世界の真実

 「なぁ宗十郎、少し話をしても良いか……?」


 宗十郎は座り込み仮眠を取ろうとしていたが、静かに頷く。


 「知ってのとおり私はオルヴェリンに生まれ育ち……騎士として恥の無いよう生きてきたつもりだった。幼い頃から鍛錬を積み重ね、教育を受け続け……いつしか神聖五星騎士などという大層な肩書きも得られるようになったよ」


 幼き頃から抱き続けた夢。立派な騎士になり人々のためにあろうという夢。それは決して穢れなき純粋な夢だった。


 「だがそれも皆……全てデタラメだった!意味のないことだったんだ!私の人生は喜劇そのものだ!」


 それは感情の発露であった。今まで信じてきたものに裏切られたこと。それは絶望を通り越し、放心。何もかもが抜け落ちたような感覚で笑うしかなかったのだ。


 「皆はこの所業を知らなかったのか?ありえないな、人を攫い施設に閉じ込めるには組織だっての行動が必要だ」


 カーチェは何も知らない。知らされていなかった。自分の立場は王立直属騎士。であるというのに知らないということは組織だっての隠蔽。

 明白である。誰がしているのか?五代表はこのことを知っているのか?カーチェは何も知らない。


 「私はただ間抜けに騎士を気取っていただけだ!はは……ああ、私の矜持など子供の夢物語。合理性を考え、機械のように生きれば良かった。そうすればこんな、こんな惨めな思いをする必要もなかった」


 全てを救う。差別などなく弱者などない世界。それは確かに少女の見る夢。非現実で合理性に欠けるもの。それでもカーチェは信じたかった。だが、信じた結果が今である。


 「差別、生贄とは合理的だ。人は比較し優越に浸るもの。己よりも虐げられしものがいれば現状に不満を持たぬ。それは為政者において有難い話であるが故」


 多少の圧政も杜撰な政治も、差別対象がいれば人々は不満を漏らすことはない。宗十郎も知っている。弱者を意図的に作り上げ、差別することで、社会を平穏のものとするまつりごとを。

 差別対象がいれば、多少無茶な労働も人々は耐えるだろう。団結力もするだろう。都合の悪い事実の隠蔽も容易。"あれ"よりマシと、差別対象を蔑みながら。


 「しかしそこにブシドーはない。信念なき力は一流には及ばぬ。誇れカーチェ。お前の生涯は断じて無駄ではない」

 「そんなこと言われなくても分かっているよ!!」


 言葉を遮り壁を叩きつける。壁には亀裂が入りパラパラと破片が落ちた。


 「分かっている、分かっているんだ……。だが……私とて人だ。もう限界なんだ……」


 張り詰めていた緊張感は解け、現実を直視したカーチェは完全に弱気になっていた。力なく宗十郎の胸を叩く。人に当たるなど騎士の風上にも置けない行動ではあるが、それでも何かに想いをぶつけなくては気がすまなかった。


 「今は思うように吐露するといい。ブシドーとて同じだ。ハラキリすら許されず生き恥を晒しながらも生き続けなくてはならぬ時もある。こう……上手くは言えないが……」


 主君が道を間違えたとき。自分ならばどうするか。嘆くカーチェを慰めながら、宗十郎は自問自答していた。主君に限ってそのようなことはないと知りつつも。


 「そうだ、今は皆に伝えなくては……この所業を!まだ私にはできることがある……急ぐぞ宗十郎!ヨミヒラツカがこの船の行き先ならば、早くこの船から逃げ出さなくては!!」

 「突然どうしたのだ。何か不都合が出来たのか?」


 カーチェは血相を変えて宗十郎を引っ張り外へと向かう。


 「異郷者のお前は知らないだろうな。この世界は異世界から多くの人々がやってくるのは知っているだろう?だが宗十郎、異郷者と呼ばれる者たちはその中でも一握りなんだ。大半は、ただの通過点。カロンに乗って旅立つんだ。ヨミヒラツカと呼ばれる世界へ」

 「旅立つ……?それが何故、今すぐに飛び降りることに繋がるのだ」

 「通過点と行っただろう。この世界では子供も知っていること。この世、そして異界より集いし数多の旅人たちは、禊ぎを受け、楽園に向かう。それが昔からの常識なんだ」


 話をしながら船の甲板へと出てきた。カーチェは非常用ボートと浮き輪を取りに行った。何が何だか分からぬが、船に乗っていれば、二度と帰れぬ……ということは分かる。

 手すりを掴み湖を見る。夜だからか底が見えない。ボートを使うのが最善だろう。ブシドーたるもの泳ぎには自信があるが、何故だか分からぬが、不気味な印象を受けた。まるで湖に沈むと、何か別の扉が開かれるような……そんな気がした。


 「宗十郎!準備を手伝ってくれ!梯子とクレーンを使ってボートを降ろすんだ!」


 カーチェは船に付いているクレーンにボートをくくりつけていた。あれを操作して降ろすのだろう。宗十郎は「分かった」とカーチェの指示に従いクレーンの操作盤に向かおうとしたとき、何者かに足を掴まれる。足元を見ると手だけが自身の足首をつかんでいる。

 手は更に無数に生えてきて、無数の人々が現れる。血の気がなく幽鬼のようだった。


 「これは幽鬼、魑魅魍魎の類か?体温を感じられぬ」


 明らかな敵意。言うまでもなく悪霊である。


 「逃さぬ……お前も我らと同じであろう……?どうしてお前だけが……」


 根の国より捻り出したようなうめき声。無数の幽鬼は恨み言のように宗十郎に話しかける。覚えのない、初対面だ。


 「まずい、宗十郎の存在に気がついたか!急げ宗十郎!お前も連れて行かれるぞ!!」


 奇妙なのは彼らが敵意向けるのは宗十郎のみ。カーチェには興味がないようだった。一体何の違いがあるのか、幽鬼たちはカーチェを無視する。


 「言っただろう宗十郎!彼らは送り人!お前と同じだ!彼らは仲間であるはずのお前が何故、ともにヨミヒラツカに行かないのか、嫉妬しているのだ!」

 「何を言っている?仲間?俺が?カーチェよ、説明してくれ。意味がわからない」

 「言葉の通りだ!彼らの中に、稀に異郷者と呼ばれる存在、宗十郎のように自由意志を持ってこの世界で生きるものがいるのだ!故に彼らはお前が妬ましいんだ!」


 ───脳が理解を拒んでいた。カーチェの言い方だと、まるで……まるで……。


 送り人たちはまるで餓鬼のように宗十郎にしがみつく。離さないといった様子だ。それを宗十郎は乱暴に振り払う。しかしその表情には困惑が浮かんでいる。ブシドーセンス故に分かるのだ。今、自身にしがみついている者たちは死した者たち。人の形こそはしていても、生命を感じさせない。そしてそんな彼らと自分は同じということは。


 聞いたことがある。死した魂が彷徨う場所。穢れを落とし、試練を乗り越え、楽園へと向かう間の場所。世界の隙間。その名を煉獄。


 ここは異世界ではないのだ。世界の延長線……即ち……。


 「俺は……あのとき……あの戦場で……既に死んでいたのか」

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