世界の神

 高度は既に数百キロを超えている。下がり続けた気温は氷点下百度弱を下限とし、次に灼熱の世界が広がる。そこは通常の生命など生きてはいけない灼熱地獄。空と星海の境界に二人はいた。


 合体した五代表の肉体はいかなる環境にも適応する強度を誇る超人として設計されている。対して宗十郎は……かの世界の一般ブシドー。だというのにこの環境下を平然としている。


 ───今、理解した。奴は試練。地獄のような世界からやってきた悪魔だ。遥か上空でようやく神殿は静止した。これこそが五代表たちが目指した到達点。遥か上空を玉座とし、強大な力を以て世界を支配する。


 「伏せよ」


 その言葉とともに超重力が宗十郎を襲った。とても立っていられないほどの重さ。たまらず宗十郎は地面に叩きつけられる。


 「ブシドーに精神攻撃は通用しない……だが……エムナの力は精神攻撃ではない。世界に干渉するもの。お前が感じている重さは世界の理だ。素晴らしい……素晴らしいぞこの力!この姿、名乗るのなら……エムナドールとでも呼ぼうか!」


 エムナドールと名乗った合体した五代表たちは、宗十郎を後目に眼下を見た。そして同じように呟く。オルヴェリンに雷が落とされた。それはまさに神の裁きのようである。


 「宗十郎、貴様がここに立つ理由は何だ。あの小娘のように下らぬ理想を掲げているというのか?だが終わりだ。見ろ!この力!我々は手にしたのだ!永遠を!永遠の安寧を!」


 オルヴェリン街内にモニターがいくつも浮かび上がる。リアルタイム中継だった。モニターの先でエムナドールは不敵に笑う。


 「聞くが良い民衆ども!我が名はエムナドール!オルヴェリンに降臨した真なる王にして永遠の王!私は約束しよう……お前たちの永遠の安寧を!永遠の安らぎを!亜人連合軍どもよ、貴様らに大義は最早ない。速やかに投降せよ。此度の戦に加担した異郷者たちは寛大な措置を約束しよう!」


 エムナの力を手に入れたエムナドールにとって永遠の安寧は容易いものだった。オルヴェリンの人たちはその演説を聞き、心が揺れる。


 「そして……これはけじめだ。宗十郎、お前はオルヴェリン全員の目の下で、無様に死ぬのだ。新たなる偉大な王の、力の誇示のために……ゴボォ!」


 鉄拳!宗十郎の鉄拳が炸裂した!無様に転がるエムナドール!大衆はざわめく!


 「馬鹿な……!これは世界の理!それは神でもなければ……神でも……!」

 「聞け、エムナドールやら。お主わかっているのか。その肉体、お主らの理想としたものだと思っているようだが、それは違う!気づいていないのか、その肉体は既にヤグドールに汚染されていることに!」

 「なに……?ふむ……なるほど。確かにそのようだが……それがどうしたというのだ?みてのとおり俺に何の変化もない!つまりそれは制御できているということだ!ヤグドールの力さえも!エムナ、ヤグドール……二つの力を手にし、俺は……我は神となったのだ!!」


 凄まじい早さの突進。宗十郎は察知して回避する。まともに受ければ無事ではいられないだろう。

 そしてそれは問答の答え。ならば最早、遠慮は不要。サムライブレードを握りしめる。


 「……よかろう。ならばその口上に応えよう!我が名は千刃宗十郎!最早それ以上の口上は不要!いざ尋常に、勝負!」


 エムナドールもとい五代表たちは戦士ではない。いかに強力な力を有していようとも、その手綱を握るものが三流では意味がない。猫にブシドーという奴だ。当たれば致命傷免れない。そんなエムナドールの一撃を掻い潜り、宗十郎はその一点を捉える。


 「はぁッ!!」


 全力のブシドーを練り、サムライブレードへと注入!全身全霊の一撃はブシドーアーマーソルジャーすらも断ち切る必殺の一撃。それがエムナドールに叩き込まれたのだ!しかしそんな全霊の一撃は、エムナドールの肌すら切り裂かず止まる。


 ───まるで山。


 圧倒的肉質により、サムライブレードが通らない。そしてその瞬間、その隙をエムナドールは逃さない。


 「な……に……ガハッ!!」


 鉄拳が宗十郎に炸裂した。後ろに跳び力を分散する余裕すらなく、そのまま叩き込まれ、身体がくの字に折れ曲がる。気を失いそうな衝撃だが、それでもサムライブレードだけは手放すまいと握りしめる。

 そしてかち割るようにエムナドールは宗十郎の頭に両拳を叩き込む。宗十郎は地面に叩きつけられる。

 この地下神殿はマスドライバーで射出することを前提に頑丈に作られているだけあってか、とてつもない力で叩きつけられようともヒビが入る程度であったが、その分衝撃がストレートに宗十郎に直撃する。


