師と弟子
「な、なんなのこの気持ち……!あぁもう!うるさいし!」
ユウは困惑していた。何故だかは分からない。だが感じたのだ。宗十郎の口上に、魂が疼いたのだ。もどかしく分からないが、大切なことを忘れているような気がしたのだ!
しかし迫りくるは宗十郎の研ぎ澄まされたブシドー!考える暇などない!迎え撃つは亜人王より賜りし魔剣!絶対無敵!折れるはずのない魔剣である!
───だというのに、分かっている。この剣では……このがらくたでは勝てないことが。目の前のブシドーには。
「受けよ幽斎!これがお主に与える、ブシドーの灯火である!」
それは宗十郎が師、細川幽斎から最初に教わった剣!ブシドーの基本にして原点である自然体からの上段斬である!その一撃、単純ではあるが強力。まるで落雷の如し爆裂音を響き渡らせ、ブシドーを叩きつけるのだ!サムライブレードと魔剣がぶつかりあう。
だが所詮は魔剣。練り上げられたブシドーにより、魔剣は粉々に砕け散る!そしてブシドーはそれだけに留まらず!既に介錯のエンチャントを済ませていた一撃が、その生命を終わりに向かわせようと幽斎の体内へと駆け巡るのだ!
しかしその時、不思議なことが起こった!宗十郎と幽斎のブシドーがぶつかり合う!元来、幽斎は肉体を作り変えられたとはいえ達人ブシドー!しかし亜人王により変容させられていたため、ブシドーが十二分に発揮できなかったのだ!しかし今!宗十郎のブシドーが体内に流れたことで、幽斎のブシドーが活性化!再鼓動を始めたのだ!
ブシドーには精神操作の類は通用しない!ましてや幽斎は達人の域。
髪飾りが砕け散る。それは亜人王の支配の証であった。
「ぐっ……ぬっ……ぐぅ……」
幽斎はうめき声をあげる。それが太刀筋を鈍らせた。しかし───
「覚悟せよ幽斎!今こそ介錯の時!」
宗十郎はサムライブレードを振り下ろした!慈悲はない!否!生き恥を晒す師匠を今、ここで介錯することが慈悲なのだ!
「…………!?」
だが……そのサムライブレードは受け止められる。白刃取り。ブシドーを纏わせた両手で受け止める……そうブシドーの高等技なのだ。
「こ、これは……!師匠の愛用した……!」
「全く……乱暴な弟子を持ったものだ。だが、すまぬなシュウ。お主のブシドー、儂の魂に響き渡ったぞ」
宗十郎は刀をおろす。今、目の前にいるのは若い女性。知らぬのだ。知らぬ女性であるというのに。その表情の裏に、確かに見えたのだ。今も見ゆる、我が師匠の凛々しき姿が。
「応えよう、我が名は細川幽斎!恥ずかしながら、そこの男が師と仰ぐブシドー也!」
そして幽斎は宗十郎を抱きしめた。宗十郎は抵抗しなかった。最早、目の前にいるのは魔道に堕ちたブシドーに非ず。敬愛すべき我が師であると。
「すまぬな我が弟子よ。愚かな師を許してくれ」
師の謝罪の言葉。宗十郎はそれに応えるかのように師を抱き返す。
「何を、何を言いますか!拙者は、拙者は師匠が無事であれば、ただそれだけで……!」
知らぬ世界。異郷。慣れぬ大地。そこで初めて出会ったのだ。真のブシドーを。敬愛すべき師匠を。宗十郎はただ、ただ感激に胸を震わせていた。
「ところでお前、主君はどうしたのだ?それに父君は?一緒ではないのか?」
「父は……死にました。主君はいずこかや……。拙者がしんがりを務めたのですが、結果はこのとおり。生き恥を晒しているのは拙者も同じで候。さぁ師匠、共に亜人王を殺しに行きましょう。師匠に生き恥を与えた悪鬼。生かしてはおけません」
歯を食いしばり悲痛な表情を浮かべる宗十郎に幽斎は悲しみの表情を浮かべた。
「そうか……済まぬな。辛いことを聞いてしまった。だがシュウよ、お前のやることは亜人王を殺すことではないだろう?忘れたか、ブシドーは……」
「主君を何よりも重んじること。で、ありますね。無論、師匠の教え。この宗十郎一度たりとも忘れてはおりませぬ」
ブシドーたるもの私怨で動いてはならない。それは鉄の掟である。
「しかし……しかしそれでは拙者の気が済みませぬ!敵に操られていたとはいえ、そのような娼婦のような格好……師匠にとっては耐え難い屈辱のはず!拙者にとっては師匠は親同然!このようなことをされて黙っていられるものが……ッ!」
宗十郎の言葉に幽斎は自らの肩を抱いて少し目線を外す。恐らくは今も恥辱に満ち足りながら必死にブシドーでこらえていると思うと、宗十郎の胸は張り裂ける思いだったのだ!
