ゴブリンの神
「外道風情が……数々の非礼を侘びもせず、都合が悪くなれば助けてもらうだと?甘ったれるな!命乞いをする前に、度々の貴様らの無礼、詫びるのが先決であろう!!」
怒りを顕にした宗十郎の雄叫びにゴブリンたちは怯える。哀れゴブリンたちにとって目の前の男はただの死神でしかなかった!何一つ常識の通じない!
宗十郎の手に握りしめられたサブライブレードが光る!今こそこの無礼者に天誅を下す時が来たのだ!
「どうか怒りをお鎮めください宗十郎さん。ボスの非礼無礼は今、ボスの死を以て償われたはずです。それでも侘びが必要ならば、言葉を知らぬ彼らに代わり私が謝罪致します」
今にもその剣が振り下ろされようとしたとき、女性の声がした。カーチェは目を見張る。それは女ゴブリンであった。極めて希少種。ゴブリンは基本的に雄が多く他種族の雌を使い繁殖するのが基本だが、稀に雌が誕生する。外見も他のゴブリンと異なり母体の遺伝子を色濃く受け継ぐ。
此度の女ゴブリンは母親に似て美しい容貌をしていた。そして希少種故にゴブリンはその存在を崇拝し丁重に扱うのだ。
だがそれよりも恐るべきは……人語を介するということ。高度な知能を持つことを意味する。ボスゴブリンよりも遥かに厄介な存在である。
「む……なるほど。ならば話は変わる。貴様らの大将首はこの千刃宗十郎が貰い受ける。この事実を以てして、貴様らは降伏をするという認識で良いか」
ただ宗十郎にとっては関係がない。敵が言葉を交わし非礼を詫びるのであれば話は別だからだ。
「はい、我々はあなたに降伏します。どうかこれ以上の暴力はやめてください」
「良いだろう、であるならばブシドーに基づき貴様らの保護を……」
捕虜の待遇は但馬条約により定められている。ブシドーの戦場は決して無秩序なものではない。
「待つんだ!!」
宗十郎は降伏勧告をしたゴブリンたちに丁重な扱いを決意したその時だった。カーチェが叫び物言いをしたのだ!何事かと宗十郎はカーチェへと視線を移す。
「そいつらはゴブリンだ。皆殺しにしなくてはならない。見逃すつもりなのか」
「大将を失い降伏した相手を殺す理由はない。それはただの外道と変わらん」
「見ろ!そいつらは私たちの仲間を凌辱したのだぞ!許されると思っているのか!?」
カーチェは指差す。首輪に繋がれぐったりとした女性たち。ボスゴブリンが死亡しても何の反応もなかったことから本当に人質……虜囚だったのだろう。
「戦争ではよくあることだ。一々目くじらを立てることではない。それにその命令を出した大将首はとった。何の問題もない」
「凌辱したのはボスゴブリンだけではない!周りのゴブリンたちも同罪だ!」
「敵に囚われた時点で、そうなるのは必然。だからこそ、そのような悪逆非道な振る舞いを指揮した大将は殺す必要があった。そして今、殺した。それで終わりだ」
やはり異郷者、価値観がまるで違うのだとカーチェは認識した。ゴブリンに限った話ではない。いわゆる亜人種と呼ばれるものたちは自分たちとはまるで違うもの。相容れない存在。だというのに、この男は亜人も私たち人間も同じ目線で見ているのだ。
気づくとゴブリンたちは宗十郎の後ろで怯えるようにカーチェを見ていた。まるでこちらが悪人のようだ。この世界で正論を言っているのは間違いなくカーチェだというのに。
「……百歩譲ってゴブリンは見逃すとしよう。だがそこの女ゴブリン!そいつは殺すんだ!人語を介するゴブリンなど危険極まりない!」
女ゴブリンの危険性をカーチェは理解している。故に彼女だけでも仕留めなくてはならないという使命感に燃えていた。
「断る」
だが、それを宗十郎は即断して否定する。
「何でだ!!?」
「言ったはずだ。降伏した敗残兵を斬るなどブシドーとして万死に値する恥知らずな行為。礼節を見せる相手には礼節で応えるのがブシドーたるもの」
その言葉に女ゴブリンは反応する。不安そうな目で宗十郎を見つめた。
「ああ、無論拙者は可能な限り貴様の礼節には応えるつもりだ。貴様が仲間だと謳い殺してほしくないと懇願するのであれば……他ゴブリンどもを殺すつもりは拙者にはない」
「ありがとうございます……この恩は必ず……」
「ふざけるなッッ!!」
ゴブリンたちと和やかな空気を醸し出してきた宗十郎に対しついにカーチェは激怒した。あまりにも常識知らずなこの男の態度についに堪忍袋の緒が切れたのだ。
「ゴブリンは敵だ!敵なんだ!相容れない存在!知らないのだろう、その女ゴブリンの生態も!いいか?希少種として産まれた女ゴブリンのやることは唯一つ!優秀なオスと交配し更にゴブリン一族の力を高めることだ!ゴブリンは異種族との交配を可能とする種族!それは女ゴブリンも同じなんだ!礼節?違うな!単に君に発情しているだけだ!」
そう、女ゴブリンの恐ろしさはそこにある。その美麗な容貌で時の国王に取り入り、国がゴブリンの楽園となりかけたこともある。あるいは竜種との交配でドラゴンゴブリンなどというとんでもない一族を生み出したこともあるのだ。女ゴブリンが危険なのはつまるところそういうところである。そして人語を介するということはいずれは傾国の魔女として国を支配しかねない恐ろしい存在なのだ!
