せめてこの手で

 「師匠、これはどういうつもりか」

 「どうもこうもないけど?計画の邪魔をするなら殺すしかないじゃん?あ、ごめんごめん。聞いてなかった。あたしと一緒に、このオルヴェリンを攻めない?何ならほらぁ……ちょっとだけなら、ゆうのこと好きにしてもいいよ?」


 誘惑するかのように、スカートをたくし上げ太ももを見せつける幽斎。それは娼婦のそれであり、宗十郎はひどく混乱していた!そもそも何故、老齢の男性である師匠が女性になっているのか……そこからして意味が分からないのだ。


 「あーそういえば説明してなかったねぇ。あたしさ亜人王に挑んだんだけどやられちゃったの。それでさ……気づいたらこんな身体にされちゃって……脳も弄られちゃって……それで気づいちゃったんだぁ、亜人王様のために働くのが至上の喜びだって!」

 「カーチェ、亜人王とは誰だ」


 静かに、怒りのこもった声だった。カーチェは宗十郎のただならぬ雰囲気に呑まれかけたが、声を振り絞り答える。


 「し、知らない!亜人王とは私も初耳だ!恐らくは異郷者の類ではないか……?」

 「そうか……」


 そう静かに宗十郎は答えた。亜人王が何者かは分からない。だが確かに、言えることがある。師匠は敗れた。そこは仕方がない。ブシドーというものはいつか死ぬもの。敗北は……未熟故のものだからだ。

 許せぬのは師匠を倒しただけではなく、その肉体を若い女性に変えて、その精神性まで弄ったことだ。尊厳の破壊。ただ殺すよりも外道たる生き恥を晒させるもの。


 ブシドーとは決して相容れぬ鬼畜外道、悪鬼羅刹、極悪非道。許せぬ、断じて許せぬ。黒服がニヤついた目で見ている。まるで嘲笑うかのようだった。


 「貴様らかッ!貴様らが師匠をこのような生き恥をッ!!おのれ、許されると思うなッ!今ここで殺す!!」


 放たれるはブシドースラッシュ!サムライブレードに込めたブシドーを吹き飛ばす遠隔斬撃技である!黒服に目掛けて放たれるその技は残酷にも真っ二つに……切り裂かれなかった。幽斎が防いだのだ。


 「ちょっとぉ、クロちゃんは関係なくない?ていうかぁ、交渉決裂ってこと?シュウ?ユウ悲しいなぁ、昔はあんなに仲良くしてたのに」

 「……師匠。ご安心を。師匠の生き恥は、拙者が終わらせます。申し訳ありませんでした。拙者がいち早く、師匠を助太刀していれば、このようなことには。介錯致し申す。どうか、ブシドーらしく」


 最後の願い。師匠の中に、僅かにでもブシドーとしての矜持が残っていることを願ったのだ。だが、それは容易く裏切られた。


 「はぁ?意味わかんないし。あたしは好きでやってるのシュウ。まぁいいや、亜人王様の邪魔するなら死んでくんない?」


 幽斎……もといユウは剣を取り出す。それはサムライブレードでは最早なかった。生命のように脈打つ魔剣。亜人王から賜った新たなる武器。

 彼女は笑みを浮かべていた。それは親愛が入り混じった……殺意。


 「最早……ブシドーはなくなったか……いいだろう……ッ!!」


 大気が震える。重力が増す!宗十郎のブシドーが全力の開放を行ったのだ!敵はかつての師匠。手加減様子見一切する必要はない!技全てを知り尽くしている!なによりも……宗十郎は怒りに満ち溢れていた!このような……敗者を冒涜する悪魔のような行いにッ!


 「受けよッ!これがブシドーの真骨頂!亜人王なんぞに負けるはずがないッッ!!」


 サムライブレードに限界を超えたブシドーが注ぎ込まれる!ナノマシンがその限界値を超えて刃を剥離し、膨張!サムライブレードの周囲を飛び交う光の刃となるのだ!その切れ味はまさに断てぬものなし!光り輝く斬撃となって相手に叩き込む必殺剣である!ブシドーステップにより距離をつめ、その全身全霊を叩き込む!

 その莫大なエネルギーに空間が破裂する!世界がブシドーの濁流に耐えきれず崩壊しかけているのだ!


