ハーピィ
───オルヴェリン火山地帯。古くから神聖なる場所としてもされていたこの場所は人は滅多に立ち入らない危険地帯だった。火山は今も活動しており、溶岩が流れている。
「うぅ……信じられない暑さですね……皆さんは平気なんですか?」
リンデは滴る汗を拭いながら呟く。彼女は元々、涼し気な洞窟に住んでいたため、暑さに慣れていない。
「騎士だからな。暑いことは暑いが、この程度で音をあげないよ」
「ブシドーにとっては、この程度些事である。しかし師匠とともにいると昔を思い出します。修行時代はともにサウナ温泉で汗を流したものです」
「あーそんなこともあったあった!シュウには背中を流してもらってたよね。はぁ……オルヴェリンにはそういうのないからちょっと恋しくなったなぁ」
目を瞑ればそこには極楽至極の温泉風景。火山故に硫黄の香りも漂うだけに尚更、旅愁を感じるのだ。
道中こそ過酷だが火山には獣の類は基本的にそこまでいない。過酷な環境であるため獣は寄り付かない。故にハーピィのような有翼獣には巣を作るのにうってつけなのだ。巣を荒らす外敵は少ないに越したことはない。
火山を登り始めてしばらく経ち、ようやく中腹辺りについたであろう頃に、リンデは指を差した。鳥の巣のようなものがある。草木で作られたその巣には、すみにガラクタのようなものが色々と置かれていた。
「あれがハーピィの巣ですね。私たちゴブリンはよく攫われるので覚えがあります」
ゴブリンはその数の多さから度々、ハーピィに攫われるのだ。無論食料として。
故にゴブリンは人一倍、ハーピィの生態に詳しい。
宗十郎はこの世界に来る前のことを思い出していた。自分はしんがりもマトモに務められなかった半端者。死は怖くない。怖いのは責務を全うできないこと。もしも……もしも自分が不慮の事故でハーピィ撃退に失敗し、ここにいる皆に危害を及んでしまったら……。
「何を考えているシュウ。案ずることはないだろう、お前は一人ではない」
肩にそっと手をあてられる。師匠の温かな手であった。
「師匠……どうか力を貸してもらえませぬか」
「今更、何を云うかバカ弟子め。水臭い話をするのはよせ」
師の言葉に、宗十郎は恥じる。
不覚であった。傲慢であった。一人で戦う必要などなかったのだ。今は師匠がいる。カーチェもリンデも戦闘能力は未知数ではあるが、並の兵よりは力あると見ている。
ならば……自分は全力を尽くすのみ。
師匠とともに倒すのだと。宗十郎は師の言葉に笑みを浮かべ、頷く。そして抜刀。
「ふ……。」
その様子を見て幽斎は心の中でガッツポーズを決めた。
今のは愛弟子ポイントをかなり稼げたと自負している!今まで大きく失った愛弟子から自分への好感度を一気に挽回したどころかプラスにまで向けられたと自負しているのだ。思わずニヤケ面になる!
「敵を前に笑いますか師匠。流石です。そうでありますな……そのくらいの余裕を持ってこそ、戦場で生きるブシドーというもの!」
思わず出てしまった笑みも宗十郎は好意的解釈をしてくれる。確信した。今の宗十郎は自分に対してかつてと同じように敬愛の目で見ているということに。
「カーチェ!リンデ!万が一の時は頼んだ!」
ハーピィの巣へと宗十郎と幽斎は駆け込む!その瞬間、怪鳥の叫び声が大気を震わせる!二匹のハーピィが上空から怒り狂った様子で飛んできたのだ!
「やはり来たか!我こそは千刃宗十郎!貴様に恨みはないが、人を害する獣だというのならば、その命頂戴致す!」
「同じく我が名は……ほそ……ほそ……ユウって呼んでね☆こんよろ☆」
「師匠!?ぐほぉっ!!?」
豹変した師匠の振る舞いに困惑した宗十郎はハーピィの鉤爪の一撃をモロに喰らう!それだけではない!掴まれた上に遥か上空へと連れ去られてしまったのだ!悲しきはアイドルのさが!名前を名乗れと言われたら、自己紹介を営業スマイルとポーズでアピールすることが身に染み付いているのだ!
「シュウ!……あれだけ離れてたら……聞こえないよね……?……よし。ハーピィ!よくもあたしの愛弟子とコンサートを滅茶苦茶にしてくれたじゃん!マジで許さないし!」
幽斎は身構える!ブシドーを練りもう一匹のハーピィと相対する。徒手空拳。一流のブシドーならばサムライブレードなくとも、戦闘能力を発揮できる。例えそれが異世界の怪物であろうと、眼前の敵を叩きのめすのには、造作もないことである。
ハーピィの周囲に展開されるは暴風の障壁。あらゆるものを寄せ付けないその嵐である。更にハーピィーの喉には発火器官が備わっており、息を強く吐き出すと同時に着火すれば炎の渦となって寄せ付けない。
炎の渦は守りだけのものではない。ハーピィは風を操る。即ち、炎の暴風を幽斎に叩き込むことも可能である。
「はっ……!この程度の熱気、コンサートに比べれば大したことないし!」
しかし幽斎はアイド……ブシドー!この程度の炎の渦などものともしない。だが暴風により近づくことができない。宗十郎はサムライブレード投擲したが、幽斎はサムライブレードをもたない。"無"の投擲は流石のブシドーも不可能なのだ!
だが幽斎は達人。大した問題ではなかった。迫りくる暴風、それはエネルギーの濁流に過ぎない。であるならば、そのエネルギーそのものを掴み取るだけであった。
気の察知。即ちエネルギーの探知!達人同士の戦いはその起こりを読む争いである。ならば!当然、エネルギーを掴み取ることも可能なのだ!
