戦いのはじまり
「王さま!見てください、今年は農作物が~」
「王さま、子供が産まれたんです。是非名付け親として~」「王さま、この間は子供の遊び相手に付き合ってくれて~」
オルヴェリンの人々に笑顔が絶えることはなく。エムナは市民から、優しい王さまとして、慕われ続けた。しばらくしてのことだった。
エムナの為政により安寧は続いた。だが……その安寧がいつまで続くか分からないと疑問を持つものがいたのだ。
そこで考えたのだ。エムナの力を自分たちのものにして、永遠のものにすれば、安寧はずっと続くと。他者の力を自分のものにするにはどうすれば良いか?
簡単なことだった。その者の血肉を喰らえばいい。
それはよくある原始信仰。喰らうことで力を取り込むと盲信するもの。そんな発想に至ったものたちがいた。
彼らは五人組で、意気投合した。そして迷いの欠片なく、エムナの食事に毒を混ぜた。
「王さま!王さま!ど、どうしたんですか!?」
食事を終えると、突然血を吹き出しエムナは倒れる。皆が混乱した。王さまの死はあっけないもので、結局は王さまも同じ人間で、病には勝てないのだと人々は深く悲しんだのだ。
そんな中、五人組はエムナの死体をすり替えて、誰もこない森の奥深くに陣取っていた。一人は周囲に人がこないよう見張っている。後で必ず分けると約束をして。
そして、エムナの死体をバラバラにして、その血肉を喰らい始めた。
それは、異様な光景だった。焚き火の前で、四人の男たちがバラバラ死体を無言で、嬉々として食べている。これでエムナの力を手に入ると、本気で盲信し、涎を垂らしながら、目は血走っていて、おおよそ正気のものとは思えない。
それが地獄の始まりにして全ての始まりだった。
当然ながらエムナの力は血肉を喰らっても手に入らない。気がつくと死体を全て平らげていた。見張り役の男は激怒したが、四人は力は手に入らなかった。
だが彼らは信じ続けた。自分たちがエムナの力を手に入れられなかったのは、きっと器が悪いからだ。自分たちの子ならば、きっと第二のエムナが生まれる、そう盲信した。
五人組は平然と自分の罪を隠し、嫁を探し後継者作りに励んだ。偶然なのか彼らの嫁は同時期に身籠り、安定期を迎えた。
そして出産。五人組のうち見張り役だった男は健康な男児が産まれ、大いに喜んだ。それを四人は祝福しながらも内心は、我が子はエムナの力を持っているのだから、あんなものではないと見下していた。
「ひ、ひぃぃぃ!ば、化け物!!な、なんなのこれ!!?」
───現実は違った。呪われた人生が始まるのだった。
産まれた子供たちは、自分たちとはまるで異なる外観的特徴を有していた。エムナの脳を喰らったものは、耳が長くとんがり、肌の色が異様に白い赤子が産まれた。エムナの胴体を喰らったものは、毛むくじゃらの身体に獣のような顔つきの赤子が産まれた。エムナの腕を喰らったものは、まるで皺だらけの老人のような顔つきで髭の生えた赤子が産まれた。エムナの脚を喰らったものは、背丈が異様に低く肌が緑色で耳と鼻がとんがった赤子が産まれた。
五人組は何かの間違いだと、多くの嫁をもらい子を為した。どれもどれも同じ特徴を持つ赤子だった。エムナの血肉には確かに効果があったのだ。それはエムナの力を断片的に子孫に残す呪い。人の身に過ぎたその力は、人の肉体を変貌させなくては身につかないのだ。
五人組は豪族だった。その跡取りは皆、奇妙な者ばかり産まれる。耐え切れなかった。血族の問題ではない。名誉の問題なのだ。自分の代で途絶えることが何よりも耐え難いものだった。そこで彼らは見張り役だった男に詰め寄る。
「お前の子供を俺たちの後継者として寄越せ」
同じ豪族である見張り役の男の血ならば格も申し分ないと彼らは判断したのだ。
何よりも見張り役の男もエムナ殺害の共犯である。故に渋々了承した。産まれた多くのエムナの呪いを受けた子供たちは、森の奥深くに捨てられた。
彼らはエムナの力を諦めた。だがそれでは安寧はいずれ終わる。そこで着目したのが、この世界の地下深くに眠る存在、ヤグドールだった。彼らはあろうことか、ヤグドールに接触し、その肉体を捧げたのだ。
彼らはヤグドールの尖兵として、不老の力を手に入れた。そしてオルヴェリンの要職につき、歴史を改ざんし、自分たちが国を造り出したことを市民に広めていった。
