第45話 妖族化
ただの道が続く。幅は十メートルはあるだろう。道の補整などはされてなく土が剥き出しの道だ。その道の両側には道を囲う様に木がおおい茂っている。どこまで続くのかは不明で景色もずっと同じだ。
「ああ……もう……限界っ!」
唐突に言い出したのは輪廻だった。それに夜見が聞き返した。
「何が?」
「何がじゃないわよ! この状況がよ! 退屈で仕方がない !もう無理。我慢の限界。何があと少しで着くよ。全然つかないじゃないっ!!」
うなだれ気力はないはずなのに、まくし立てる様に叫んでいた。あれから四日の時間が過ぎていた。景色はさほど変わらなかった。森、荒野、森、の繰り返しだ。輪廻の予感は当たっていた。やはり夜見のあと少しは当てにならない。
「あと少しで着くと思うんだけどなぁ」
耳を澄ませて夜見は答えた。しかし輪廻は聞く耳を持たなかった。もう騙されないぞと全否定をする。
「い~や。無理です。今すぐ街に行かないと死んでしまいそう」
それはさすがに大げさだが、輪廻は本気でそう思っている。ずっと荷馬車の上でろくに動きもせずにじっとしているというのが輪廻には向いていない。どちらかというと動き回る方が好きなのだ。それを四日も我慢した。よく我慢した方だと自負できるが、もうここらで限外突破だ。
「おおげさな奴だな」
「私をどっかのいつも欠伸してる誰かさんと一緒にしないでっ」
「誰のことやら」
二人がそんな会話をしていると、ひときわ大きな音がした。それは震動となって二人を襲った。そしてそれは鳴りやむことがなかったのだ。
「え? なに?」
「なんだ?」
何が起こっているのかまったくわからない。ただ進行方向を見ていると、どうも右斜めの方角の森の中からその音は聞こえた気がした。
「あっちの方角だな」
夜見は視線を向ける。輪廻もそれにつられてその方向を見た。
「んん?」
すると森の中の方で土煙が見えた。それはどんどん大きくなりこちらに近づいているような気がした。音も大きくなっていく。ドドドという音とバキバキという音が常に聞こえてくる。それは何かが走り、地面を揺らす音と木々がなぎ倒される音だ。
二人は顔を見合わせて首をかしげた。再びその方向を見た時、一人の女が森から走って出てきた。と思ったら勢い良く道の真ん中で転んだ。
「「ああっ」」
と思わず二人は声を出していた。それを呆気にとられて見ていると、もう一人森から出てきた。正確には一人ではなく一匹だ。
グオォォォゥウと言う叫び声をあげながら森から出てきたのは、人の二倍はあろうかという獣だった。見た目は熊だが耳は二等辺三角形で大きく、頭から背、尻尾にかけて毛が長く、身体は茶色の毛で覆われている。その口からは鋭い長い牙とヨダレが垂れている。
「魔獣……。追われてるのか」
そんな言葉を発したが夜見は動かなかった。
「ちょっと何してんのよ?助けてあげなさいよ」
そう言われ夜見はとてつもなく嫌そうな目で輪廻を見た。なぜそんな面倒なことをしなければいけないのか分からない。死にそうな奴は勝手に死ねばいいと思っている顔だ。
さらに大きな声がした。魔獣が止めを刺さんとばかりに左手を上げ、その爪牙をふりおろしたのだ。その爪牙は止まることなく地面にめり込んだ。しかしそこには血のあとはなかった。夜見は倒れていた女を抱きかかえてその場から救いだしたのだ。
「輪廻。後はお前が始末しろ」
「はぁ? なんでよ」
「俺はこいつを助けた。じゃあお前は?」
輪廻は煙と共に白い溜め息を吐き出した。
「はぁ……」
魔獣は獲物を横取りされたと怒り狂っている。再び爪牙が夜見たちを襲うが、夜見は今度は微動だにしなかった。爪牙が夜見の額に当たろうかと言う瞬間、魔獣の懐の中には輪廻がいた。そして右手を握り締め、魔獣の腹めがけて拳を放つ。
「おおおりゃあああああっ!」
綺麗な正拳は見事にあたり、爪牙は夜見にあたることはなく、魔獣は森の中へと消えていった。
「お見事」
輪廻は鼻を「ふん」とならし手をパンパンと叩いた。これぐらいなら神気を纏わなくても全然余裕だ。
「あ……ありがとうございました」
女は声を震わせ礼を言った。震えているのは声だけではなく身体も震えている。よほど怖かったのだろう。
「まぁ無事で良かったわ」
「助けたの俺なんだが」
「倒したのは私なんだが」
「「こっのっ……」」
しばし睨み合っていると女が再び口を開いた。
「私……緑と言います。本当に危ないところを助けていただきありがとうございました」
深々と頭を下げる緑。
「私は輪廻。こっちは夜見。よろしくね」
「おい。俺の自己紹介までするなよ」
「親切よ親切」
緑と名乗った女は、髪と瞳はその名の通り緑色で身体の線は細かった。
「で? なんでまた魔獣に追われてたんだ?」
その問いに緑はゆっくりと声をだした。
「私……逃げてきたんです」
「は?」
これまたどこかで聞いたことのある台詞だなと夜見は思った。
「なんか逃げて来たって奴と遭遇すると、とてつもなく面倒くさいことに巻き込まれそうな予感がするのは俺だけか?」
チラリと輪廻を見た。目を閉じ息を吐いて輪廻は答えた。
「諦めなさい」
ガックリとうなだれる夜見。ゲルの国ではミサという王女が城を抜け出し、それが原因で面倒事に巻き込まれたのだ。
軽くデジャヴ、いやトラウマになりそうだなと、そんな弱気な事を考えていても仕方がないので、夜見は平然とした態度で緑に聞く。
