もののふの唄

 ───ノイマンの想定は正解だった。


 吉村は対峙して思い知る。宗十郎のもつサムライブレードの特異性を。

 あれは日本刀の形をしているだけで日本刀ではない。まったく別の武器。異形の得物。目を疑った。宗十郎が手にするのは、日本刀とも剣ともつかない奇妙な武器だった。

 それは銀色に輝き、まるで生きているかのように動いていた。一目で恐ろしさを感じた。それは鎧武者を簡単に切り裂き、血しぶきを上げさせるであろう。

 まともに受ければ最悪砕け散るか。一振り一振りがまるで嵐のようだった。喰らえば吹き飛ぶ暴風。このような得物は見たことはない。


 宗十郎もまた吉村の剣技には驚愕を禁じ得なかった。だが……それよりも……。


 「何故、サムライブレードを使わぬ!拙者を半人前と愚弄するか!抜け!それが礼儀であろう!そのような模造品で何ができるというのだ!」


 馬鹿にされている気がした。

 明白なのだ。技量では明らかに相手のが上。だというのにここまで斬り合いが成立しているのはひとえに武器のおかげ、サムライブレードのおかげである。それが情けをかけられているようで、宗十郎にはたまらなく不愉快だったのだ!


 「サムライブレードなど知らねぇ!これは我が友がら賜った大業物・大和守安定!」

 「なに……!?では貴様はブシドーではないというのか!?」

 「武士道ではない?……そうだな。主君裏切り守銭奴と罵られ、銭欲しさに幾人も斬っだ。武士道とはとうにかけ離れたものでさ。そうさ、拙者は狗だ。だが……!」


 緩急自在の動き、その動きは清流の如し。宗十郎の懐へと吉村は入りこんだ。


 「それでも!誇りは一度だりどで忘れながった!お上さ裏切るようなごどはしねぇ!士道さ背いだのはおめらの方だ!!」


 袈裟斬り。斜め一文字に宗十郎の肉体を大和守安定が引き裂く。屈強なブシドーの肉体であろうと日本刀の前では等しく断ち切られるのだ。

 本来であれば決着のついた一撃。血しぶき舞い上がる絶命の一撃。であるが、此度の相手は……吉村の知る侍ではないのだ。


 「凄まじい切れ味……!ブシドーでないというのに、ブシドーの肉体を切り裂くとは」


 踏みとどまる。切り裂かれた腹部は本来ならば臓物がこぼれ落ちるところだが、ブシドーにより応急処置をすれば傷口は塞がる。


 「……おめ、なにもんだ?普通だら臓物さばら撒いでおっ死んでら。なんで、腹ば裂がれで平気さ顔してら?」


 刀を構えつつ、吉村は宗十郎に問いかける。似ているだけであまりにもかけ離れた、目の前の武士に。


 「知れたこと!ブシドーはブシドーでしか倒せぬ!倒れるわけにはいかんのだ!ブシドーを体内に駆け巡らせ開いた傷を止血!縫合しただけのこと!!」

 「つまり、くぴたさ断ぢ切らねぁど死なねぇってごどさな……!」


 凄まじきはその執念だった。本来であるならばサムライブレードを持たぬ相手など、ブシドーにとっては紙切れ同然。

 吉村には魔法やエムナのように特別な力は何一つない。ただ技のみで彼はブシドーと渡り合っているのだ。

 その一撃一撃は、鋭く、そして重い。ただの剣だというのに、その一太刀が全て並々ならぬ一撃。気づけば宗十郎は防戦一方だった。

 叩き落とす余裕がないほどの連撃。吉村の持つ武器はサムライブレードではない。だが、首を断ち切られれば流石のブシドーも死に至る。


 「弱え、所詮は信念の欠片もねぁ半端者」


 斬り合いの中、吉村は宗十郎の弱点を看過した。


 「な……に……?」


 その言葉、宗十郎は動揺を隠せない。太刀筋が、鈍る。