「つかまえ……たぁ!!」
そのまま風という概念そのものを掴みとる。風の制御が狂い始める。ハーピィが気づいた時には既に遅かった。宙に投げ飛ばされ、そして地面へと叩きつけられる。ジュードーの極意、空気投げである。ブシドーといえど。この極地に至ったものは数える程しかいない!
ハーピィは吐瀉物を撒き散らし苦悶の叫び声をあげる。ブシドーの力を直接流し込まれたのだ、当然である。そして、その隙を見逃すほど幽斎は甘くない。
「早いところシュウの助太刀をして、愛弟子ポイント稼ぐんだから……!」
正直な話、幽斎は焦っていた。今遥か上空、宗十郎が不覚をとったのは紛れもなく、自分のせいだからだ。今、宗十郎が自分に対してどう思っているのか、考えるだけで背筋が凍る!故に、汚名返上の機会を得るためにも今は目の前の敵を瞬殺するべきと考えた。
───その焦りが、後の致命傷となるとは思いもよらず。
ハーピィとは、かつては高尚な生き物として神格化されていたが、いつしか人々に疎まれ、追いやられていった。その理由の一つとして人間とは決して相容れぬ習性がある。通称「汚物鳥」「吐瀉物の擬鳥化」「くさい」などと散々な言われをされているのは伊達ではない。
此度のハーピィもまた同様である。トドメを刺そうと接近する幽斎に向けて首を向ける。何かが来る……幽斎は最大限の防御をした。多少の攻撃であればブシドーにより無力化できる。その推察は間違っていない。ある一点を除いて。
ハーピィはその口を開く。そして放たれたのだ。火炎?否!違うのだ!放たれたのは吐瀉物。あり得ない量の吐瀉物である。まるで津波のように吐瀉物が流れ込み、幽斎に浴びせられる!無論ただの吐瀉物ではない。ハーピィの消化液が混ざったそれは、触れたものを溶かし、腐食させる、致命的な攻撃!だがそこはブシドーの達人、幽斎!肉体はおろか服すら多少、溶けた程度で無傷!しかし……。
「な、なにこれ!?く、臭い!!ふ、ふざけんなよこのクソ鳥!!こんなの……こんなの……シュウはおろか人前ですら出られないじゃん!!」
いくらブシドーでも匂いまでは無効化できないのだ。
「ふざ……けん……なぁッッ!!」
激怒した幽斎はそのまま怒りに任せハーピィに鉄拳!そしてそこからブシドーを叩き込む!流れ込んだブシドーはハーピィの全身を駆け巡り爆散!木っ端微塵となりハーピィは息絶えたのだ!
それとほぼ同時期、上空で斬撃音が聞こえた。宗十郎がブシドーによりサムライブレードを展開して断ち切ったのだ。哀れハーピィの死体はバラバラとなりて地上に降り注ぐ。それを足場に宗十郎は落下位置を制御してハーピィの巣に降り戻った。
「手間をかけたが一対一ならば一度は見た相手!倒せぬ道理は……うっ」
汚物まみれとなったハーピィの巣で流石に宗十郎は顔をしかめる。その中央に同じく汚物にまみれた幽斎がいた!思わず目をそらし、羽根を探し始めた。
「えっ!?ちょっ……」
ショックを隠しきれなかった。シュウが、あの愛弟子が……目をそらしたのだ。完全に愛弟子ポイントがマイナスに振り切れている。幽斎は確信した。やはり先程の名乗り口上はまずかったのだろうか……落ち込みながら幽斎も巣を漁る。
「よし、これだけ羽根を集めれば十分だろう!」
しばらくすると巣の中からたくさんの羽根を抱えて宗十郎は戻ってきた。
「流石だ宗十郎!これだけあればきっと問題ないぞ!」
カーチェは目を輝かせて宗十郎の持つ羽根を掴む。ハーピィは危険な猛獣であるため、これだけの数を確保することすら困難なのだ。
「あ、あの……カーチェさん?あたしは……?」
幽斎がカーチェに近づこうとすると避けられる。そう、未だに幽斎には悪臭がこびりついていて近寄りがたいのだ!しかしそれに幽斎は気づかず、涙目となる!
「カーチェ!貴様、師匠にも礼を言わないか、無礼であるぞ!それが命をかけて都市に貢献した者に対する態度であるか!!」
「シュ、シュウ……」
「はっ!す、すまない宗十郎!ユウさんもありがとうござい……うっ……ます……」
幽斎は自分のために本気で激怒する宗十郎の姿を見てやはり勘違いだったのだと確信し直した。師弟の絆は……そう簡単には失われない!感極まり思わず抱擁しようと両手を広げつかもうとするが躱された。
「な、なんでぇ……?」
突然の愛弟子の裏切りに幽斎は涙声となった!その姿にブシドーの威厳は微塵もない!
咳払いをして宗十郎は答える。
「し、師匠……その……まずハーピィの吐瀉物でしょうか?その影響でとてつもない、根の国の底をひっくり返したような悪臭が漂っております。沐浴で穢れを落としましょう。それとお召し物も一部溶けている様子。着替えの必要がございます」
ハーピィの悪臭凄まじく、例え宗十郎といえど近寄りがたい。というよりも、すぐ隣に宗十郎がいるのがまだマシな方で、カーチェもリンデも、とてつもない距離をとり更にその上で鼻を覆っている!それくらいの悪臭なのだ!
「ゴブリンのつてですが、無人の温泉施設がありますのでそちらを利用しましょう」
鼻を抑えてリンデはそう伝えた。温泉は汚物を洗い流す。また疲労回復、神経病、皮膚病にも通じるもの!十分すぎるのだ!
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