 それほどまでに宗十郎の怒りのブシドーは強く、悲しいものだった。並のものはこのブシドーに触れただけで失神するであろう。だが此度の相手は違う!違うのだ!迎え撃つはユウ。涼しい顔で剣を構える。


 「ダメだって、もうシュウ?言ったっしょ?そんな力押しで、女の子落とせないよ?」


 暴風のような荒々しい宗十郎のブシドーをまるで清流に流れる木の葉のように受け流す。これはアイキスタイル。それは受け流すだけに留まらない。その力を利用し、隙を見せた宗十郎へと叩き込む。

 ユウの細い手が宗十郎の腹部に触れる。それだけで十分だった。瞬間、迸る衝撃。


 「ガハァ……ッ!!」


 達人級のアイキスタイルを受けた宗十郎は、その莫大なエネルギーを自らに受けてしまう。云うならばカウンターであった。

 うめき声をあげ転がる。行き場のなくなったブシドーエネルギーが宗十郎の身体を切り裂く。それは神域とも言える技であった。


 「きゃはは!ちょっとシュウ、マジで受けるんですけど。ねぇちょっと写真とっていい?無様に倒れたブシドーみたいな」


 宗十郎は拳を握りしめる。歯を食いしばる。力が通じないことの悔しさではない。よもや……よもや……あの師匠が……死合いの相手を侮辱し罵倒するなど……!信じられないことだった!許せぬは亜人王!必ず殺すべし!


 「おのれ!おのれおのれ!おのれ亜人王!よくも、よくも師匠にこのような生き恥を!殺す、殺してやるぞ!!」


 冷静さを完全に失った宗十郎は更にブシドーをサムライブレードに注入し続ける!限界に限界を迎えたサムライブレードは赤く輝き熱を帯び始めた!ナノマシンの耐久も限界が近いのだ!本来の使い方とはかけ離れたその力に暴走状態に近い状態になっていく!サムライブレードを振りかぶりユウに向かって切り裂く!

 だが宗十郎の決死の攻撃は躱され、ユウは隙だらけの宗十郎を魔剣で斬りつける。傷跡からおびただしい血液とブシドーが溢れる。まるでハラキリのようだった。だが宗十郎は詫びたわけではない。


 「が……ぐ……はぁ……」


 意識が消え入りそうだった。魔剣は致命傷。皮膚を裂き、肉を断ち、骨を削った。最早、宗十郎の命は風前の灯火。


 「なーんか、萎えたなぁ。シュウさぁ、弱くなってない?そんなクソザコなら別にいらないし、勧誘とかしなくてもいいじゃん」


 声も、姿も、違うというのに、師匠の失望の声。それが宗十郎にとって、今日受けたどんな攻撃よりも酷く傷をつけた。


 ───これは幼き頃の風景。走馬灯。親元を離れ、師匠である細川幽斎とともにブシドーを教わっていた頃のことであった。寝食ともにし、ただひたすら修行に明け暮れる日々。辛いことも多かったが、師匠との日々は大切な思い出であった。


 「良いかシュウよ、武士とは肉体を鍛えればいいだけではない」


 その頃は、ただ力さえ強ければ父や師のように強くなれると盲信していた。


 「最も大事なのはブシドーだ。良いかシュウ、いついかなる時も忘れるな。兵とは、ブシドーとともにあるもの。免許皆伝に至ったものは皆……ブシドーを忘れない。良いか。常に心得るのだ、この草原のように広やかな心と、この湖のように、澄み切った心を……」


 風に揺れ、葉音がさざめく。赤焼けの雄大な景色。師匠が毎日のように口癖のように話していたことだった。それは師匠の教え。大切な言葉だった。


 魔剣に切り裂かれた肉体から血が溢れ続けている。


 ───何故、拙者は……。否、分かりきっている。我を失っていたのだ。師匠の魂を穢され、ブシドーを忘れていたのだ。未熟さ故に。


 宗十郎は体内の細胞をブシドーにより活性化させる。傷跡は腹式呼吸により丹田にブシドーを溜めることによって生命力を活性化させ治癒することが可能である。師匠の武器はサムライブレードでもニンジャブレードでもない。

 これは、偽物の刃物である。例えそこにブシドーが込められていても、真なるブシドーの武器でなくてはブシドーを殺すことはできない。魔剣などブシドーの前では無意味。ただの包丁にも劣る玩具なのだ。


 ユウのニヤついた顔が真顔になる。宗十郎の様子が変わったことに気がついたのだ。明白であった。暴風のようだったブシドーは今はまるで、収束した炎のようだった。そこにいるのは一人の武士。かつて彼女に教えを請うた子供ではない。

 宗十郎は立ち上がる。今一度、サムライブレードを持って。師匠を介錯するために。

 構えるは自然体。その手にサムライブレードを握りしめて、眼前の敵を倒すために。


 「我が名は千刃宗十郎!彩の国の武士にしてブシドーである!此度は我が師、幽斎を……魔道に堕ちた幽斎の介錯を為すため参上仕った!いざ!尋常に!参る!!」


 そこにもう迷いはない。宗十郎の心は漂白。波一つない水面のようであった。今はただ、魔道に堕ちた師を救うために、一心のブシドーを手向けるのだ!空気はまるで冬暁の如く張り詰める。覚悟決めた宗十郎のブシドーが世界を変えようとしているのだ!

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