王の力

 ───ハーピィの討伐が終わり無事に帰還した宗十郎たちは、早速オルヴェリン中央丁にたくさんの羽根を納品した。そして待つことしばらくして、腕輪のようなものが渡される。

 亜人王城は幽斎の言うとおり絶海の孤島に位置しており、難攻不落の要塞と化していた。周囲にはトルネードが渦巻いており、船はおろか飛空船すら近づけない。渡り鳥すら近寄れない、まさに鉄壁である。


 そこでハーピィの魔力が宿った腕輪である。一時的に浮遊させるだけでなく、嵐をも中和し無効にする魔導具。ハーピィの特性を最大限に活かしたものである!

 宗十郎たちは何事もなく空から亜人王城のある孤島へと忍び込むことに成功した。だが着陸と同時に腕輪は粉砕!やはりというか強力な魔術に耐えきれず破壊したのだ。


 「む……まぁあまり気にする必要はないか……しかし……」


 奇妙であった。多数の兵が詰めているものだと思ったのに、誰もいない。


 「も、もしや師匠は亜人王の軍隊全てを皆殺しにしたのですか!?」

 「い、いや……儂も知らん……そもそも儂の身体を変えたのは……亜人王じゃ……」


 流石に良心の呵責か、自分が殺し尽くしたのだとは言い切れなかった。言えば愛弟子ポイントの獲得間違いないと確信はしていたが、流石に虚偽の戦果を報告するのはバレた時の失望が大きすぎるのだ!幽斎の中で揺れる天秤は、真実を告げることに傾いた!


 「死体の気配がそもそもない。そしてこの城内、わずかの生命しか感じられない。亜人王とやらは軍隊を持っていないのではないか?」


 カーチェはそう分析したが真偽は不明。一行は慎重に足を進めた。

 玉座らしき場所にたどり着き、勢いよくその扉を開ける。


 「たのもう!亜人王とやらはここにいるか!いざ師匠の生き恥、晴らすために勝負!!」


 宗十郎は叫ぶ。その奥には人影があった。威圧感ただよう男が一人、座っていたのだ。


 「凄まじい魔気を感じたかと思えば、何をしに来た?こんなところまで」

 「この可憐な女性に覚えはあるか亜人王!今も必死に堪え続けている我が師匠を!」


 宗十郎は幽斎を指差し叫ぶ。まずは用件を伝えるのがブシドーというもの。礼節なのだ!


 「ん……?知らん……いや……あー知ってるぞ。確か……ゆうゆうとかいうアイドルに似ているな。しかし……頭の軽そうな女だな」

 「とぼけるか亜人王!確かに今の師匠は頭の軽そうで、ブシドーの欠片もなければ、大和撫子の片鱗微塵もない、娼婦のような振る舞いをしている女ではあるが!それを……!!」


 怒る宗十郎!そこに肩をトントンと叩かれる、幽斎であった!


 「あの……シュウ……あたしのこと……そんな風に思ってたの……?え、だってこの間、温泉の時はあんなに慕ってくれてたじゃん」


 青ざめた表情で冷や汗をかきながら、幽斎は問いかける!流石に聞き捨てならなかったのだ!てっきり愛弟子はこの姿でも慕っていると想っていたからだ!


 「……答えろ亜人王!忘れたとは言わせぬぞ!我が敬愛する師匠をよもや!」

 「え、ちょっと無視やめて。今、それ大事?ねぇシュウ?こっち見て?」


 亜人王は幽斎に絡まれている宗十郎をただじっと見つめていた。本気で解らないのだ。師匠……目の前の宗十郎という男の師匠らしい隣の女……宗十郎のあまりの訴えから外見ではなくその本質を見定めようと目を凝らす。


 「!……貴様、あの時の勇士か!あぁ、忘れていないとも。忘れるはずがない。老人でありながら冴えわたる技の数々、敵ながら尊敬していた」

 「ちょ……師匠……ちょっと後で話すから、その手離して…………思い出したか亜人王!そうだ、その勇士こそ我が師匠!それが今やこの姿だ!」

 「う、うむ……確かに生き恥だな……いや、しかし……何でそんな姿をしているんだ?」

 「まだとぼけるか亜人王!!他ならぬ貴様の仕業であろう!!」

 「いや知らん……なにそれ……こわ……」


 ───沈黙。宗十郎は困惑していた。師匠の話と違う。いや、困惑することなどなかった。


 「貴様!嘘をつくか!他ならぬ師匠が言ったのだぞ!亜人王によりこの姿になったと!」

 「その女が?」


 亜人王はかつて幽斎と名乗った女性を見る。必死にアイサインを送っていた。察した。

 当然ながら亜人王は幽斎の性転換などしていない。していないのだが……後の処遇を部下に任せたのだ。その中には生命を司る魔法を持つものもいたはず。若返らせ、性別を変えるなど容易いことだった。


 「思い出した。確かに幽斎を若返らせ女体化、洗脳し、我が駒として働かせた」


 使用者責任である!亜人王にはまったく見覚えのない、馬鹿な部下が勝手にしたこと!だが、部下が勝手にしたことだとというのは流石に悪い。故に亜人王は認めたのだ、悪趣味な所業を自分のしたことだと!本当に悪趣味な部下だと辟易した!