 「完全な肉体!完全な力!何者にもこの身体は傷つけることはできまい!なにが異郷者だ!なにがブシドーだ!これが我が力!新王エムナドールの力だ!」


 宗十郎の髪を掴みモニターに晒し者のように見せつける。


 「天敵?笑わせる。哀れにもほどがある。見るが良い!これが我に逆らったものの末路だ!たかが精神的耐性があるだけで、我の天敵を名乗るなど無礼無礼!所詮は虫けらに過ぎない弱者でしかない。ブシドーなど、恐れるに足りないというわけだ!」


 そして更に力を誇示するかのようにエムナドールはオルヴェリンに、いや眼下の世界全てに天変地異を引き起こす!大災害!人々は大混乱である!


 「このように我の言葉一つで世界すら滅ぼすことも可能というわけだ。しかしやりすぎたか……まぁ良い。これは言うならば教育だ。二度と叛逆を起こさせないもの。ほら見ろ宗十郎、お前の仲間たちは皆、こうして死んでいくのだ」


 モニターには皆が映っていた。引き起こされた大災害に懸命に立ち向かおうとしている。そんな姿を見て宗十郎は笑う。


 「なにがおかしい」

 「お主が滑稽だからだエムナドール。大災害を引き起こせばお主に反旗を翻すものがいなくなると?逆だ!人は恐ろしい共通の脅威を前にしてこそ団結するもの!ブシドーとは、恐怖に屈することなどありえぬのだ!ブシドーにとって恐怖とは打倒すべき、乗り越えるべき障壁なのだ!」

 「それはお前たちブシドーのことだろう。弱い弱い人間には耐えきれぬさ」

 「いいや、拙者の世界にも弱き者はいた。だが些細なことだ。ブシドーとは!そんな弱き者の剣となることなのだから!」


 ───強がりを言う。


 そう思った矢先のことだった。眼下の世界がおかしい。起こしたはずの大災害がいつのまにかなくなっている。台風、地震、津波、魔獣の暴走。あらゆる自然災害を引き起こしたはずだった。

 台風も地震も津波も両断されていたのだ。見えた。黒髪の女が幽斎が全てたたっ斬っている。自然現象を、その概念ごと斬っているのだ。信じがたい光景だった。

 そして魔獣たちも次々と制圧されている。人々の手によって。


 「そして言ったな、ブシドーなど恐れるに足りないと!その侮辱!今すぐに訂正させてもらうぞ!!」


 吠える宗十郎。そして気配が変わる。纏うブシドーの性質が変化しているのだ。


 ───師匠。申し訳ありませぬ。拙者は誓いを破ります。


 宗十郎が普段使うブシドーは彼本来のブシドーではない。細川幽斎が指南した細川スタイルのブシドー。

 ブシドーとは家系が引き継ぐもの。故に他の家のブシドーは身体には馴染まない。しかし宗十郎には才がなかった。

 弱い身体は千刃家のブシドーに耐えきれず、その絶大な力は神経経絡をズタズタに切り裂き毒として身体を蝕んだ。


 故に幽斎は、まずその肉体を治療し、そして彼の身体に負担をかけないブシドーとタクティクスを授けたのだ。彼は救われたのだ。細川幽斎という最高のブシドーに。

 そしてこの世界で彼女から警告を受けた。二度と使うなと。ブシドーにとって師との誓いを破るのは切腹もの。恥さらしも良いところである。

 だが、この男は侮辱したのだ。ブシドーを。それは自分だけではない。自分に関わる全てのものへの侮辱!自分を生んでくれた母、自分を認めてくれた父や殿、自分を育ててくれた師匠、その全てへの侮辱なのだ!自身への侮辱だけではない。大切な恩人への侮辱を甘んじるのは、何よりもブシドーとしてあり得ぬことなのだ!


 「おぉぉぉおあぁぁぁぁぁあ!!」


 宗十郎は叫ぶ。今、千刃家のブシドーが体内を駆け巡り、サムライブレードに新たにセットアップされた。


 悪寒がした。エムナドールに鳥肌が走る。

 それと同時に、宗十郎を掴む腕が両断された。先程は刃すら通らなかったというのに、目を向けると何かが浮いていた。金属片、いや刃だ。ブシドーを纏った刃。キチキチと音を立て、いくつも浮いている。その全てが自分に対し殺意を向けている。あれが、この身体を切断したのだ。


 「なんだ……なにをした」


 腕は切断されたがエムナドールにとってそれは大したことではない。一瞬にして再生。それよりも切断されたという事実が問題だった。この究極の肉体を傷つけるものなどあってはならないからだ。

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