そう、彼らこそが今に至る五代表。そしてヤグドールの指示で人々を集めて、都合のいい存在へと作り変えていった。人類の楽園は、人類の養殖場へと変貌したのだった。
───それから悠久の時が流れる。
街の外で人型の怪物をよく見かけるようになったという報告が相次ぐようになった。五代表はその報告を聞いて愕然とした。その人型の怪物とは、かつて自分たちが捨てたエムナの呪いを受けた子らだったのだ。エムナの呪いは確かに強力だったのだ。その力は並外れたもので赤子であろうとも立派に成長し、四つの氏族にまで成り上がったのだ。
それは五代表にとって隠したい歴史。故に彼らは、自分たちの子孫である彼ら"人間"を"亜人"とし、害獣扱いとして討伐することにした。
「なんということだ……あの忌み子が生きていたなど……」
「だ、だから言ったんだ!確実に始末しろって!」
「それだけではない。何やら報告には我々の子孫の特徴にないものもいる。羽根の生えた小さい人型の……何だこれは?一緒に亜人とはしていたが……」
五代表たちは騒然としながらもヤグドールの力を借りて人類の意識を変える。淡い光に当てられたものは、その精神を自在に操る。そうして人類には都合の良い歴史を、亜人というレッテルを貼られた忌み子たちには万が一にも同盟など組まないよう、お互いに憎悪を抱くよう仕向けた。
そして彼らは改めて思い知らされた。永遠の安寧のためには、やはりエムナが必要であるということに。そしてその力は確かに自分たちの中にもある。亜人の存在こそがその証明であると。
彼らはヤグドールの力を使い人類、もとい生命の神秘を解析することを始めた。脆弱な肉体がエムナの力に耐えきれないというのならば、それに耐えきれる肉体を用意すれば良い。
数多の人体実験を繰り返し、繰り返し、オルヴェリンの市民を騙して凄惨な人体実験の材料としたのだ。オルヴェリンの地下深くの研究所では、人々の悲鳴が途絶えることはなかった。そんな実験を繰り返し繰り返し行い続けて、それを不思議に思わないほどに強い洗脳を施された市民たちは最早幽鬼のように街中を歩く。正気に戻ったときは実験室の中で、断末魔をあげながら五代表たちを呪い人々は死んでいく。
そんな地獄のような出来事が何年も積み重なった。人々の恨みつらみ、絶望、憎しみ、そして助けを求める声もまた積み重なり続け、やがてそれは形となった。
「随分と変わった事態になっているじゃないか。俺を殺しておいてひどい有様だ」
───ある日のことだった。聞き覚えのある声が響き渡る。
全員が血の気が引いた様子で声のする方向に振り向く。そこには、かつて自分たちが殺害した異郷者エムナが、あの時と変わらぬ姿でいたのだ。
「ど、どうして!?なぜお前がここに!!?」
「それが俺の本質だからだ。俺の理は不滅。人々が救いを求める限り、たとえ肉体が消滅しようとも、何度でも現れ導き続ける。それが俺に与えられた宿命だからだ。さて……随分と好き勝手してくれたな?」
エムナの言葉に五代表は「ひぃ」と情けない声をあげて逃げ出す。しかし逃げ場はなかった。出入り口にはエムナが立っていて、部屋の隅に追いやられる。エムナは手に持っていた何かを放り投げる。五代表の足元に転がる。亜人の四つの生首だった。
「ある程度、減らしてきた。亜人は言うならば突然変異。俺の寵愛には些か外れる。お前たちは殺しはしない。だが俺の言葉には……従ってもらうぞ?」
久方ぶりにエムナはオルヴェリンを見た。あの頃とはまるで違う。ヤグドールは姿を隠そうとせずその存在を見せている。五代表が媚びへつらい、この都市を人間牧場としたおかげだ。不愉快だが今はそれで良い。
「仲間が必要だ。俺以外に絶大な力を持った、この閉塞した世界を乗り越える劇物が」
今の我々ではヤグドールを殺しきれない。無限の細胞生命体を殺し切るには同じく無限の力を有するものが必要だと。人々の願いを力の源泉とするエムナにとって、人々の精神に寄生するヤグドールは相性が悪い。故に求めたのだ、いつか必ず、この悪夢を終わらせる英雄が来ることを信じて。
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