 「やはりそうか!でなければ我が師匠が……我が師匠があんな……あんなことを率先してするはずがないのだ!刮目しろ亜人王!これも貴様の仕業なのだろう!?」


 宗十郎は胸元から何かを取り出す。それは写真であった!師匠のことを調べている間に入手したものだった!始めてみた時、怒りで我を忘れそうだった!あの師匠がこんなことまでされたということに!幽斎も知らなかった!他にも何かバレていたことに!恐る恐る宗十郎が手に持っている写真を見る!


 「ちょ!ちょ、ちょっと!なんでそんなの持ってるのシュウ!?シュウそんな趣味ないはずだよね!?」

 「あの日、コンサート会場で知り合った観客の一人から譲り受けました。被ったからあげると好意でくれたのです……ブシドーたるもの相手の好意は無下にできず……」


 それはアイドル活動をしているゆうゆうのプロマイド!コンサート会場限定販売でパック入り中身ランダムで封入されているものだった!そこには可愛らしい服を着てポーズを決めている幽斎の姿があった!無論、中には水着などの際どい格好や、コスプレ衣装に身を包み扇情的な姿の写真もあるのだ!低確率で封入されているレア写真である!

 宗十郎は幽斎の熱心ファンから新規ファン且つ幽斎のためにゴブリン討伐をしてくれた者として、好意でレア写真を譲ってくれたのだ!故に!今、宗十郎が握っている写真は全て!情欲的な!官能的な!そんな姿をしている幽斎の写真なのだ!


 亜人王はドン引きしていた。洗脳とはそこまで深く作用するものだったか?と自問自答する程度には。こんなの本人が割りと乗り気でないと起きえない。


 「シュ、シュウ?きっと誤解をしているの。話せば分かるし……」

 「亜人王!許さぬぞ亜人王!こ、このような娼婦まがいな、師匠にこのようなことをさせるなど……これも貴様の指示なのだろう!」


 当然ながら亜人王は関係ない!ついでに亜人王の部下も関係ない!アイドル活動は全て幽斎の意思である!プロデュースした人たちは皆、ただの一般人である!

 幽斎は亜人王を涙目で見つめる。あまりにも情けない姿だった。亜人王は関係ないことを知られたら、きっと愛弟子に完全に失望される。愛弟子ポイントはマイナスまっしぐらなのだ。もはやこの局面、絶体絶命の境地、亜人王の手に委ねるしかほかならなかった!


 「あ、あぁ……そ、そうだな……うむ……それも……俺がやったかも……」


 この世の終わりのような表情を浮かべる幽斎に流石に亜人王は同情を禁じえなかった。


 「やはりそうか、殺す。亜人王とやら。貴様はブシドーを侮辱し、その尊厳を奪い捨てた。最早、貴様に払う敬意なし。死ね、今この場で拙者が地獄へと送ろう」

 「ま、待って待ってシュウ!」


 静かに、だがその目の奥には純粋な殺意を込めた宗十郎。それを幽斎は羽交い締めにして止める。当然である。その怒りは間違っているのだから。


 「申し訳ありません師匠。拙者、また怒りで我を忘れていました。そうですとも、今この場で奴を八つ裂きにしたいのは師匠の筈。弟子の自分が出過ぎた真似をしました」

 「ば、馬鹿者!そうではない!シュウよ、お主は晒し首というのを知らぬのか!?」


 晒し首……それは戦に敗れたブシドーの中でも、最も影響力のあるブシドーの首を、大衆の目につく場所に放置することである。それは戦いに敗れた者に対する最大限の侮辱。その目的は敢えて晒し者にすることで、敵陣営に敗北を教え込むもの。そして味方陣営に確実な勝利を感じさせるもの!卑劣ではあるが立派なブシドータクティクスであり、バフデバフを同時に兼ね備えたスキルなのだ!


