ゴブリン狩り

 「あそこがゴブリンの巣です。見張りが立っているでしょう……おや宗十郎どの?」


 宗十郎は迷いなくゴブリンの巣へと向かう。ゴブリンは宗十郎の存在に気が付き威嚇した。


 「落ち着けぃ!そして聞け!ゴブリンどもよ!我こそは千刃宗十郎!一騎打ちを申し立てる!我が剣、恐れぬものなら受けて立て!名誉を、誉れある戦いをしようぞ!!」


 カーチェは思わず噴き出す。彼の破天荒なふるまいに。


 「な、な、なにをしているんだあの男は……!白昼堂々ゴブリンの巣の前で一騎打ちの申し出!?わ、私は本当に大丈夫なのだろうか……あんな奴についてきて……!?」


 カーチェの不安は的中する。ゴブリンは宗十郎の言葉を無視して矢を放つ。


 「あぁ!まずいっ!」


 毒の矢。例え急所は外れても……そう思った。だがカーチェは知らない。ブシドーにおいて、たかがゴブリンの放つ矢なぞ、豆鉄砲に等しいことを!


 「…………貴様」


 その手には、放たれた矢が握りしめられていた。あの一瞬で矢の軌道を見切り、掴んだのだ。

 宗十郎は怒りに震えた。例え野盗であろうとも、ブシドーの礼節にならい正々堂々と敵方の名誉を重んじた。雑兵と違い大将ならば話が分かると思っていた。だが違う!ゴブリンに名誉などない。裏切られた宗十郎は激怒に満たされ、掴んだ矢はへし折られた。


 「良いだろう、それが貴様らの答えならば!それに応えよう。我がブシドーを以ってして、貴様らの不義理を報いようではないか!」


 門番のゴブリンを素手で叩き潰す。このような相手に剣技は不要。誇りが穢れるというものだった。

 松明を奪い取り、洞窟に投げ捨てる。洞窟の中は明かりが少なく見通しが悪い。だがそれでもゴブリンの生活のために最低限の明かりが見えた。


 ───ならば、問題ない。


 ブシドーの眼は夜の猛禽類の如く闇夜も見渡す。その鋭い眼差しから逃れられる者はいない。


 「いざゆくぞっ、此度の無礼、万死を以って償わせる!!」

 「ちょ、ちょっと待ってよ宗十郎どの!!」


 迷いなく洞窟へと入る宗十郎を慌てた様子でカーチェは追いかけた。


 洞窟の中はじめじめと下水道のような雰囲気が漂っている。少しの悪臭。ゴブリンの体臭か糞尿か。判別がつかないほどの複雑な悪臭だった。

 カーチェはそんな匂いに少し顔をしかめる。


 「失せよ、矜持亡き悪鬼に名乗る名も、矜持も持ち合わせてはいないッ!」


 だが宗十郎は止まらない。サムライブレードの輝きが洞窟内を交差する。

 真っ直ぐにゴブリンを蹴散らしながら突き進む。無数のゴブリンなど話にならない。駆け出しながら放たれる銀色の一閃が、闇に潜むゴブリンたちの首を的確に刎ねる。

 カーチェは恐ろしくも感じた。まるで精密機械のようにゴブリンを倒す彼の姿が。他の異郷者と比べ"まともそう"には見えるが、その本質は同じ。


 突如宗十郎の足が止まる。目の前に一際大きな気配。大型種。ゴブリンの亜種、巨大ゴブリンである。

 足を止めた宗十郎を見て巨大ゴブリンは不敵に笑う。そして手に持った巨大ナタを振り回した。人間など一撃で消し飛ぶほどの威力である。


 「戯け者が。ただ力に任せた攻撃などで、ブシドーを倒せると思うなッ!!」


 だが百戦錬磨の宗十郎にとっては問題など皆無であった。真っ向からサムライブレードで迎え討つ。足を止めたのは、確実に敵を両断するため。


 「真っ向勝負!いざ参らんッ!!」


 振り下ろされるナタ。そのナタに向けて宗十郎はサムライブレードを叩き込む。ブレードはナタを容易く切り裂き、ナタごと巨大なゴブリンの肉体を真っ二つにした。


 「……ッ!」


 そこで問題が生じる。宗十郎は足と背中に軽い痛みを感じた。振り向くと物陰に潜んでいたゴブリンの手によるものだった。奴らは卑劣にも死角から矢を放ったのだ。


 「おのれ……ブシドーの風上にも置けぬ外道め、貴様らに明日は……ぬっ!!」


 どうしたことか、宗十郎は突然崩れ去る。ブシドーにおいて膝をつくというのはあってはならないことだ。敵を前にしてこの不覚、通常ではありえない事態が起きているのだ!


 「ど、どうしたんだ宗十郎……ま、まさかその傷……お前、防具を身につけていないのか!ゴブリンの武器には毒があるのだぞ!」


 巨大ゴブリンこそは倒せたものの、宗十郎は毒に侵されてしまった。解毒薬はない。好機と見て、迫りくるゴブリン!弱った相手を見て、棒立ちするほど紳士的ではない!


 「毒……?なるほどただの毒ならば……問題はない!!」


 宗十郎は巨大ゴブリンの持っていたナタを掴む。そして振り回した!ゴブリンたちはそのナタに引き裂かれ、絶命!ゴブリンとしての一生を終えたのだ。

 凄まじきは宗十郎の膂力!執念!鬼気迫る闘気!


