深淵より生まれしもの
エムナの復活は五代表たちを震撼させた。エムナの力は誰もが知っている。このままではいずれ自分たちは殺されてしまうことを酷く恐れた。どうにかして、今度こそエムナを殺害できないか彼らは悩み、悩み、悩み抜いた結果……エムナがどうしてこの世界にやってきたのか、その原因を辿ることになった。
それは古代に行われた悪魔召喚の儀式。その実態は異世界とのゲートを繋げるもの。
自分たちの手ではなく、異世界からの存在ならばエムナを殺すことができると考えた彼らは儀式を復活させたのだ。当然エムナの耳にも入ったが、快く了承した。彼は分かっていた。自分を殺せる程の存在がもし出てくるのならば、それはヤグドールをも討ち滅ぼせる存在であると。利害関係が一致したのであった。
こうしてこの世界には異郷者と呼ばれるものたちが大勢やってくることになる。その行動原理は皆、違っていたが共通していることが一つ。それはこの世界には無い力を有しているということだった。
当然ながら、五代表の言うことを素直に聞くものは誰一人としていなかった。しかしそれは想定の範囲内だった。彼らにとってそれは問題なかったのだ。求めているのは力であり、異郷者ではない。
即ち度重なる人体実験の末に、彼らは完成させていたのだ。生命の本質を辿り、肉体を変容させて、その精神構造も脳細胞レベルで作り変える禁忌に。
五代表たちは待ち続けていた。強力な異郷者で、なおかつ自在に手駒とできることができる機会を。そしてそれはやってきた。一人の異郷者が敗れ、囚われの身となったことに。それこそが亜人王と細川幽斎との戦いであったのだ。
二人の戦いは激戦であった。その余波はオルヴェリンにも響き渡った。
「お主は……亜人王の部下か。好きにするが良い。敗者である儂に抗う術もなし。もとより……二度目の生を受けたところで、この世界には何の未練もない。亜人王と話して理解した。この世界は儂のいた世界とは違うのだろう。ならば……何の意味もない。あやつがいるのではないかと、もしやと、万が一を思ったが、叶わぬ希望よ」
その老齢の男は燃え尽きたかのように、全てを悟ったかのように変装した五代表に連れて行かれた。そして、施されたのだ。ヤグドールの力により肉体と精神は変容し、万が一にも元の人格、精神性を取り戻さないよう人間性、性別、年齢全てを反転させ、五代表の、もといヤグドールの忠実な兵隊として作り変えたのだ。
エムナが彼を、いいや彼女を異郷者として認識できなかったのは当然のことである。
彼女は既に異郷者ではなかった。細川幽斎という名の肉体は既に変貌し、この世界にはもう残っていない。紛れもなくこの世界で産まれた人類なのだ。
こうして数多の凄惨な人体実験の末、深い深い深淵の闇の底で湧き出たおぞましき尖兵が、この世界に生誕したのだ!
───ガラス窓を突き破り、現れたのは漆黒の長髪をなびかせる女性。リリアンは彼女を見て、不気味で不吉を呼ぶカラスのようだと評した。それは紛れもない事実である。彼女の内包は人のようで人ではない。人の姿をしているだけの怪物に他ならないのだ。
「ユウ……さん……?」
カーチェは明らかに様子が違う幽斎に戸惑っていた。自分の違う彼女とはまるで様子が違う。その気配はまるで獰猛な肉食獣のようで、近寄ることに強い危険性を感じる。同時に底しれぬ不気味さも感じ、未知の恐怖に支配される。
「くく……くくく!そうだ、そのとおりだカーチェ!そして異郷者!お前たちが仲間だと思っていた細川幽斎は……最初から我らの手駒だったのだ!」
オズワルドは得意げに語りだす。幽斎が産まれた経緯を。
「人体の……改造だと……?お前が!お前たちがリノンを!!」
「リノン……?ああ、あの女騎士ですか?誤解しないでほしい、あれは彼女が求めたのですよ。『強くなりたい』と。まぁしかし結果は……中々良かった。五代表様も満足されていた。あれならば……」
「ふざ……ふざけるな!」
カーチェが剣を抜きオズワルドと五代表を斬りかかろうとした時だった。動きが止まる。動けない。幽斎の圧が、身動きをとることを許さないのだ!
カーチェの行動にオズワルドは一瞬びくついたが、その様子を見て笑い出す。
「はっ……ははは!言葉には気をつけなさいカーチェさん。彼女は我々の傑作。あのエムナすら殺す優秀な兵隊。あなたなんぞ足元にも及ばないのですよ」
幽斎に馴れ馴れしく肩に手を当てて言葉を続ける。
「加えてこの美貌!まさに新しいオルヴェリンのアイ……象徴となるでしょう。クク……ククク……!くやしいでしょうなぁ……?」
下卑た笑いを浮かべオズワルドは幽斎の豊満な乳房を揉み上げる。まるで自分のものだと言わんばかりの振る舞いだった。
「さぁ幽斎!こいつらを今すぐみなごろゴボォ!!」
裏拳!オズワルドは突然殴られ吹き飛ぶ!当然幽斎にであった!!
オズワルドの鼻は曲がり鼻血を垂らしている!