「シュウ、儂のことなら気にするな。良いか、ブシドーは常に平穏でなければならない。膳の心だ。お前の心遣い、それだけで十分だ。今は共にお前の主君救う手筈を考えよう」
「し、師匠!申し訳ありませぬ!出過ぎた真似でした!師匠のその想い承りました!」
気づくと世界が晴れ渡ってくる。あれだけの騒動、周囲が気づかないのは不自然。当然のことであった。ここは亜人王の企てを妨害する不届き者を暗殺する為に用意した隔離空間だったのだ。亜人王の魔術である。それが今、解除されたのだ。
「ユウちゃん!何か凄く時間かかってるけど、どうしたの!?ファンがもう限界よ!?」
彼はアイドルゆうゆうのマネージャーである。そう、今しがたブシドーの激戦を繰り広げていたとき、そして感動の再会に感極まっていたとき、既に握手タイムを完全に超過していたのだ。激怒したファンが今にもなだれこみそうである。
「いや、師匠は……」
「みんなマジでごめーん!この人たちさ、ユウのためにゴブリンを駆除してくれた人たちなの……寂しかったんだ……ファンのみんなと会えなくて……だからこの人には感謝の言葉がつい溢れちゃって……ごめんね、許して欲しいなぁ……?」
ユウは媚びた声で上目遣いで胸の谷間を見せつけるように、もじもじと指先を弄る。その姿にファンたちは叫びながら許したのだ。ああ悲しきは男たちのサガ!
「し、師匠……?」
「は!?い、いや違うのシュウ……これはその……」
条件反射である!プロ意識!ファンの期待に応え、裏切ってはならないというアイドルとしての本能が、幽斎をアイドルのユウとして反射的に対応したのだ!そんな姿を宗十郎は信じられぬものを見る目で見ていた!
幽斎は赤面する。当然である。宗十郎は幼き頃より子同然にかわいがっていた愛弟子。例え今はアイドルであろうとも、幽斎にとっては宗十郎はファンよりも遥かに大切なもの。ファンよりも宗十郎の期待に応えなくてはならないと、葛藤した結果……今の発言はまずいと感じたのだ!
宗十郎は思い悩む。確かに師匠は正気に戻っていたはずなのだ、それは先程の抱擁からもハッキリしていたはず!確かに……幼き頃に感じた温もりが……。揺れる心、そんな姿を幽斎は察していた。このままでは自分の好感度が地に落ちると危惧したのだ!
「お、愚か者!良いかシュウよ!見よこの数を!まさに戦場!合戦である!これほどの大群を見たことがあるか!?これは修行の一環なのだ!これだけの大衆の前で平然と……ブシドーを保てるかの!ブシドー修行なのだぞシュウ!!」
「!!な、なるほど!流石師匠!拙者の考えに至らぬ高尚な考え……!邪推をした自分が恥でござった!」
無論嘘である!宗十郎に失望されまいと咄嗟についた苦しい言い訳であるが、宗十郎はそれを信じた!当然である!ブシドーが虚偽を……ましてや親子同然の師匠が自分に対して嘘偽りをつくなどありえぬと知っているからだ!それはまるで雛鳥のように、幽斎の言う事をそのとおりに真に受けたのだ!
幽斎はそんな純粋な目で自分を見る宗十郎の姿に少し胸が痛む。だがどうか許して欲しい。師とて人間なのだ。愛弟子に失望されてしまっては……とても悲しいのだから……。
「シュウよ……電話は持っているな?貸すのだ」
それはカーチェに渡されたもの。宗十郎は取り出して幽斎に手渡した。
「うむ、儂の連絡先を登録しておいた。ひとまずこの場では彼らファンの応対をしなくてはならない。後でシュウの自宅で落ち合おうぞ」
こうしてゆうゆうのコンサートと握手会は無事終わることになる。
カーチェは一連の出来事を見て不安を覚える。亜人王……宗十郎の師匠をも倒す恐ろしい存在。五代表に報告し、至急対策を考える必要があると思ったのだ。
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