 「む、無茶をするな宗十郎!戻るぞ、毒に侵されたお前の身体では……あっつ!」


 カーチェは奥に進まんとする宗十郎を引き止めるために肩に触れる。瞬間、とてつもなき体温を感じた。毒に侵されたものは高熱を発すると聞くがここまでとは思わなかったのだ。


 「ひどい高熱……早く休まないと駄目だ!」

 「問題ない!毒など我が祖国では日常茶飯事!高められた拙者のブシドーが燃え盛り血液を沸騰させ、体内に入った毒を浄化するのだ!はぁッ!!」


 宗十郎が叫ぶと、熱波が吹き飛ぶ。これぞブシドーソウル!その熱気は大地を焦がすのだ!

 そして……ブシドーソウルを開放したということは……宗十郎の本気を意味する。これぞ戦場……これこそが戦い!ブシドーの立つ場所なのだ。壁に触れる。


 「はぁぁぁぁぁッッ!!憤ッッ!!」


 そして宗十郎は体内で高まるブシドーを洞窟に叩き込んだ!洞窟内は瞬く間に宗十郎のブシドーに満たされ発光を始める。

 これぞブリリアントブシドー!光り輝くブシドーの輝きである!


 「えぇ……な、なんなのこれ……光魔法……?」

 「違う!ブシドーだ!これもまたブシドーの本懐!騎士にもあるのだろう!」


 あるわけないだろう……カーチェは先を急ぐ宗十郎にそう内心思いながら、視界のよくなった洞窟内を駆け抜けた。

 ブリリアントブシドーにより視界がひらけた洞窟内は最早、単純明快。容易くゴブリンのボス、ボスゴブリンのいる部屋までたどり着く。見張りゴブリンを蹴散らし、宗十郎は名乗り上げた。


 「我こそはオルヴェリンより来たり、千刃宗十郎!ゴブリンの大将首貰いに参上仕り次第!さぁさぁ誉れある戦いを臨みならば、いざ尋常に立ち会いしんぜよ!!」


 奥にいるゴブリン、大きさこそは先程相手にした巨大ゴブリンと比べるとそこまでのものではない。だが身にまとう装飾品の数々。それはまさしく頭領であることを思わせるには十分な材料であった!そして何よりも、今もなお奴隷のように裸体の女性を首輪で繋ぎ、まるで家畜のように飼いならしているその様は、明らかに他のゴブリンと違っていたのだ!


 取り巻きのゴブリンたちは瞬殺された見張りゴブリンの無惨な死体を見てたじろぐ。だが流石はボスゴブリン、そんな様子を見ても冷静に、首輪で繋いだ女たちを自分の前に立たせ、その首筋に刃物を当てた。カーチェは察した。これは人質であると。余計なことをすれば殺すということなのだ。


 「なるほど、まずはその女を倒して見せよということか!委細承知!!いざ参らん!!」

 「ちょ、ちょっとちょっと!何でそうなるんだ!」


 切り込もうとする宗十郎をカーチェは羽交い締めにする。一体どういうことなのか!?カーチェはこの土壇場で宗十郎を裏切り、ゴブリンの軍門に下ろうというのだろうか。


 「何をする離せ!敵は一騎打ちを申し出たというのだ!ならばそれに受けて立つのがブシドーとしての礼節!戦場においてのマナーである!」

 「頭がおかしいのかお前は!?あれは人質だ!下手なことをすれば殺すということだ!」

 「人……質……?」


 改めて女たちを見据える。鎖に繋がれた彼女たちの目に光はなかった。自由意志を失っているように見える。無論、女間者のよく使う擬態の可能性も十二分にありえる。だがしかし、此度の彼女たちは裸体。武器を隠し持つのは不可能だ。だが素手でブシドーを殺害する術を持った忍者など山ほどいる。武器の有無など関係がない。


 「ゴブリンの頭領よ!それは人質のつもりなのか!答えよ!!」


 ボスゴブリンの意図が理解できず宗十郎は尋ねる。だがボスゴブリンは人の言葉を理解できない。故に今までの人間とは明らかに違う態度をとるこの男の真意を測り損ねていたのだ。


 「先程から意味の解らない言葉を喚くな!言葉が交わせぬ畜生ならば……ここで死ね!」


 カーチェの羽交い締めを振りほどき宗十郎はボスゴブリンへと直進した。だが目の前には人質となっている女性複数人!ボスゴブリンは突然激怒し叫びながら向かってくる男に思わず女の後ろへと隠れたのだ。

 しかしブシドー、このような事態など想定済みである。

 鎖で繋がれた女性に届こうとするその瞬間、宗十郎は跳躍する。垂直跳びである。恐るべきはその瞬発力!完全に宗十郎に意識を集中させていたボスゴブリンからしてみれば、急に姿を消したようにしか見えないのだ!無論ただ飛び上がっただけではない。真なる目的は跳躍後、ボスゴブリンただ一人を仕留めることにある。

 突然消えた宗十郎を探しボスゴブリンは周囲を見渡す!だがもう既に時遅し!


 「受けよッ!ブシドーの武器がサムライブレードだけと考えるなッ!!」


 上空、ボスゴブリンの真上にて、宗十郎は脳天に向けて拾った石を投げつける。凄まじい速さでボスゴブリンの脳天に命中した投石は、その頭をかち割り、更に貫通、腹部より突き抜けた。即死である。

 これぞブシドーインジーショット!戦場における基本タクティクスである!その威力は鎧など容易く貫く。


 ボスの死を契機としてゴブリンたちは命乞いを始める。目の前の男には勝てぬと全面降伏を言い渡したのだ。

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