 「儂は負けたのだ。言うならば今は晒し首の状態。シュウよ、教えたはずだ。戦場とは残酷なもの。だがだからこそブシドーは冷静でなくてはならない。お主は、儂の晒し首を見て怒り狂い、愚かにも敵陣に飛び込む未熟なブシドーに過ぎないことが分からぬか!」

 「た、確かに言われてみれば……!なるほど一度負けた師匠がまた挑むのはブシドーとしては往生際も悪い。だからといって晒し首となった師匠に怒り狂う拙者は三流……ぐっ……何と未熟なことか……!」

 「分かれば良いのだ……シュウよ。此度は引こうではないか。そして二人で修行をし直そう。お互い未熟さを痛感したのだ……あと写真についてちょっと話したいし」


 この場に長く留まるのはまずい。そう判断した幽斎は引き下がることにした。そしてどさくさに紛れて二人きりで修行を始めることを提案することにより、俗世から隔離しアイドル活動の痕跡を宗十郎にこれ以上見せないようにする。更に二人きりであることから愛弟子ポイントの稼ぎ時は無数にあるのだ。


 「なるほど分かった。ならば私が。二人に代わり亜人王を討とう」


 しかし幽斎の計算違いだった。カーチェがいたのだ。百戦錬磨の女騎士。その実力は未だ未知数だが幽斎はブシドーを通じて理解かる。亜人王に匹敵する実力者であることが。


 「い、いやカーチェちゃん……流石に一人に任せるのは……」

 「心配する必要はないユウさん。元より私は今まで一人で強大な敵に立ち向かうことも多かった。私は見せないといけないんだ。皆に、騎士としての模範を」


 武器を構えるカーチェ。それは輝く騎士剣。ノイマンが創り上げた人造聖剣であった。それに応えるかのように、亜人王は手を前に突き出す。それと同時に雷撃が周囲を取り囲む。


 「魔法……亜人王と名乗るということは亜人か?その特徴的な長耳……エルフか」

 「いかにも。お前はオルヴェリンの騎士か。俺の名はエルヴィン。オルヴェリンに巣食う、悪しき邪悪を祓う王。哀れな傀儡風情が、我々エルフ積年の願いに勝てると思うな?」


 エルヴィンがその手を指揮棒のように振るうと、稲妻はまるで生き物のように大気を引き裂きジグザグに走り、敵を狙う火矢のように、そして正確無比にカーチェに向かう。それはまるで彼の手足のようであった!

 しかしカーチェはその稲妻に決して怯むことは無かった。むしろ前進し、その剣を稲妻に向けて払う。瞬間、耳をつんざくようなような衝撃音。カーチェの剣技とエルヴィンの魔法が衝突したのだ。だが、カーチェは無傷!その剣技が稲妻をかき消したのだ。摩訶不思議な妙技である!


 「なるほど、流石はオルヴェリンの騎士。その鎧は上級騎士の類か。知っているぞ、我々エルフはお前たちのことを」

 「賢者と呼ばれるエルフたちに覚えられるとは、光栄だな」


 カーチェは誇らしげに答える。その地位に微塵も迷いなく。


 「"エルフ狩り"の騎士。邪智悪辣の騎士団よ。同胞の嘆きと報いを受けよ」

 「なに……?」


 またもや指揮棒のように亜人王は手を振るう。すると今度はまるで真夏のように周辺の温度が上がりだす。熱が急上昇しているのだ。臨界点を超えた時、空中に火球がいくつも浮かび上がる。青い色をした炎の塊であった。


 「では小手先はおしまいだ。その剣ごと溶かしてしまえば問題はあるまい?」


 先程の稲妻は魔法により作り上げた擬似的な自然現象。此度の火球も理屈は同じである。ただ違う点があるとすれば、その火球が持つ熱量は本物であるということだ。

 魔法によって作り上げられた火球が生み出す膨大な熱量は現実に作用し、魔法とは別に確かに実在する物理現象として敵を襲う。受けてしまえば剣は耐えきれず溶けてしまうだろう。

 火球は生き物のように向かっていく。稲妻のときと同じである。魔法だからこそ可能な挙動。周辺大気の熱量を飛躍的にあげ、周りを焦土にしながら火球はカーチェに向かっていく。

 だが、カーチェは止まらない。エルヴィンに向かって直線的に走り出したのだ。


 「馬鹿が。中心温度は数万度。分からぬほどの愚者だったか。まだ幽斎の方が……」


 マシだった───。そう言いかけた時だった。カーチェに火球は接触する。本来ならば肉を溶かし、骨を焼き、灰すら残さない紅蓮の?。だというのに、カーチェはまるで涼しい顔で、その衣服すら燃え上がらず、素通りしたのだ!