 「斬り合って分がった。おめぇの剣にはなんもごもっていねぇ。ただ力が振るわれるだげ。そったな意思無ぎ剣さ、拙者の、南部武士の魂が劣るはずがねぇ」


 信念なき剣。その太刀筋はあまりにも脆く、そして弱い。剣術とは、武士の振るう刀剣術とは技量だけではないのだ。その剣に宿る強い信念こそが、己を強くさせる。


 「侮辱するか!拙者のブシドーに魂がないと申すか!!」


 宗十郎は吉村の言葉に激怒した。ブシドーとして許されない暴言だったからだ。


 「なら聞ぐが、おめの剣は誰のためさ振るわれでらんだ?」


 問いかける。剣を振るう理由。その言葉は宗十郎に深く突き刺さる。


 ───見抜かれていた。吉村は察したのだ。宗十郎が今や主君失い彷徨う……何が為に剣を振るうかも分からなくなってしまっていることに

 「それはお主も同じ!我々異郷者は主君失い彷徨っているのではないか……!」

 「主君は関係ねぇ。侍は、武士道は……ただの生ぎ方だ。力振るう理由じゃねぇ。それ履ぎ違えでらおめに、拙者は負げるはずがねぇだ」


 侍にとって大切なのは主君への忠誠心ではない。武士道に基づいた生き方だと吉村は答える。宗十郎の考えは、生き方は、武士道を履き違えていると言い放つ。


 「ならば!何のためにお主は戦うというのだ!」


 宗十郎は問いかけた。その言葉に吉村は静かに答える。


 「お前を、殺すためだ。宗十郎、お前も武士ならば、その剣で幾人もの若人を斬ってきたのだろう。元服を終えたばかりの……俺の息子も!!」


 それは復讐。極めてわかりやすい、簡潔なものだった。


 「───!仇討ちというわけか!!トクガワは破れたのか!?」

 「関係ねぇ、そんなことなどもう……俺はただ守りたかっただけだ!主君裏切り守銭奴と罵られようとも!我が子を!家族を!そん為ならば命ば惜しくなかった!でも……でも……違った!間違っていた!!武士道なんぞクソ喰らえだ!あいつは俺が死んだことを知って、俺ん背中追ってしまった!背中追って死地に行ってしまったんだ!!」


 吉村は知りたくなかった。どうして自分の後を追ってしまったのか。何が悪かったのか。貧困か、それとも武士道か……息子を殺したのは何だ。


 鍔迫り合い!刀と刀がぶつかり合う!羅刹の如く吠える吉村に、ただただ宗十郎は圧倒されていたのだ!


 「お前が殺したんだ、宗十郎ッッ!!」

 「俺が……ころ……した……」


 ブシドーとは命の奪い合いは日常茶飯事。故にまず学ぶことは命をとることに慣れること。宗十郎は数多の戦場で数多の兵を殺してきた。この手は既に血で染まっているのだ。

 だがそれはブシドー故に当然のこと。宗十郎が困惑をしている理由は、そんな当たり前のことで、因果応報で、怒りを露わにする吉村の感情が理解できなかったのだ。


 「す、筋違いであるぞ吉村!戦場で命失うのは当然!そこに善悪はない!」

 「あぁそうだ!そのとおりだ!だが!戦う理由としては十分だろう!お前はどうなのだ宗十郎!お前のその剣に武士道はあるのか!?信念なき力などただの無法!いたずらに世の中をかき乱すだけであると知れ!」


 戦う、理由───。


 今まで宗十郎は考えたこともなかった。あるとすれば、ただ忠義のみ。主君の命を受けてこそがブシドーだと思っていたからだ。

 吉村の殺意は正当なものだ。子を持つ父ならば、仇のために修羅となるのは必然、しかし自分はどうだ。その殺意に真正面からぶつかり合うほどの理由を持ち合わせているのか。


 だが……だが……!だからと言ってここで果てるわけにはいかないのだ!


