに視線をやり一歩踏み出した。その時だった。土煙の中から一筋の光が一直線に伸びる。そしてそれは無数の光の花びらに変わり舞った。

「百花繚乱!!」

 妖刀紅桜。それは一振りで無数の桜の花びらの如く斬撃を飛ばし全てを紅に染める。

「ちっ」

 夜見は後方へと退いた。土煙の中から輪廻がゆっくりと出てくる。

 一度は勝ったのに。あれは本気じゃなかった? 守る相手がいるとどうしても後手になってしまうしこちらが不利だ。

 輪廻はそこである事を思い出した。

「守る? 守るべき者……」

 ぼそりと呟く。そしてロッドエンドを見る。そこにいるのは頬はコケて生気すら感じられない者だった。

「なんでロッドエンドを守っているんだろ……」

 輪廻は復讐を決意し、訓練を積む中でもう一つの思いが出来ていた。それは自分よりも強い人を守りたいというものだった。しかしその対象と自分は今、刃を交えている。矛盾している。輪廻はその二つの事柄を天秤にかけた。今まで天秤にかけるなどという事は考えもしなかったが、それが今がその時だと思ったのだ。そしてその天秤はすぐに傾いた。

「自分の中の優先事項……」

 それが輪廻にはなんとなくであるがわかっていた。だからその結果にも驚きはしなかった。ああ、自分はどこまでも馬鹿なんだと嘆く。

ギュッと紅桜を握り締めて地面を蹴る。それと同時に夜見も地面を蹴った。お互いの中間地点で再びぶつかり合う。

 その瞬間、夜見は見た。

「な――ッ」

 輪廻が紅桜を鞘にしまったのだ。夜見はすでに白夜を輪廻に放っていた。

「この――」

 もう止める事は出来ない。白夜は輪廻の首筋に当たった。その時、夜見の左頬に凄まじい衝撃が走った。

「がはっ」

 そのまま夜見はすっ飛ばされた。

「大丈夫かっ?」

 そう言い輪廻の両肩を掴み、心配そうな顔で見つめてくる。

「え? ベルさん? なんでここに?」

 夜見を殴り飛ばしたのはベルゼブブだった。

「ってゆーか、その姿……」

 ベルゼブブの姿はいつもとは訳が違った。その姿は腰の辺りから漆黒の大きすぎる翼が一対生えている。関節は二つありそれは悪魔の翼だった。そして瘴気を纏っている。禍々しくボコボコと沸騰している様な悪魔の気。

「あ、ああ、驚かせて悪かったな。怪我は?」

 ベルゼブブはそう言って輪廻の首を確認する。しかしそれは当たっただけだった。血はでていない。むしろ皮膚には傷一つついていなかった。

「夜見のヤロー、ついに本性あらわしやがったな。大丈夫だ俺様が守ってやる。あんの糞ヤローがぁぁぁぁぁッ」

 ベルゼブブは夜見がいるである方向に歩き出そうとする。

「あ……ちょ……待ってください」

 輪廻が言うが、その声はすでに聞こえていない。

「ちょっと落ち着けベル」

「あっ! てめぇ、離せコラ青龍」

 そう言って青龍はベルゼブブを後ろから羽交い締めにした。

「青龍さんまで?」

 輪廻はもはや訳が分からなかった。

「どうして二人が……?」

 ベルゼブブは手足をバタつかせながら暴れている。とりあえず落ち着かせる為に輪廻は声をかける。

「ベルさん。もう大丈夫です。今のは私のただの勘違いみたいなものでして……夜見は悪くないんです」

 その言葉を聞きベルゼブブは「そうか?」と言い、おとなしくなった。それで青龍は溜め息をつき力を緩める。

「ん? 勘違い?」

 ベルゼブブは何かを忘れている気がした。しかしそれを直ぐに思い出す。その時だった。凄まじい邪気があたりを包んだのは。

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