恋仲
「む?師匠何か?」
「いやいやいや……おかしいでしょ。え、誰こいつら?あ、いやそこのインテリナルシストは良いよ、でもその隣りにいる女も連れてくのはありえなくない?」
アリスの目に希望が灯る。この女性は地獄に巻き込まれそうなのを助けてくれそうだと!
「失礼ですなぁ!アリスくんは私の助手ですとも!言うならば貴方がたのサムライブレードのようなもの!必要不可欠ですとも!」
お前の助手になってからまだ一日も経ってないのに、そんな大層な存在みたいに言わないで欲しい。アリスはそう突っ込みかけたが引っ込めた。
今は無言が吉だと彼女の防衛本能が訴えたのだ!
「ん?助手……つまりぃ……恋人みたいなもの?」
話が変な方向に向かった。アリスはノイマンを見る。相変わらず表情が読めない。
「恋人……ですか。いやなんとも。ご令嬢のいう恋人とはどういうものですか?」
恋人といってもそれは世界によって異なる。ノイマンは多くの異郷者を見てきた。様々な文化に生きる彼らにとって、同じ言葉でも違う意味となるものも多い。
故に慎重に、ノイマンは言葉の定義を確認したのだ。正確な答えを出すために。
「え!?そ、それはぁ……一緒に手を握ってお出かけしたりとか……美味しいもの食べたりとか……好きなものを共有したりとか……?」
ノイマンは幽斎に伝えられた恋人の定義を整理し、アリスとの関係を思い出す。
① 手を握ってお出かけ
ここに来るまで、手を引っ張りやってきた。つまり条件は満たしている。丸。
② 美味しいものを食べる
科学者にとって美味しいものとは即ち未知との遭遇、そして発見。オルヴェリンの臨時オペレーターとしてだけではなく、対ヤグドール薬品の実験にも付き合ってくれた彼女と自分は確かに美味しいものを食べたと言える。丸。
③ 好きなものを共有
②と重複している。この上ない共有を果たしている。丸。
「そうだな。恋人かもしれない」
この間、僅か一秒。ノイマンの高速回転した思考回路が導き出した天才的回答だった。
「ふぅーん……確かに……全然嘘ついてない……本心じゃん……ならいいか。そこの女は何か感情ぐちゃぐちゃで読めないけど、まぁ……彼氏がこんななら分からなくもないか」
幽斎は納得した様子でノイマンたちから離れる。
「師匠……?恋仲とか今、関係あります?」
「それは……それはその!馬鹿者!二人は恋仲で、ここまで共に来たのだ!そういった特別な間柄なのだから、いざという時は気を利かせるのがブシドーであろうが!!」
「た、確かに!師匠の心遣い、まるで理解しておりませんでした!」
同行者が恋仲というのは知っておいて損な情報ではないので嘘は言っていない。幽斎はポイント獲得の手応えを確認した。
「では儂らは市民たちを助けに急ぎ向かう!シュウ!……油断はするなよ!!」
そう言って幽斎はカーチェを抱えて、窓から飛び降りていった。
「さて……ノイマンとやら。五代表の逃げ先、案内してもらうぞ」
「勿論ですとも。この建物はそもそも私が設計したもの!この世界で誰よりも詳しいのです!!……アリスくん?早く行きますぞ」
アリスは顔を真っ赤にして俯いている。当然のことだった。
こんな緊急事態に突然愛の告白を受けたのだから頭の中は最早無茶苦茶である!だが……別にノイマンはアリスのことを助手と思っているだけで、正しい意味での恋人とは微塵も思っていない!
ただ幽斎の言う恋人に定義づけた答えを伝えただけだ。
だが、そんなことをアリスは知るはずもない。もじもじとしているアリスに業を煮やしたのかノイマンはここまで来た時と同じように手を掴む。
───手と手が重なる。お互いの体温を感じて、ドクンと心臓の音が高鳴る。世界が一瞬止まったかのように感じた。
勿論、アリスだけが一方的にである!