「え……ちょ……私ではなくて敵はあっち……な、なんで……」
「は?いやなんでって、普通にセクハラされたからだけど……?」
「な……くっ……た、確かに!だが皆殺しにしろという命令には応えてもらうぞ!」
「……?普通に嫌だけど?なにそれ?ていうか何なのだこれは?ねぇシュウ、なんでこの人、こんな馴れ馴れしいの?知り合い?」
幽斎は困惑した表情で宗十郎に歩み寄る。
「ま、待て!どういうことだ!?命令を聞かないとは……そんなことあるか!だって、だって貴様の精神は、いいや脳そのものからして改造を施して……」
狼狽するオズワルド。それに我慢の限界が来たのか宗十郎は笑い出した。
「何がおかしい!」
「ああ、失敬……失笑であった……いや、エムナとやらもお主も、何やら意味の分からないことを話していて、あまりにも的外れで、まるで理解できなかったからだ。だが分かった。ここは異世界。そうだとも、改めて考えるべきであった。そもそも常識が違うのだと」
「勿体ぶるのはよせ!この事態の説明をしろ!!」
「単純なことだ。ブシドーに精神操作は一切通用しない。ましてや幽斎を誰だと思っているのだ。かつて鬼神と恐れられた最高峰のブシドーであり、俺の敬愛すべき師であるぞ!」
ブシドーとはその肉体に宿るものではない。その魂に宿るもの。故に例え肉体が変わり果てようとも、その本質を見失うことはない。
「ば、馬鹿なことを言うな!我々は確認した!そこの女が完全に精神が堕落したことを!そうでなければ……正気であればあのような、アイドル活動などするものか!!」
「うぐっ……!」
オズワルドの正論に幽斎は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべる!痛いところを突かれる!何せそれについてはそもそも乗り気だったからだ!宗十郎は言われて思い出す!師匠のプロマイド写真を!扇情的なポーズや、様々な服装で撮影されていた写真の数々を!
「…………確かに!!この上ない正論!!」
宗十郎の脳内は混乱している!あの心優しく尊大で力強かった師匠が……いやそこは今も変わりないと確信している!だがそれ以前の問題なのだ!
どうも釈然としないのだが、人を外見で判断するなどブシドーにあるまじき行為故に押し殺していた!しかし!改めてオズワルドに指摘されるとぐぅの音も出ない!
「精神を弄ったとは言うが記憶は弄っていない!当然だ!記憶を弄っては強力な異郷者が弱体化するからな!つまり正気だと言うのならば、その者の中身は男性!それもいい年した!それがあんなかわいらしい声で歌を歌い、フリフリのドレスを着てステージで笑顔を浮かべて踊るわけないだろうが!!」
「ぬぐぅ……!」
更に続けるオズワルドの正論に幽斎はまたもや苦虫を噛み潰したような表情!ちなみにオズワルドもアイドル幽斎のファンの一人で遠くから応援をしていたのだが、それは秘密だ!
「挙げ句の果てに今度の新曲もラブソングだと!?宗十郎!貴様も知ってのとおり、ゆうゆうは自分で作詞作曲もしているのだ!その内容は乙女の恋心を言葉にしたもの!それが……それが正気で中身が男のままなどと、そんなこと天地返ってもありえんわ!!」
「ひぐぅ……!」
幽斎の頬に汗が垂れる。奴は詳しすぎる。そして空気を読めない。一刻も早く消さなくてはならないが愛弟子の手前それがやりづらい……!
「ぐ、ぐぬぬオズワルド……黙っていれば好き勝手、師匠を侮辱しおって……!!」
しかし言い返せない!ここで黙って斬り伏せるのは蛮族同然!ここはブシドー論破をしなくてはならない時なのだ!
「し、師匠……!?何か言ってやってください!」
「い、いやぁそれはぁ……」
宗十郎の問いかけに幽斎は気まずそうな顔で明後日の方向を向く。
「つまりだ!洗脳深度を高めればまた元通りになるということだ!」
幽斎の返答を待たずしてオズワルドが指を鳴らすと幽斎の周囲に青白い光が輝き出す。これこそがヤグドールの眩き。精神を操作し、その肉体を乗っ取る力なのだ。
幽斎は頭を抱え呻き声をあげる。心なしか苦しそうだ。
「し、師匠……!おのれオズワルド……!!」
宗十郎はオズワルドを睨みつけた。その時である!
「今、考え事をしてるんだから邪魔を……すんなぁッッ!!」
光が弾け飛ぶ。文字通り、まるで物質のように砕け散った。幽斎のブシドーが、ヤグドールの力を容易く打ち破ったのだ!
「はぁはぁ……えぇい!そうだ!儂は一度はその男の言うとおり、その精神性、完全にとは言わぬが支配されていた!生きることに執着がなかったからだ!何の目的もなく、ただ後悔しかなかった!だが今は違う!その……この世界で生きる意味があるのだ!」
少し照れくさそうに頬を染めて、幽斎は宗十郎を見つめる。唖然とした表情を宗十郎は浮かべていたが、すぐに得心した表情に切り替わった。
「そういうことだオズワルド。師匠といえど突如の異世界、困惑し隙を見せたのだろう。そして……そうか……そういうことか……全てが繋がったぞ……」
宗十郎は肩を震わせ、怒りを露わにする。突然の急変にオズワルドは思わずたじろいだ。
「貴様が、貴様らが師匠を辱めたのだな。刎ねる。生きて朝日を拝めると思うな」
───死。
それは殺意を向けられていないカーチェたちからも明白に感じ取れる宗十郎の強い怒りだった。
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