剣を握る理由
広々とした空間。均等に設置された白色の柱は神聖さを思わせる。赤絨毯。普段は人がそれなりにいた場所だが今は誰もいない。
一人カーチェはオルヴェリン中央庁内を走っていた。そして目的の場所へとやってきた。思えば宗十郎を案内した時以来だった。よもやこんな形でもう一度来ることになるなど……。
カーチェは奇妙なめぐり合わせを感じながら、その扉を乱暴に開ける。
「ひぃ!カーチェ!?貴様……オルヴェリンへの大恩を忘れおって……!」
大きく響いた扉を開ける音に五代表たちは驚きカーチェを睨みつける。
「黙れ!既にお前たちがやってきたことは分かっているんだ!知らないとは言わせないぞ!悪逆非道の振る舞い!全て私がこの目で見たことだ!」
「オズワルドからの報告は本当だったようだな……余計なことを知りおって」
ヨミヒラツカで見た出来事。おぞましき人体実験の成れの果ての人々。自分を信頼しオルヴェリンに身を捧げたものの末路をカーチェは見た。
それを平然としてきたこの都市にカーチェは反吐が出た。
「人体実験は必要なことだ。それがやがて人々の生活を豊かにする技術と繋がる。郊外の者たちの同意書もある」
強制はしていない。あくまでその意思は本人に委ねられている。それを示すのが同意書。
「他者を踏みにじって得られる幸福など求めていない!お前たちは、そういった事実を人々に隠し続けている時点で負い目があったのだろう!」
カーチェからしてみればそんなことは関係なかった。事実としてこの目で見たのだ。酷く傷ついている人々を。そこに同意の有無は関係ない。重要なのはその結果が倫理や道徳的に許されるかということだ。
しかし、その言葉を待ち望んでいたかのように五代表はニヤリと笑う。
「ならば……尋ねてみるか?その人々とやらに」
空中に複数の画面が投影される。そこにはオルヴェリンの人々が映っていた。シェルターに逃げ込んでいる人々だ。そして驚きの表情を浮かべている。
「ノイマンの発明の一つだよ。我々の会話は今、オルヴェリン全体に伝わっている。お前が話した綺麗事……市民の皆はどう思っているか……直接聞くといい!!」
市民たちは戸惑いを隠せない様子だった。自分たちの知らないところでそのようなことが起きていたということに。だが……。
「そんなの……俺たちには関係なくないか?」
「同意しているんだろ?自己責任じゃないか、身勝手がすぎる」
「人体実験って治験とかだろ?人体にわけのわからないものを使えってのか?」
「嫌よわたしは、耐えられない」
「そ、それよりも亜人たちだよ……あいつらに襲われることになるじゃないか……!」
それは波のように広がる。彼らの意思は一つ。仕方がないという方向でまとまっていく。
更にそこから過激な物言いをする者も現れ始める。それはカーチェに対する暴言の数々。余計なことをするな、その程度ならまだ良かった。売国奴、亜人に魂を売った売女だの聞くに堪えない言葉が、少しずつエスカレートしていった。
カーチェの頭の中が真っ白になっていた。嫌な汗が流れる。今まで人々のために行動していたというのに、これは一体何なのか。
「彼らは弱者だ。弱いことは罪なのだ。弱いからこそいくらでも残酷になれる。だからこそ強者である我々が導く必要がある」
かつて対峙した時に放たれたジルの言葉が響き渡る。彼は全てを理解していた。人の業の深さを。力が抜け、膝をつく。私は……こんな連中のために命をかけていたのかと……。
「カーチェ!無事であるか!!?」
ドアが蹴り飛ばされる。宗十郎だった。ずかずかと乗り込んでくる。
「久しいな五代表!どうやら大将首の名誉はまだの模様!その首もらい受けよう!!」
サムライブレードを引き抜き、五代表に向けて駆け出す!狙いは一つ、その首一つ!
