意外な再会

 ───そして時間が過ぎ、宗十郎邸宅。幽斎は推参した。アイドル衣装ではなくブシドーとして……愛弟子には恥ずかしい姿を見せてしまったがこれならば問題はあるまいと!


 「頼もう!シュウよ!幽斎が参ったぞ、入っても良いか!」


 意気揚々とドアを開けて部屋に入る!返事はなかったが、そもそも親と子のような関係!今更そのような礼儀など不要なのだ!


 「あ、ユウさんですか?宗十郎は今、留守です。会いたい人がいるみたいで」


 そこにいるのは留守番を任されたゴブリンの少女であるリンデであった。そしてそれを見張るようにカーチェがいる。


 「そうであったか……仕方ない。それでは待たせてもらうとしよう。師匠を待たせるとはしょうがない弟子よ」


 あぐらを組んで座る。外見からは想像もつかない態度だが、中身は齢八十過ぎの老人。思えば当然のことかとカーチェとリンデは納得したのだ。


 「ところでカーチェさん。化粧はしないのです?ゴブリンの私でもするというのに」

 「そんなものどうしてする必要がある?化粧なんてのは男に媚びる女がするもの。私のような騎士には不要だよ」

 「はぁ……じゃあ何もしてないんですか……?肌のケアとか……こういうのって若いうちからするのが大事なんですよ。気づいた時には手遅れ、です。身だしなみは騎士とやらの矜持には入ってないんですか?」

 「む……!ご、ゴブリンのくせに言うじゃないか。それじゃあ何か?お前は何かしてるっていうのか?つい最近まで洞窟に引きこもっていたのに」


 リンデは失笑する。その反応にカーチェは眉間をひくつかせた。


 「何がおかしい?」


 「い、いえ……本当に何も知らないんだなって……クスクス」


 「マジで!?じゃあさじゃあさ!ひょっとしてリンデちゃんってアプロの原料提供してる噂の森の住人たちと交易があんの!?やっばぃそれさぁ、ねぇ特別価格でコスメとか譲ってもらえたり?いいなぁーあたしも紹介してくれたりとかできないの??」


 突然、幽斎が会話に入ってきた。一瞬即発の空気だった二人が唖然とした表情で幽斎を見つめる。その様子に、ようやく気がついたかのように幽斎は活き活きとした笑顔を直し、すぐに表情を落ち着かせて咳払いをした。


 「失礼、儂の言う事は気になさるな。続けて」


 「……まぁその……そういうわけなんですカーチェさん。私たちゴブリンは森の住人と呼ばれる亜人たちと交易をしていまして、その中にはあなた方人間が使う高級化粧品ブランドメーカー『アプロ』がよく使う原料品もあるのですよ」


 「……ふむ、なるほど?だが森の住人とはエルフたちのことか?仲が悪いのでは?」


 「誤解ですね。私たちはエルフとも対等な関係です。彼らはそもそも自然とともに生きることを至上とする者たち。根本を辿ればゴブリンとそう変わらないのですよ。まぁゴブリンはエルフと違って人もエルフも襲いますケド。何ならゴブリンも襲っちゃいます」


 「エルフってあの美形で有名なヤツ!?いいなぁぁぁ何々、連絡先とか交換してるの?あたしもモデルの仕事のとき一緒になったことあるけど、凄い綺麗だよねぇ……同じ女性として見ても惚れ惚れしちゃうというかぁ……」


 興奮したようにまた幽斎が話に割り込んできた。カーチェの白けた視線に気が付き、ハッとした表情を浮かべまた大人しくなる。


 「うむ、続けて」


 「そんな何事も無かったかのように凛々しい態度とられても無理あるのだが……幽斎さん、ひょっとして亜人王に洗脳されていたのは目的意識だけでその態度は最初から……」


 「何を言っているのだ?ブシドーが女子供のような態度をとる筈がなかろう」


 「ちなみに実はアプロに提供してる化粧品の原料、巣から持ってきてます、ほらこれ」


 「うわぁぁ!ねぇねぇマジマジ?やっば!後でちょっと試させて!アプロのコスメって質がいいんだよねぇ、ノリがいいっていうかぁ、でも高いし、普段遣いには厳しいんだけど、いつメンの人ら皆、使ってるし、メイクの人もオススメするんだよねぇ!」


 リンデが取り出した化粧品に目を輝かせ早口で幽斎は語りだす。リンデの冷たい視線に気が付き、少し戸惑いを見せたが、ついに観念したのか幽斎は白状した。

 記憶こそは……確かに細川幽斎そのものなのだが、この身体になってからどうも精神が引っ張られるという。そしてそんな自分も悪くないと感じだして……気づいたときには女としてアイドルやモデル業をしていたのだ。別に亜人王とかは関係ないのだ。


