第二章 戦闘の街

第42話 旅の再出発

 この世には六つの世界が存在する。

《天道》《人間道》《修羅道》《畜生道》《餓鬼道》《地獄道》。

 これら六つの世界をまとめて《六道》と言う。

 また《天道》の事を天界。《人間道》の事を人界。そして《修羅道》《畜生道》《餓鬼道》《地獄道》の四つを魔界と言う。


 そしてここは魔界の一つ、《餓鬼道》のとある森の中。

 その森の中を一台の荷馬車が通っている。荷台の上には黒いローブを羽織り、空を見上げて眠っている者が一人。そのフードの下からは少し長めの銀髪が見える。頭のてっぺんでフードがピコピコと動いている。それはその者に獣の耳がついているからだ。口からは四本の鋭い牙が生えており、着物の隙間からは尻尾まで見え隠れしている。その者の名は夜見といい、目を覚ます気配はなくのんびりとした時間を過ごしている。

 そしてその荷馬車にはもう一人いた。荷台の前の方に座り、キセルをふかしながら進んで行く方角を眺めている。美しい金髪でその髪を風が優しく撫でた。もっとも、その者が一番目を引くのは金髪ではない。それは瞳だ。左目は髪と同じ金色。しかし、右目の色は真紅の赤だった。名を輪廻と言い、元天界の住人で今は夜見と魔界を巡る旅をしている。 

 今を遡ること約八十年前。

 それは起こった。《六道家》滅亡の日。輪廻は兄の成人の儀の為に魔界へとやってきたが、そこで全てを失うことになる。自分以外の全ては殺されて、ただ一人だけ生き残った。そしてその仇がロッドエンドという魔族だ。輪廻はロッドエンドに復讐することだけを考えて生きてきた。それに手をかしたのは夜見だった。自分自身で復讐できるまで鍛え上げてその力を身につけた。

それから輪廻は家族の敵であったロッドエンドを見つけ出し、自分の復讐を終えた。そして生きる意味を失った輪廻に対して、夜見が次は楽しむ旅をしようと言い、今現在に至る。

 夜見の言った事を承諾したのは輪廻だ。それは自分でもわかっている。だからある程度の事は我慢するが、しかし輪廻は不満だった。

「……もう、無理だぁぁぁぁぁッ」

 突然発狂をする輪廻。そんな相棒に夜見はチラリと視線を向ける。いつものことで、その言葉の意味をわかっているのだ。

「あと少しの我慢じゃないか」

 そんな励ましの言葉にも輪廻の耳は傾かない。

「無理無理無理無理無理。暇すぎて無理。全部が無理。このままじゃ廃人になっちゃう無理」

 まったく困ったお嬢様だと夜見は内心そう思う。そして輪廻をなだめる事にした。少し話を過去に戻してみる。

「しかし……まったく。とんだ災難だったな」

 ボソリと呟くが、輪廻に聞こえる様に言う。

「……そうだねぇ。でもそれなりに楽しかったし」

 のってきた。ちょろいなと夜見は呆れる。

 輪廻は呆れながらも笑いながら言った。

 ゲルという国で、二人はある騒動に巻き込まれたのだ。しかしそれは輪廻にとっては、経験したことがない楽しい騒動だった。魔界は広い。その中で会話をし、仲良くなった。それは奇しくも自分と同じ顔の魔族だった。しかし輪廻はそんな些細な事は気にしない。

 友人。

 と呼べる最初の一人なのだ。

 輪廻は記憶を遡ると一つ一つの出来事が鮮明に思い出せる。そしてそれを思い出すたびに笑顔になれる。

 今までは復讐の為だった。

 しかし、これからは楽しむ為の人生なのだ。これから今以上に楽しい思いをして笑うのだ。この曇天の空の下で。自分は独りではないのだと思い知る。隣を見れば、自分を助け、導いてくれた人がいる。その人と旅をして笑う。それを思うだけで、輪廻は幸せな気持ちになっていった。

 機嫌は良くなり、夜見の作戦は見事に成功した。輪廻は虚空を見つめながら「ふふふ」と微笑を浮かべている。キセルをくわえて深呼吸をした。

幸せだ。

 そう実感できている。そう思える事に疑問はない。自分にもそういう感情はある。存在する感情は全て必要な感情だ。憎しみも、悲しみも、怒りさえも、全て必要なのだ。それを知っているからこそ、幸せを感じる事が出来る。そしてそれを自分が理解できている。

 夜見に言われ、夜見に守られてきた。

 なら次は?

 それは自分が護る。輪廻は決意をする。自分が幸せである為に、相手にも意地でも幸せになってもらわないといけない。自己中心的だ。とは思わない。それが生物としての本能なのだからと輪廻は考える。

 自分よりも強い人を護るためにも、輪廻はさらに高みを目指す。この魔界で生きていくために。

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