第23話 ゲルの国

 もはや溜め息をつくしかないし、溜め息しかでなかった。

「はぁ……」

「なんだよ? あんなに待ち焦がれていた復讐の旅だぞ? もっと喜べよ」

「復讐の旅って……ネーミングセンスないなぁ」

 そんな事を言う夜見を輪廻は睨んだ。

「これで七回目よ? 賊に襲われるの。最初はこれも魔界の醍醐味だと思ってそれなりに楽しんでたけど……限度ってものがあるのよ」

産まれてから約百年。王族の寿命は三百年。百年で大人と認められると以前輪廻は話していた。出会ってから八十年ちょっと。見た目はそんなに変わっていない。ただ、少し背も伸び肉付きが良くなったぐらいだ。夜見にとって三百年という歳月はあまりにも短い。その三分の一の時間を訓練に費やすことが、どれほどのことか分かっていない訳ではなかった。しかし輪廻は普通の王族とは違う。それは洸気の存在だ。夜見は洸気を身につけたから寿命は比較的長くなるだろうと予想している。

「まぁいいじゃないか。もう少しで町に入るだろうし」

「そもそもなんで旅のスタートが森の中なのよ?」

 夜見が旅の始まりに選んだのは《餓鬼道》にある名もない森の中だった。それが輪廻には納得いかないようだ。

「まぁいいじゃないか。この近くにいそうな雰囲気なんだよ」

 最初だけ目的地を夜見が決めた。それはなるべくロッドエンドの近くの場所に行くためだ。しかしそれを悟られてはならない。行き先は輪廻が決めると言ったが、夜見が横から口をさりげなくだし誘導しているのだ。あくまで自分で決めさせたかの様な誘導だった。

「もうすぐ小さな町が見えてくるはずだ。そこで情報を集めよう」

 輪廻は夜見をジトリと見つめる。内心穏やかではない。

 二人は八十年も一緒に生活をしてきたので、なんとなくではあるが相手の考えそうな事が分かるのだ。

「で? どんな町なの?」

「たしかゲルという町だったか。それほど大きくはなく、どこにでもある普通の町だな」

 それを聞いた輪廻は「ふーん」と返事を返す。

 森を抜けるとそこは巨大な壁に覆われていた。辺り一面を壁が囲っている。その範囲は広く、町ではなく都市と言う言葉の方が似合う。

「どこから入るの? ってゆーかこれがどこでもある町?」

「う~ん……こんな壁あったっけかなぁ? というよりこんなにデカかったか? 俺が知っているのは随分と昔だし、あれから発展したんだろう」

 二人はそびえ立つ壁を見上げる。するとセバスチャンは歩きだした。セバスチャンは見た目は馬だが知性は高く、ナビゲーターの役割ができるのだ。そして少し移動した所に門があった。

「お? あったな」

 そこから町中に入ろうとした時、門番に止められた。

「旅の者とお見受けする。この国に何用であるか」

 門番は凛とした声と態度で問いかける。

「国? ここは国なのか?」

「そうだ。一昔前に国になった。それで? 用は?」

 夜見の記憶では町だった。しかしそれも遥か昔のこと。時代は変わり、町は発展し都市へ国になったのだ。しかし国といってもその規模は小さい。出来たての国で発展途上の途中といったところだろうか。

「用? 旅をしていたら町があった。だから寄ってみる。じゃ駄目なのか?」

「駄目ではない」

「はっ?」

「お主らからは争いの匂いはせぬ。通って良い」

 二人が呆気にとられているとセバスチャンは再び歩き出した。

「……なに今の?」

「さぁ……? 変わった国だな。門番の意味あるのか……?」

「今の人きっと犬で鼻が効くんだよ」

「なら尚更、俺を通したらまずいだろ?」

「あ……そっか」

 そんな会話をしていると、どんどんと中へ入っていた。そこは活気が溢れとても賑やかな場所だ。夜見が隣を見ると輪廻は目を輝かせていた。

こいつ復讐するってゆー目的忘れてないか? と夜見は思う。その目は完全に楽しんでいる目だった。

 しかしその視線の先に目をやると夜見の方が釘づけになっていた。そこには色とりどりの果物が山ずみにされていたのだ。セバスチャンはそんなことはお構いなしで歩を進めて行く。そして一軒の建物の前に止った。そして振り向きブルルルルと鳴いて首を振っている。ここがオススメの宿だと言うことだろう。夜見は荷台から降り、背伸びをし首をゴキリと鳴らす。扉を開こうとした時、勝手に扉が開いた。中から人が出てきたのだ。

「やぁ。うちの宿にお泊りかな?」

 出てきたのはこの宿の店主だろう。白髪混じりの髪と髭で、腹に脂肪を蓄えている格幅のいい男だ。

「あぁ。部屋を都合して貰えるかな?」

 その言葉に「もちろん」と満面の笑みを返してきた。

 建物は木造だが古くはなく綺麗な造りをしていて、四階建てで一階は酒場になっている。部屋は四階の一番奥に通された。窓を開けると見晴らしは良く心地よい風が吹いている。

「これで晴れてたら最高なんだけどなぁ」

 輪廻は呟き、空を見上げている。

「まぁここは光のない世界だからな。その内、光がある場所にも寄るだろうし楽しみにいておけ」

「は~い」

 気の抜けた返事をしベッドに寝転ぶ。しかしそれもつかの間。

「よし。じゃあ、とりあえず腹ごしらえだな。下の酒場で何か食べよう」

 二人は酒場に降りていく。客の入りは三割程度で賑やかに談笑する声が聞こえてくる。雰囲気は悪くない。適当に注文し待っている間に耳を澄まし情報を収拾する。

「盗み聞きとか」

 輪廻は呆れた視線を送っている。

「街に入ったらまずは情報収拾をするのが鉄則だ。それにロッドエンドの情報もあるかもしれんしな」

「っそ」

 そっけなく返事を返した。それから数分後。

「それで何か面白い話は聞けた?」

「あぁ。とびっきりのな」

 夜見は不敵な笑みを浮かべている。輪廻は無言で右手を差し出し、どうぞのサインをだした。

「どうもこの国の王女に結婚を申し込んでいる変な奴がいるらしい。そいつは余所者で素性は知れず全員が反対しているらしいが、結婚を認めないなら王女を奪うと手紙を寄越してきたんだとさ。だから門番がいたんだ。どこの世界でも馬鹿な奴はいるもんだな」

「それがロッドエンドの可能性は?」

 輪廻は落ち着いた声色で聞く。

「……わからん。が、まぁ一応確認してみようか」

「そうね」

 二人は軽食を済ませ、一息つく。

「で? 今からどうするの?」

 輪廻は酒を飲み干し聞いた。

「とりあえず寝る」

「また? ずっと寝てたじゃない?」

「あれは寝てない」

 屁理屈だと輪廻は思った。

「私一人で行動してもいいの?」

「まぁ問題あるまい。この国は治安は良さそうだしな」

王女を奪うと手紙を寄越してきた輩がいるのを夜見はすでに忘れていた。輪廻はそのことをしっかり覚えていたが、言うと行動できなくなりそうだったので口を閉じる。

「じゃあ行ってきます」

「夜には戻れよ?」

「は~い」

 輪廻は目を輝かせ宿を出た。行き交う人。活気が溢れる街。全てが新鮮で、そこはとても光輝いて見えた。ぐっと背伸びをし、流行る気持ちを抑え呟いた。

「さて、どこに行こう。とりあえず情報を集めるのには中心部かな」

 心躍らせ、足を踏み出したのだった。

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