トクガワ

 「待て」


 騎士たちが突撃銃を構えるが、ヨシムラは手を上げてそれを静止させる。


 「北辰一刀流知ってらのが」

 「……知らぬ。そのスタイル、北辰一刀流と呼ぶのか」


 フェンの首を刎ねた一連の動き。淀みが何一つなく、無駄のない動きであった。故にフェンは反応ができなかった。あまりにも、あまりにも攻撃とは思えぬ攻撃であったから。緊張が走る。既に臨戦態勢。

 宗十郎の精神はかつての戰場の如く張り詰めていた。果たしてこの傑物に自身のブシドーが通じるのか───。


 「まぁ良か、撃で」


 放たれる無数の弾丸。その凶弾は宗十郎を狙い撃ち貫く。


 「はぁッッ!!」


 銃の発射音とともに鳴り響く金属音。宗十郎がサムライブレードを展開し、弾丸全てを払い落としたのだ。

 これこそブシドータクティクスの一つ、無影。

 サムライブレードをその剛力で振り回すことにより、ナノマシンが周囲に展開。空気の波動を一時的に作り出しあらゆる弾丸の類を消し飛ばすのだ。

 ヨシムラはその人外じみた宗十郎の動きに唖然とした。彼の知る侍の動きでは断じてないからである。


 「連装式種子島、初見ではない。師匠によく見切りの極意としごかれたものよ」


 種子島、南蛮より伝来した兵器。火薬の爆発により発射された鉄の弾は人類の肉体を穿ち砕く。更にそれは改良が進められ、単発しか撃てなかったものが、連射式となり、小型化され……戦争へと使われたのだ。

 だがそこで進化が止まる。技術的限界……否!


 「心せよオルヴェリン。主らが持つ武器、拙者が知るそれと細かくは違うようではあるが……最早、骨董品よ!」


 宗十郎の言葉を無視し騎士たちは再び銃を構えその銃口を宗十郎へと向ける。弾き落とされないよう、様々な角度から。


 「よせ……ッ!」


 ヨシムラがその本質に気付いた時には既に遅い。哀れ無為無常。彼らはブシドーの本質が見えていない。

 全ては無影によって叩き落される。否、ブシドーの真骨頂はそこに留まらず。

 種子島とは、火薬の爆発により鉄の塊を発射する機構。即ち、その弾丸の軌跡には僅かながら、熱エネルギーが残留している。

 ブシドーとは己が魂の雄叫びだけにあらず。その本質は世界を知ることにある。空をつかみ、天を謳う。これこそがブシドー。宗十郎の目には既に見えていた。放たれた弾丸全ての軌道に残留するその力のベクトルが。


 「喝ッッ!!」


 空中で弾丸が停止する。宗十郎を中心にブシドーが空間を響き渡り、弾丸のエネルギーをブシドーへと置換したのだ。

 そしてそのブシドーは銃弾の軌跡を逆流し、突撃銃の銃口へと流れ込む。


 「無影弧式、受けてみよッ!」


 次の瞬間、騎士たちの持つ銃が爆発を引き起こした。宗十郎のブシドーを解き放ち、銃に内蔵された爆発機構をブシドーが再現し、暴発させたのだ。

 その名を無影弧式。ブシドーの技の一つである。

 宗十郎の世界で種子島の進化が途絶えたのは決して技術的問題ではない、その世界にはブシドーが、忍者がいるのだ!銃器など不要。戦場の華はブシドー。ブシドーを極めしこそが全ての摂理。それが彼の生きてきた世界の常であるのだ!