「ま、待て!見ろ!この様子を!お前たちに大義はない!それが今証明されたのだぞ!」
宗十郎の有無を言わさない剣に五代表は慌てた様子で先程のやりとりを話す。
「オルヴェリンの市民が解放を望んでいない……と?」
「そうだとも。宗十郎よ、我々はお前を評価している。ここで投降するのならば……」
「何を莫迦なことを言っているのだ。この戦争、そもそも市民の反発は明白であろうが!立てカーチェ!貴様、よもや履き違えていないか!?その剣は誰のために振るうかを!」
宗十郎は膝をつき心臓が止まったかのように愕然とし、瞳孔震わせ愕然としているカーチェを叱咤する。この剣を振るう理由とは何か、そんなことを突然言われても頭の中で整理がつかない。
「忘れたのか、元よりこの都市は格差を前提とした歪な社会構造!お主の剣は、弱者を救うためのものであろう!」
最初に宗十郎がこの都市で感じた違和感。だが今はそれが分かる。
「このオルヴェリンに住むことができない人々がいるのは知ってるな。初めてお主と出会ったあの村もそうだ。なぜあのような村がある?オルヴェリンは見る限り裕福だ。人を受け入れる余裕は十分にある。なのになぜだ?そしてなぜそれを誰も咎めない?」
「宗十郎!貴様、それ以上口にするな!!」
五代表は焦り激怒した様子で叫ぶ。
「同意を得たと?同意せざるを得ない状況を作ったのは誰だ!?富を集中させ選択の余地を奪い、人々の人生を愚弄していたのは誰だ!?」
ヨミヒラツカで見た人々は、オルヴェリンの人々と比べ、明らかに服装が異なっていた。
オルエヴェリンに行き交う人々は絹や生糸の服に、鮮やかな染色がされた小綺麗な服装だったにも関わらず、ヨミソラツカの人々はボロボロの麻のような服装を身にまとっていた。
まるで、文化形態が異なるものだった。それは亜人たちも同様。
「常識をすり替え、差別社会を作り、自らの地位に固執する。郊外市民や亜人たちも糧としか見ていない。言うならばヒルのようなものよ。郊外より人々を吸い上げ、歪な社会構造を己が利権のために維持し、悪逆と差別を正当化する。それがこやつらの正体だ!!」
宗十郎がこの世界に来た時に感じた違和感は二つ。一つはオルヴェリンの外に住む人々。彼らはゴブリンに襲われているのに、助けに来たものはカーチェ一人。
故にはじめは前線基地の類だと思っていた。軍隊ならば自分たちで対処できるはずだからだ。しかしそれは違う。普通の村。だというのにオルヴェリンは救けようとはしなかった。
そしてもう一つは亜人への扱い。宗十郎からすれば同じ人であるというのに、わざわざ亜人と銘打って明確に自分たちとは違うと線引きをしている。同じ人間ではない。即ち人権がない相手に対してならば、何をしても許される。
つまるところ、当たり前のように行われている差別を、当たり前のように社会常識であると洗脳しているのだ。それは決して正しい行いとは言えない。宗十郎の武士道では!
「答えろカーチェ!貴様の持つ剣は、弱者を救う剣なのか!?それとも、この歪な社会構造を是とし、弱者を切り捨てる剣だというのか!?」
───あの日、都市外の村を助けに言ったのは偶然だった。依頼で外に行く用事があった時に、たまたまゴブリンに襲われている村を見つけ、たまたま助けに向かっただけだった。
確かに何故疑問に思わなかったのだろうか。あの場には自分以外の騎士はいなかったことに。誰一人、助けに向かわなかったことに。
「そうだ……私が感じていた違和感は……もっと根底にあった……」
人は弱いからこそいくらでも残酷になれる。知らなかったという言い訳を立てて、差別も格差も受け入れ、非道を見過ごす。
でもそれはただの一時しのぎで、いずれは崩れ去る砂上の楼閣。
ジルは言っていた。だからこそ、導かなくてはならないのだと。この剣は全ての人々を救う剣にはならない。時には人々を苦しめることを選択することになるかもしれない。綺麗事だけではすまされないかもしれない。だがそれでも……。
「ああ、そうだ宗十郎!私の剣は変わらない!弱者を守るためにこの剣を振るい続ける!それが……それが私に与えられた天啓だ!!」
立ち上がり、ジルの言葉を借りる。罵詈雑言を浴びようとも、歪んだ道を、足元が今にも崩れそうなこの故郷を、見過ごすことなど最初からできないのだ!
「どういうことだ、戦闘型の異郷者とは、野蛮な存在ではなかったのか!?ブシドーとは、取るに足らない愚者ではなかったのか!?」
「五代表どのの悪い癖ですぞ?全てを知った気でいる、凡夫にありがちな傲慢ですな!」
聞き覚えのある声がした。ノイマンもまた五代表のもとへとやってきたのだ。
「ノイマン!い、いいぞ!今はその無礼な発言は許そう!早くこいつらを殺せ!我々が生きていれば、まだ立て直せる!」
パァン!
───銃声。ノイマンの手には拳銃が握られていた。そしてその銃口は……五代表へと向けられている。
「か、カーティス!お、おのれノイマン!貴様、裏切ったか!」
カーティスと呼ばれた五代表の眉間に穴が空いていた。即死である。
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