「それの……何の問題があるのだ……?」
「はぁ!?なんだ君はやはり男だから悪くないとでも思っているのか!失望したよ!!」
「いや、女性が強い男性を求め媚を売り、娶ってもらうのは自然なことでは……?」
「~~~ッッ!!」
忘れていた。この男は人間も亜人も平等に見ている。彼にとっては女ゴブリンも一人の女性で、女性が男性に恋をして家庭を作ることなど、ただの当たり前のことでしかないのだ。
だがそれ以前に、それが自然だと思っている宗十郎に対して怒りで頭が真っ白になった。
「そんな生き方誰が決めた!生き方というのは自分で決めるものだ!他者がどうにか言うものではない!!」
「むぅ……確かに女性でも戦場に出て戦い、誰とも婚姻を結ばぬものはいたか……」
怒るカーチェに宗十郎は困惑した。文化の違い、死生観の違いか。ここまで本気で激怒するとは思わなかったからだ。
「あ、あの……少し良いですか、宗十郎さん……」
カーチェの説教を黙って聞いていた宗十郎に対して女ゴブリンはおずおずと申し訳無さそうに話しかける。
「宗十郎で良い。えーっと……貴様の名前は……」
「リンデです、宗十郎。取り込み中、申し訳ないとは思ったのですが、そろそろ危険だと思ったので……」
リンデの声は小さく、どこか怯えているようだった。
「危険?どういうことだ」
宗十郎は、リンデの言葉を怪訝そうに尋ねる。
「はい、この洞窟には神がいるのです。私たちは神の為に生贄として人間たちを捧げていました。もし人間が足りなければ仲間のゴブリンさえも……。そして今日はまだ神に生贄を捧げていません。このままでは神が怒り狂い、ここにいる全員を喰い殺すでしょう」
リンデの説明に、宗十郎は眉をひそめる。
「……カーチェ。今の話は聞いたことがあるか?」
宗十郎は、カーチェに顔を向ける。
「……知らない。ゴブリンが助かりたいが為に適当言ってるんでしょ」
カーチェはそう言って不機嫌そうにそっぽを向いた。
「リンデどの、その神とやらはどのような存在なのだ」
「全貌は見たことがありません。ですが何人もの勇士ゴブリンが挑み、敗れました。あれは理から外れたもの。私たちのボスは定期的に生贄を捧げることで難を逃れてたのです」
リンデの言い方からしてその神とやらは巨大生物であることが察せられる。そしてこの世の理から外れているということは……異郷者の類。
「生贄にはどれだけ必要なのだ?」
宗十郎は、リンデに尋ねる。
「大体、人間数人が毎日……ただ日によってはそれで満足しないこともあるらしく、その時は私たちゴブリンの中から数名生贄となっています」
リンデは、言葉を詰まらせながら答えた。
「そんなことが、どれだけ続いていたのだ」
宗十郎の声は、怒りを帯びていた。
「わかりません、私が幼い頃にはもう……ボスなら知っていたかもしれませんが……」
リンデは目を伏せる。おそらくは何人ものゴブリンが犠牲になっているのを目にしているのだろう。彼女は希少種故に生贄にされることはなかったのだろうが、それ故につらさがあるというもの。仲間を目の前で無惨にも失っていくのは……。
ふと宗十郎は関ヶ原を思い出す。そうだ、あの時もそうだった。迫りくる無数のブシドーと忍者。迎え討つは家族同然に一緒に生きてきた仲間。多くのものが犠牲となった。そのたびに主君は酷く悲しんでいて……自分もまたそんな主君の力になれないことが酷く辛かった。
「ブシドーたるもの、主君を重んじて、礼節を。良いか宗十郎。誉れを忘れるな。ブシドーとは誉れある戦いを。主君を悲しませることなど断じてあってはならない」
それは宗十郎の亡き父の言葉。紅葉振り散る大和景色、ブシドーの鍛錬で度々言い聞かされた言葉。世界が変わろうとも、ブシドーに変わりはない。そして仲間を思う気持ちも変わらぬのだ。
「案内せよ。その神とやらは拙者が討ち滅ぼす」
「え……」
対するは神を騙る極悪外道。何年もかけてゴブリンたちを悲しませ続けた鬼畜の所業。許されぬ羅刹。魂が奮い立つのだ。ここで斬らずして何がブシドーであるかと。
「……何を言っているんだ宗十郎?出鱈目に決まっているだろう。宗十郎を陥れる罠の可能性だってある。女ゴブリンは見初めたオスと交配するためなら何でもするぞ」
「出鱈目ならばそれで良い。この者たちを苦しめ続けた者がいなかったということだからな。それにもしも真実ならば……いずれこの神とやらはオルヴェリンの敵となるぞ」
その言葉にカーチェはようやく現状を理解する。確かにその通りだ。毎日人間を食らっていた怪物。事実ならばそれは間違いなくオルヴェリンにも害なす敵。
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