第36話 最悪の組み合わせ

 三人は山をいくつか超えてきた。そしてお目当ての山を目視で確認できた。

「あれですね」

「また異様ですね」

「……草木一本生えてませんね」

 それは山と呼べるようなものではないのかもしれない。異様な雰囲気が立ち込めている。おそらく生物はその山には存在しないだろう。それほどその山からは負の気が漂っている。

「さて、気を引き締めて行きますよ」

「はい」

 ここからは戦闘になるだろう。少しの油断が命取りになる可能性がある。それを十分踏まえたうえで赴く。三人が歩き出したときだった。その目の前にソレは現れた。

「はい、ストップー。残念ながらここから先は通行止めだぜ?」

「な――ッ」

 黒髪にさほど高くない身長に鋭い目つき。大きすぎる一対の闇の翼。ボコボコと沸騰したようなその気。

 【暴食の王】悪魔ベルゼブブがリリスたちの前に立ちはだかった。



 遡ること数分前。

「あーあ、こりゃ鉢合わせすんじゃねーの?」

 ベルゼブブは溜め息を吐いた。高い位置から見下ろすその表情はどうするか迷っていた。

「ん~どっすかな~。ど~すっかな~。一人で天使三人を相手にするのはめんどくせぇしなぁ」

 出来ないのではなく、ただ単純にめんどくさいだけ。やろうと思えば全然イケる。

「あれは中級天使か」

 胸元に光るエンブレムが中級天使のそれだった。

「しかたがねぇ。楽をする為だ」

 ベルゼブブは掌を上に向けてフッと息を吹きかけた。すると黒い霧のようなものが放たれて虚空へと消えていった。それは使い魔のようなもの。ある人物へ応援の依頼だ。

「あの馬鹿、自分の管轄だし、まぁたぶん来るだろ」

 数分後。

「んだよベル」

「おっせー」

 そこに現れたのは二メートルはゆうに超える身長。青っぽい緑っぽい髪を後ろへとかきあげている。着ている着物はだらしがないが、その隙間から見える身体は鋼の筋肉で覆われている。

 魔界四神が一人、青龍。

「あれ、見てみろよ」

「あれ?」

 言われて青龍はベルゼブブの指さす方向を見る。

「あれがどうかしたか?」

 何もわかっていない青龍にベルゼブブはイラつく。

「あれは天界の天使だ。階級は中級天使」

「は? なんで天使がこんなとこにいるんだよ?」

「実はかくかくしかじかでな」

 ベルゼブブは事のいきさつを簡潔に説明した。

「ふ~ん。で、俺に手伝えと?」

「そゆこと。ここはお前の管轄だろーが。少しは仕事しろよ。それに夜見には借りがあるだろ。今の内に返した方がいいんじゃねぇのか?」

 その借りというのは夜見が【銀魔邪炎】だと輪廻に言ったことだ。夜見はさしてそこまで怒っていなかったが、気がかわって気まぐれで暴れだしたら手を付けれなくなる。だから青龍は頭をぼりぼりと掻いた。

「で? 俺は何をすればいいんだよ?」

「あの天使三人を足止めする。殺す必要はねぇよ安心しな。輪廻の用事が終わるまでだ」

「ふ~ん。お前、ほんとになんつーかアレだな」

「あん?」

「なんでもねーよ。相変わらずの忠誠心だ、つったんだよ」

 そう言われてベルゼブブは「けっ」と嫌な顔をした。




「【暴食の王】――ベルゼブブッ!」

 三人はすぐに戦闘態勢に入った。それを見てもベルゼブブはまったく同様しない。

「俺様ばっかり気にしてていいのかよ? 後ろを見てみな? スペシャルゲストだぜ」

 指をパチンと鳴らして指をさす。三人はその方向へ同時に振り返ってさらに驚愕する。

「冗談でしょう……」

 そこにいたのは紛れもない魔界四神の青龍。

「あんたらには悪いんだけどさ、ちょっと大人しくしといてくれないか? そうすれば命まではとらないからよ」

「……」

 絶句。何も言葉がでてこない。思考は完全に停止する一歩手前だ。ベルゼブブと青龍に挟まれた? 最悪の組み合わせだ。生きて帰れるとは到底思えなかった。しかし青龍は言った。戦う意志はない?

「ど、ういう事ですか? 貴方たちの目的はなんです?」

 リリスは平静を装って質問をする。

「そんまんまの意味だぜ? そこで大人しくしてな。この先に行かせねぇぜ?」

「この先に何があると言うのですか?」

「てめぇらが知る必要はねぇ。そこで大人しくして生き延びるか、戦って死ぬかだ」

「出来ることなら戦うのは面倒だ。悪いようにはしない。大人しくしていろ」

「く――ッ」

 随分と違和感のある言葉だらけだ。この二人が戦うことを良しとしていない? それはなぜ? ここで戦うと何かマズイことがあるのだろうか。

 しかし戦って勝てる相手ではないのは事実だ。ここは大人しく言う事を聞いていた方がいいだろう。そんなことを思った瞬間だった。自分たちとベルゼブブの間に割って入った人物が二人いた。


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