そんな心情をノイマンは無視して、五代表の追跡を始めるのだった。
「しかし何という数だ……いくらなんでも多すぎる。フェアリーとは一体……」
階段を上りながら見下ろすと、街には無数のフェアリー。まるで蟲のように群がり続けるそれに気味の悪さを感じる。
「彼らはヤグドールの尖兵。人間を好み繁殖する……それは親であるヤグドールの意思に他ならないのです。かつて大昔、寄生先として決めた相手を狙い続けているわけです」
「エムナからもその話は聞いている。だがどうして、連中はまだ活動を続けているのだ。ヤグドールとは先程ジークフリートが仕留めた巨大兵器ではなかったのか」
「いかにも。本体は死にました。言うならば今残っているのは残照。故に悪あがき……だとは思うのですが、タイミングが良すぎる。まるで、まるで何か別の……」
しかし、その結論を出すには情報が足りない。ノイマンがこの世界に転移してきたのはエムナと比べてあまりにも短い。エムナから様々な話は聞いていたが、それでも彼が隠し事をしていたのは察していた。
何故ならば、ヤグドールという存在はずっとこの世界の奥深くに脈動しているからだ。言葉に出してしまえば、それは全て知られてしまう。故に企ては胸の内にずっと秘め続けなくてはならなかったのだ。長い長い階段を上り、小部屋の扉を開ける。そこには五代表たちがいた。
「お主らの策は全て瓦解した。その首、大人しくすれば、せめて楽に殺してやろう」
「はぁはぁ……!ふざけるな……!こんなことがあってたまるか!我々はようやく掴みかけたのだ!願望を!それを……それをこんなところで、終わるなど……ありえるかッ!!」
レバーを引く。それはノイマンも知らなかったこの中央庁の仕掛け。巧妙に隠し続けた彼らの保険である!突如の浮遊感。足元がおぼつかない。建物は大きく崩れ始めているのだ!
「死ねば諸共ということか!その意気や良し!だが……ブシドーにそれは通じ……!」
「ひぃぃぃぃぃぃいい!!い、いや……!し、死ぬ!!た、たすけてくださいぃぃ!!」
甲高い女の声。ノイマンの助手とかいうアリスの声であった。
「アリスくん!スカイダイビングは初めてかね!?いやこの場合バンジージャンプか!?叫ぶのは逆に危険だぞ舌を噛むかもしれないからなぁ!!」
「ノイマン!アリスは大丈夫なのか!?」
「いいや、この高さからの落下!死は免れまい。アリスくんは私に任せ給え。そんなことより見よ宗十郎!心中ではない!大方察しはついていたが、何とも大胆なやり方だ!」
ノイマンが指さした先は崩れ行くオルヴェリン中央庁!ただ崩れているのではない!本来の姿、役割を露出するため!邪魔な外殻が崩れ剥がれていき、その真の姿を現すのだ!
「これは……電磁誘導式加速装填砲!?」
城壁の外からも見えるほどの巨大高層ビルであったオルヴェリン中央庁の高さに等しい長さのレール、そして充填されるエネルギーは人々の魂!既に準備は整っていた!
落下する最中にサムライブレードを展開!更にブシドーを注入しナノマシンを飛散!大気中にサムライブレードのナノマシンを散布することにより擬似的にブシドー力場を展開するのだ!これによりブシドーステップによる擬似的な空中歩行を可能とする!
「おお!凄いぞアリスくん見ろ見ろ!これがナノマシンか!?あのような簡単に、いとも容易く空を飛ぶ……いや歩くなど!素晴らしい!素晴らしいなぁ!」
「神様……私が前世でどれだけ悪徳を積んだのか知りませんが……今まで悪いことはそんなした覚えはないので来世ではマトモな人生をお願いしますぅ……」
五代表を追いかけ空中を歩行する宗十郎とは対照的に落下していくノイマンとアリス!興奮するノイマンを無視してアリスは完全に生きることを諦めていた!
「いいや!来世はまだだぞアリスくん!だって見ろ!世界はこんなにも満ち溢れている!こんなところで終わるなど勿体ないではないか!忘れたか!私という天才を!土よ!風よ!運べ!そして我が天才的頭脳のもとに!その姿組み換え、新たな姿を顕現するが良い!!」
崩れ行く建造物の瓦礫、その一つ一つが別のものへと変容していく。土の高等魔法、物質の元素結合を組み換え別の物性を持つ物質に高速変換!そして創り上げた材料を器用に風の魔法で組み立てていく。設計図は……ノイマンの頭の中だ。
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