 「そうだ吉村!俺には何もない!何もないのだ!!」

 「開き直りか宗十郎!!」

 「違う!俺は約束したのだ、この地に降り立った役割を為せと!それが今の拙者の信念である!拙者は拙者の信じた正義を為す時が来るまで!答えを出すまでは、死ねぬ!」


 あの月光煌めく夜の湖で、この世界に来て、初めて自分の生き方を見つめ直すことを、他でもない……自らの選択で決めたのだ!サムライブレードにブシドーを込める。サムライブレードは光り輝き大気中にそのナノマシンを散布する。


 「刮目せよ!これぞブシドーフルクロス!!千剣流星!!」


 大気中に散布されたナノマシンは宗十郎のブシドーと連携し生体情報を認識、その個別識別により専門特化兵装へと変容する。一流のブシドーなればその形は十人十色なのだ!これこそブシドーフルクロス!ブシドーの真骨頂である!

 宗十郎を中心に周囲に展開されたのは小型のサムライブレードエッジ。その刃一つ一つがブシドーにより制御され相手を切り裂くのだ。これこそが宗十郎のパーソナルコード千剣流星である。


 「覚悟せよ吉村!関ヶ原の戦い、息子の死は悪く思うがこれも摂理!いざ参る!!」

 「関ヶ原!?」


 一文字に構え突撃をしようとした瞬間、吉村の予想だにしない反応。真っ向勝負、ブシドーならば受けて立つという言葉を期待していたのに予想外だったのだ。


 「おめ関ケ原どいったが……?」

 「そうだ!何の問題がある!!」

 「蝦夷地はどうした蝦夷地は?五稜郭は」

 「知らぬ!かような戦場聞いたこともないわ!」


 時代が違う。吉村の生きた時代は幕末。対して宗十郎の言う関ケ原とは恐らくは天下分け目の一戦。肩の力が抜ける。この男は、あの鬼畜どもとは無関係だ。


 「どうした、まさかこの期に及んで戦意喪失と言うまいな」

 「いんや……勘違いしていだだげだ。なしてだべな、エムナさんに言われで、なして真実だど思い込んだんだべが……」


 エムナの言葉を何故かそのとおり信じてしまった。紛れもない真実だと思ってしまった。そして徳川という言葉に対する宗十郎の反応から確信してしまっていたのだ。


 「んだけども……」


 構えは解かない。決して戦いは終わったわけではないのだ。


 「お互いづぐ場所は違う。戦うどごろは決めだのだ」


 戦場で相対したのならば、それは斬り合う宿命。それが武士道であった。だが最後に聞いておきたかった。


 「なぁ宗十郎、改めで教えでぐれ、おめの武士道どやらは一体何だ」

 「ブシドーとは、体内に流れる因子を操作し空間の自然粒子に干渉することで……」

 「あぁ、そうではない。おめの……哲学、その人生の考え方だ」

 「……いや、考えたことがなかった。そのようなもの……」


 予想通りだった。若い武士。これから始まる決戦を前に、吉村は一つ何か残して起きたかった。世界は違えど同じ武士に。それはかつて師範として生きてきた故の節介か。

 彼は一つ勘違いをしている。それは歪められた知識か、あるいは彼の環境がそうさせたのか。理由は分からない。だが、大人として伝えたかった。


 「良いが宗十郎、おめは何もないと言ったがそれは違う、おめは……」


 その言葉を言い終える前に、吉村の首は落ちる。


 「な……」


 一瞬、宗十郎も何が起きたか理解できなかった。その攻撃のあまりの練度の高さに。それは放たれた矢である。そして矢の残照から判断できた。

 ブシドーを込められた矢が、吉村の首に刺さり、そのとてもない威力が首を刎ねたのだ。このブシドーを彼は知っている。とても、とても見慣れたブシドーだ。

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