第43話 指輪
今現在、夜見と輪廻がいる世界は《餓鬼道》だ。この世界の住人は《地獄道》の住人とは違う。しかし、だからと言って戦闘がからっきしという事ではない。この世界の住人にも戦う本能は備わっている。ただ、何よりも力を求めていないだけだ。それでも時折、血が騒ぐこともあるだろう。だから純粋に暴れる場所があるというのは願ってもないことだ。
その場所の名前はウイリッシュ。戦闘の街と言われている。
「さっ。早く次の街に行こう。セバスチャンお願いね」
馬のセバスチャンはひと鳴きし、その歩を力強く前に進める。
次の場所はなにがあるか楽しみだと輪廻はほくそ笑んでいる。早く次の街に行きたい。知りたい。どんな事が待ち受けているのか輪廻は楽しみでしかたがなかった。
「で? 次の街の情報は?」
荷台でくつろいでいる夜見に言葉を投げた。夜見は半分船をこいでいたので眠たそうな声で答える。
「ん? あぁ。次の街の名前はウイリッシュと言うそうだ。街のど真ん中にデカイ闘技場があるらしい。そこで事あるごとにトーナメントをするんだと」
「お~。トーナメント。今もやってるかなぁ」
なんだかとても興味を引かれる言葉だった。命を懸けるのは当たり前だが、それに順位をつけて競うというのがとても面白そうだと感じたのだ。勝ちたい、負けたくない、優勝したい。純粋にそう思った。
「まぁ行けばわかる」
「どれくらいかかるの?」
「まぁ直ぐにつく」
その言葉に輪廻は眉を細め文句を言う。夜見の直ぐにつく、という言葉は信用ならないとわかっているのだ。夜見は妖魔で時間の感覚がかなり違う。長く生きる者にとって百年や二百年はたいした時間ではない。だから日にちというのはほんの瞬間なのだ。
「嘘じゃないでしょうね?」
「嘘ではない」
夜見は耳を動かしながら答えた。夜見の頭の上についている獣の耳は遠くまで聞く事が出来る。その耳には既に街の声が聞こえているのだ。賑やかで楽しそうな声。しかし、それを言うとはしゃぎすぎそうだから言うのをやめた。
そして夜見はおもむろにある物を懐から取り出した。
「そうだ。これ持ってろ」
そう言い輪廻に向かってそれをひょいっと投げた。それはとても小さくて煌いていた。輪廻はそれを「おっと」と言いながら落とさないように両手で受け取る。
「ってか……なにこれ?」
「何って見れば分かるだろ? 指輪だ」
指輪と聞き輪廻は少し慌てふためいた。たしかに指輪だ。これは指輪だ。なんで出来ているのかは知らないが、ドーナツ型になっている金属だ。これは確実に指輪だ。だから輪廻は理解が出来ない。
「ぅえ……指輪……って。そんな急に渡されても……」
ちょっと……ちょっと待て、落ち着いてよ私。と自分を落ち着かせるが、どうにもこうにもそれは無理そうだ。顔を赤らめ、顔とは違って真っ白になった頭をフル回転させて言葉を探す。そんな輪廻を差し置いて、夜見は至って冷静だった。
「えーっと、えーっと……これはなんだっけ? 指にはめる丸っこい物……ゆび……わ?だよね?」
自問自答を繰り返す輪廻。
「今回みたいな事があったからな」
夜見はそんな事を言う。それはゲルの国での出来事なのは言うまでもない。
「いや……でも……いきなり……?」
「何が?」
「いや……だって……そりゃずっと一緒に生活はしてるけどさっ。まぁ傍から見たらソレなんだろうけどさっ。私は全然かまわないんだよっ? かまわないんだけどさ、でもやっぱりこういうのはもうちょっと場所とそれらしい言葉が――」
言葉を濁していると夜見は確信の言葉を言う。
「また、はぐれたら探すの面倒だし。それをつけていれば、大体の場所が俺にはわかるからずっと持ってろ」
「……ぐふっ」
輪廻は自分の顔が更に赤くなるのを止められなかった。そう、つまりは素敵な勘違い。しかし輪廻のいた国では指輪を渡すイコールそういう事なのだ。別に夜見を攻めたててもいい。しかしそうすると自分が考えていたことがバレてしまう可能性がおおいにある。それだけは避けなければならない。だからここは黙るしかないのだ。
「どうした? 顔が赤いぞ?」
「……なんでも、ない」
夜見はそれ以上は聞いてこなかった。
びっくりしたー。びっくりしたー。と輪廻は心を落ち着かせる作業に入るのだった。
そして落ち着いたら輪廻は指輪を眺めた。綺麗な指輪だ。少し太く全体に模様があり輝いている。輪廻はどの指にはめようかと悩んでいる。親指から小指に順番にはめてみる。輪廻は右利きなので右手に指輪を持って左指にはめていく。すると四回目でようやく丁度いい指が見つかった。その指輪は薬指に丁度はまった。しかも左手の。
「……こっ……これは偶然!?」
「なにか言ったか?」
「ななななんでもありませんッ!」
また顔が赤くなりそうなのを必死で我慢し夜見を一瞥した。夜見はそんなことなど露知らず呑気に欠伸をしている。輪廻は視線を左手の薬指についている指輪に戻し、夜見に悟られないようにまたほくそ笑んだのだった。
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