「ここまで聞いたら最後まで聞いてやるよ。で? なんで逃げて来んだ?」
「私を手にすると命がなくなるんです。前の主人も前の前の主人も私のせいで死にました。前の主人が死に、私は次の主人が決まりそこに向か途中、また同じことを繰り返すのが嫌で運ばれる最中に逃げ出したのです」
私を手にすると……? という表現が若干気になったが夜見は深くは聞かなかった。奴隷としてこれまで生きてきたのだろうと勝手に解釈する。魔界ではそんな事は日常的に行われている。命があるだけでもマシな方だろう。
「んで逃げ出したはいいが魔獣に見つかり追いまわされたと」
夜見が呆れたように言うと緑は無言で頷いた。
「どこの世界も大変だな」
「……はい」
ここで輪廻がとても言いずらそうに口を開いた。
「あの~……っさ。今さらなんだけど魔獣ってなに? 妖族と何が違うの?」
今さらにも程がある。
それを聞くなら神獣麒麟の時はなぜ聞かなかったんだと内心強く思ったが、説明をしたことはなかったかもしれないと思い説明を始めた。
「魔族。妖族。悪魔。魔獣。神獣が魔界にはいる。まずは魔族と妖族の違いだが、魔族は産まれた時から力が強く人型に近い。その分、寿命があってそれは、まぁ色々だがおよそ千年の時を生きる。病気にもかかるし千年生きず死ぬ者も多い。また魔族は稀に魔気という気を操る者がいる。魔気を操ることができる魔族は凄まじく強い。反対に妖族は寿命がない。殺されるまで死なないし、仮に死んだとしてもまた同じ姿のまま生まれることが多い。記憶を引き継ぐかどうかはそのとき次第でほぼ受け継がない。その分、生まれたては力が弱く、長く生きれば生きるほど力は巨大になっていく。妖族に至っては皆、妖気を操ることができる。年経た妖族は魔族よりも強い。次に魔獣と神獣が魔族と妖族と何が違うかと言えば、簡単に言えば言葉だ」
「言葉?」
言葉を話すというのは知性が高い事を意味する。そしてそれは重要なことになってくるのだ。
「魔族、妖族は言葉を言える。魔獣、神獣は言葉、つまりはしゃべれない。大雑把に説明するとこんな感じだ。しかし妖族がまた微妙なんだ。たとえば言葉を言えないが動きまくる植物がいたとする。そいつはしゃべれないから魔獣か?でも植物だから獣ってことはない。そいつは言葉は言えないが妖族に属するんだ。ここでクイズだ。動く石の生命体がいたとする。こいつは何に属する?」
輪廻は腕を組み考え、しばし黙考してから答えた。
「妖族」
「正解だ。しゃべれる奴もいるかもしれないし、いないかもしれない。どちらであろうがそれら二つとも妖族だ。本来、生命がない物だったものが生命を得た場合、そいつは妖族化したとされ妖族に属することとなる。妖族ってのは曖昧であやふやな存在なんだ。さっきの魔獣が言葉を話せたなら妖族なんだけどな」
輪廻は「ふ~ん」と声を漏らした。
「物が妖族化するってよくある事なの?」
「ない。それは奇跡としか言いようのないぐらいのレベルだ。この魔界に存在して何百年、何千年、何万年と経ち、意思を持ちはじめ、ある一つのきっかけがあり妖族化する。と、されているが実際にはよくわかっていない。妖族は存在自体があやふやなところがあるから説明という言葉ではくくれないんだ」
「なるほどねぇ」
そんな呑気な返事をして頷いているが本当に理解したのかは疑わしい。妖族化は言葉には聞くがそれに出会うことなどまずない。それこそ御伽噺とまで言われてもおかしくないくらいのレベルなのだ。仮にそんな存在に出会ったものなら、それは絶対に自分だけの物にするだろう。それほど希少で全員が欲するものなのだ。それを奪い合い、殺し合うなどとはよく聞く話だが、実際にそれが行われているかはわかっていない。所有者はその全てをなかった事に、秘密にしてしまう。
強欲。
我が身を滅ぼす強欲に堕ちるのだ。
「で? あんたはこれからどうするつもりなんだ?」
緑に問う。
「……出来れば……どこか街まで一緒に付いて行っても宜しいでしょうか?」
自分一人ではろくに森も抜けれないだろう。だからせめてどこかの町まで一緒に行きたいと願う。
「まぁここまできたら仕方なかろう。俺たちは今からウイリッシュという街に行く予定だ」
そう聞いた緑は顔を思い切りしかめた。
「どうしたの?」
「……う。実は……私そこに運ばれる最中に逃げ出したんです……」
そこに行くということは捕まりに行くようなものだろう。しかし目的の場所を変えてまで緑を連れて行ってやる義理は更々ない。
どうしたものかと夜見は頭を悩ませていると輪廻が口を開いた。
「じゃあ、その次の街まで一緒に行動しましょ? ウイリッシュの街で何かあっても私たちが守ってあげるから大丈夫」
笑顔で緑に語りかけた。その提案はたしかに良い案だ。それでも行きたくなと思うのは自分が身勝手だからだろう。自分の都合が良い事ばかりは起きない。何かに妥協、諦める事も必要になってくる。輪廻のその言葉に緑の顔は晴れやかになり「お世話になってもいいんでしょうか」と夜見を見た。
「さっきも言ったが、ここまできたら仕方がないだろう」
「うし。そうと決まれば急いで行きましょう」
輪廻は馬車での退屈な時間が終わると嬉しそうだ。こうして三人はウイリッシュ、戦闘の街を目指すのだった。
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