 「なに?貴様、どういうトリックを!」

 「たどり着いたぞ、亜人王。騎士団への愚弄、騎士の妙技をもって償え。神聖五星騎士の絶技は、空間を無視する」

 「神聖五星騎士───オルヴェリン王立直属騎士団かッ!!」


 魔法使いはその性質上、接近されれば弱い。一閃を放つ。致命的となる一撃を正確無比に狙った。誰もがカーチェの勝利を疑わなかった。しかし甲高い金属音。カーチェの剣が宙を回転しながら舞い、そして地面に大きな音を立てて突き刺さった。何が起きたかは一目瞭然であった。エルヴィンの手には巨大な斧。それを軽々と片手で持っている。


 「ぬかったな。先程の技は驚かせたが、武芸に長けた魔術師を見るのは初めてか?」


 更に斧をカーチェに叩き込む。鎧を身にまとっているものの、受ければその鎧ごと叩き潰されるのが明白。カーチェは避けるしかなかった。その暴風のような斧の一撃から。


 「ぐっ……いいや?初めてではないさ……意外だっただけさ。私の知る奴は皆……お前みたいに優男ではなかったからな」


 出血。カーチェから血が飛び散る。出血量からして深い。リンデは叫び、剣を手に取る。だがそれを宗十郎は止めた。


 「なるほど、師匠を倒したのは卑劣な手でもなければ偶然でもない。亜人王エルヴィンとやら、敵ながらにして相当の実力者。リンデ、今は堪えたほうが良い。カーチェどのを信じ。そして、もしもの時に備え手の内を見定めるのだ」


 エルヴィンは動かないカーチェの仲間を一瞥する。


 「ほう、加勢に来ないか。頼りになる仲間だな?」

 「あぁ……そうだな……このくらいの傷で狼狽えていてはオルヴェリンの騎士は務まらない。私たちの戦いはいつだって、先の見えない暗黒の道を切り拓いてきた」


 カーチェは腰に下げたもう一つの剣を抜いた。


 「亜人王エルヴィンよ!今の一撃で私を殺せなかったこと!それがお前の敗因だ!」


 気がつくとカーチェの出血は止まっていた。エルヴィンの斧は確実に肉を切り裂き、その動脈を削り取ったはず。通常の人間の代謝では不可解な治癒能力。通常の人間では……。


 「ふむ、神聖五星騎士は伊達ではない。奇跡の御業、隠している秘中の秘があるな?」


 エルヴィンは不敵に笑う。


 「ならば!これならばどうだ!?」


 その斧を地面に叩き込んだ。その威力は地面全体を吹き飛ばし、周辺全てを破壊する。無数の瓦礫が吹き飛び火山弾のようにカーチェに襲い来る。大技を叩き込む布石。牽制技に過ぎない。

 だがエルヴィンの目論見は外れる。カーチェは無数の瓦礫を、全て避けて、最短距離で距離を詰めたのだ。神業とも言える見切り。人並み外れた能力。最早それは魔法ではなく奇跡ともいえる力だった。


 「悪いなエルヴィン、それは私が一番得意なことだ」


 剣の狙いは胴体中心。確実に死に至る急所。その切っ先がエルヴィンを確実に貫こうとしていた。


 「くっ……!」


 しかしエルヴィンもまた百戦錬磨。避けきれないことを確信したエルヴィンは自分に対し魔法を放った。魔法の直撃を食らったエルヴィンは大きく体勢を崩す。

 そしてカーチェの剣は大きく狙いを外し、エルヴィンの右肩を突き刺すが、カーチェに衝撃波を放ち、突き刺さった剣を無理やり引き剥がした。

 宗十郎たちはカーチェに駆け寄る。エルヴィンは今、負傷している。倒すならば絶好の好機!


 「おのれ……よもやここまでやるとは……。かくなる上は……」


 エルヴィンは右肩を抑え苦悶の表情を浮かべる。治癒魔法を使用するが思うように回復しない。カーチェの一撃は魔法回復を阻害する何かが込められていた。今、ここで死ぬわけにはいかない。彼が覚悟を決めた時だった。突然、奇声が聞こえた。この世のものとは思えない叫び声。まるで地獄の底からひねり出す亡者たちの呻き。


 「こ、これは……!クソッ、貴様たちの邪魔が入らなければ……!」

 「なんだ……?何をした亜人王!この奇声はなんだ!?」


 空間が歪みだす。破滅的なエネルギーだった。現れたのはまるでブラックホールのような黒点。少しずつ、少しずつ広がっていき、周辺の瓦礫を吸い込んでいく。そして宗十郎たちも、その絶大な吸引力に引っ張られていく。


 「カーチェ!なんだあの黒いものは!あれは……あれは……途方もないエネルギー!斬れぬ!星を凝縮したかのような高密度なエネルギーだ!」

 「私も知らない!あんなものがあるなんて聞いたことがない!五代表は知っていたのか!?こんなものが亜人王城にあったなどと……!!」


 黒い球体から生じるエネルギーはこの世のものとは思えなかった。周囲全てを巻き込み、空間に空いた孔のようだった。抵抗することができない。宗十郎たちは引っ張られていき、やがて黒い球体に呑み込まれていった。

 そして閉じる。残された者たちは唖然とするしかできなかった。

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