 「最初からそう言えば良いのに……なぜ隠すようなことを……?」

 「うぅ……宗十郎だ……彼の目を見ると……思い出すの。幼い頃、ともに修行した日々を……あの子はあたしの最後の弟子だったから印象も深かったし、かわいかったし……そんな彼が……あんな純粋な目で見てきたらさ……失望なんてさせられないじゃん!格好つけたくなるじゃん!?」


 それは確かに、この世界に来る前にあった絆であった。ブシドーとブシドー、師弟の深い絆は決してどんな刃でも断ち切れないのだ!全身全霊のブシドーを叩き込まれた時に感じたのだ!その熱き想いを!激情を!故に決意した。宗十郎の師として、恥じぬ振る舞いをしようと。愛弟子を決して失望させてはならぬと!


 「だからさ……あたしのことはシュウには秘密にしてくれない!?お願い!」


 幽斎は両手を合わせて頭を下げる。


 「顔をあげてくださいユウさん。大丈夫ですから」

 「リンデちゃん……ありがとう……」


 リンデの言葉に涙ぐみながら幽斎はその手をとる。


 「ところでブシドーというのは師匠が認めれば結婚できるんですよね?私と宗十郎の結婚を認めてもらえないですか?」


 そのまま幽斎の手を両手で掴みリンデは幽斎に詰め寄った。認めるまで離さないといった勢いだ。カーチェはそれを無理やり引き剥がし、幽斎に謝罪した。


 「あ、あはは……リンデちゃんのこと知らないし……認めるのはまだ先かな~……」


 愛想笑いをしながら、遠回しに断る。言われてから気がついたのだ。この世界に宗十郎の婚姻を許すのは確かに自分だけかもしれない。責任重大だと思った。


 ───宗十郎は一人、とある異郷者のもとへと訪ねようとしていた。名をジョン・フォン・ノイマン。この世界に自分と同じように迷い込んだ異郷者である。この「すまほ」とやらを作り上げたのもその男らしく、曰く世界を変革する天才という。


 ならば……元の世界に戻れる絡繰り機械の類も作れるのではないかと考えたのだ。そこでまずは挨拶をしようと考えたのだ。

 街を歩いていると気がついたことがある。それは文明の発展度合いがまるでアンバランス……均等がとれていないということだ。文明とはあるものが発展すればそれに引っ張られるようにつられて発展していくもの。だというのにこの街は「すまほ」なる奇天烈なものがあるかと思えば……まるで前時代的な建物が立ち並ぶ。異郷者たちが持ち運んできた様々な世界のものが集まり、その文化を吸収した結果、歪な文化形態が生まれたのだろうか。


 人通りの少ない場所までやってきた。裏路地。どの世界にもあるものだ。綺羅びやかな世界の表と裏。


 「そろそろ良いであろう。姿を現すがよい。お主の尾行は既に感知されている」


 後ろを振り向き身構える。先ほどからずっと感じていた気配。上手くカモフラージュしているがブシドーには筒抜けである。ブシドーセンスは千里先の針の音すら聞き取れる。

 尾行者は物陰から姿を現す。その姿には見覚えがあった。忘れるはずもない。それは確かに殺した男。予想外の男に宗十郎は驚き隠せなかった。


 「どうした。死人がここにいることが、そんなに不思議か宗十郎」


 忍者装束に身を包んだその姿は紛れもなく、介錯したハンゾーであった。千の忍者部隊を率いるニンジャコマンドー。そして……トクガワの犬である!


 「戯けたこと、拙者の介錯が未熟だっただけのこと。今一度、まみえんと言うのならば、ここで再度介錯致し申す!」


 戸惑いこそはしたものの、それは己が未熟の故と考え、宗十郎はサムライブレードを抜き、構える。

 ブシドーと忍者、出会ったのならば殺し合う。それは必然的な化学反応ケミストリーである。二人の闘気がぶつかり、空間は緊張感に支配された。


 「その意気やよし、ならばそれに応えたい……というところだが」

 「ァァァッッ!!」


 ハンゾーの話を終える前に宗十郎はブシドーを叩き込む!ほとばしるブシドーは紫電の如き鳴神を放ちハンゾーを襲う。

 しかしそこはマスター級の達人。ハンゾーはニンジャブレードで受け止める。二対のブレードが異世界で刃散らし、悲鳴のような甲高き音をあげる!

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