 突然の突撃銃の暴発により腕が吹き飛ぶ騎士たち。

 ヨシムラは理解できなかった。意味がわからなかった。これのどこが侍なのだと。奇術師の類だ。こんな武士がいてたまるか。

 彼は騎士たちを下がらせる。銃器は通用しない。得体の知れない技を使い、戦い慣れている。


 「刃交わす前に、ちょっとええか」


 サムライブレードを引き抜き上段に構えるヨシムラは問いかける。


 「おめ、徳川様さ弓引ぐ蛮族ど一緒さ戦ってらったのが」


 ───トクガワ。その名、決して忘れるはずもない。憎きトクガワ。我が主を追い詰めた大罪人。背筋が張り詰めるのを感じた。


 「トクガワは国乱す悪漢。拙者の、拙者らの敵である」

 「……ほうか。やはり……そうなのだな……ッ!」


 濃縮される殺意。宗十郎はヨシムラを見て一目で分かった。この男は殺人剣の使い手。何度も何度も人を斬って斬って斬り伏せている。自分と比べるのもおこがましい達人。


 「我が名は千刃宗十郎。彩の国のブシドー。名を名乗れ。まだ知らぬブシドーよ」

 「拙者の名は吉村。吉村貫一郎。南部武士にして不撓不屈の志、此度は拙者の誇り……否!拙者の魂にかけて、宗十郎。おめはここで殺す……!!」


 戦場にて名乗り口上こそはブシドーの華。そしてそれ以上の言葉は不要。

 互いにその武器握りしめ、眼前の敵を見定める。


 「いざ尋常に……」

 「勝負!!」


 二人は叫んだ。そして二振りのサムライブレードがぶつかり合う。火花散らし、二人の侍の魂が激突する。


 ───オルヴェリン中央庁、開発技術局。


 「ヨシムラが宗十郎に勝てるか?といえばそれは不可能です」

 「ほう、それは何故?」


 ノートにペンを走らせながら答えたノイマンに対して、エムナは興味深そうに尋ねた。


 「技量だけで言うならばヨシムラは確かに一級品。恐らくはあれを上回るものはそうはいない。しかし問題は武器です。刃のついた鉄の塊という原始的なもの。んん……あれでは勝てませんなぁ」


 宗十郎とヨシムラの武器は形状こそは似ているが、まったく異なるもの。ヨシムラの持つ武器は日本刀と呼ばれる玉鋼を打って作り上げた剣。その練度こそは驚嘆、芸術品の類であるとノイマンは称賛の念を抱いている。


 だが!サムライブレードはまるで違うのだ。カメラでその様子を捉えただけで、あらゆる未知の構成だらけである。金属からして不明!コンピューターデバイスも一瞬ではあるが検知され、ナノマシンの集合体であることまでは確認がとれた。だがそこまでだ。現時点で解析は不可能。ノイマンの時代よりも遥か先の未来、オーバーバイオテクノロジーであることが明白である!


 即ち……原始人のもった棒と現代人のもった機関銃くらいの技術的レベルに差があるのだ。それでは無理だ。技量で埋めるには限度がある。ましてやお互い剣という近接で打ち合う性質のもの。ノイマンの天才的な分析力では、日本刀ではサムライブレードの一撃に耐えきれず、へし折られるだろう。


 「ですが、ご安心を!このノイマン。確かにサムライブレードと同等以上のものは作れません。ですが天才の矜持がある!此度はヨシムラのために、私が持つ材料力学、運動力学、化学的知識などなどを動員し、最高の武器を造り、さしあげましたですとも!」


 そう、だからといって諦めるノイマンではない。天才とは常に向上心をもつもの。たとえ今は敵わなくとも、いずれは届くために、常日頃から精進するのだ。


 「あのー……ノイマンさん……」


 技術局の局員が申し訳無さそうに声をかける。


 「ん?何かな。おお、そうですともエムナさん!これですこれ!これこそが私が造り上げた剣……決して欠けぬ剣……そうですね伝説になぞらえてアロンダイトと名付けた剣です!……いや!!なんでこれがここにあるんだ!!?」


 誇らしげにアロンダイトを握りしめ見せつけながら、ノイマンは事態のおかしさに気づいた!高速理解は天才にとって必要不可欠である!

 アロンダイトは一振りしか作っていないのだ、つまりそれがここにあるということは……。


 「ヨシムラさんから伝言です。『心遣いはありがでえども、拙者にはこれで十分だ。』と、いうことで……」

 「十分じゃないからこの私が作ったのだろうがぁぁぁぁ!!凡夫凡夫凡夫凡夫凡夫!!天才の心遣いを無視するとは低能は度し難いにも限度があるぞ!!」


 ガシャン!という音が室内に響き渡る。

 ノイマンがアロンダイトを地面に叩きつけたのだ。勿論欠けたりなどはしない!アロンダイトが丈夫な証である。

 そんな様子をエムナは笑いながら見ていた。


 「エムナさん!笑い事ではないでしょう!ヨシムラは戦闘型異郷者!大事な戦力ですのに、これでは自殺したようなもの!天才的無駄死にですぞ!」

 「いやノイマン、ヨシムラはこのアロンダイトを見た上で不要だと言ったのだろう?ならそれで良いじゃないか。お前は天才だが戦いを知らない。百戦錬磨の手練であるヨシムラがそう考えたのだ。ならばそれを信用してもいいだろうさ」


 エムナは不満げなノイマンに対してそう答える。最初から想定していたことのように。

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